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2、全力無害アピール


「……うーん?」


 ぼやけていた意識が浮上する。見慣れない天井とツンと鼻を刺す薬品のような匂いに包まれた部屋。

 ここが知らない場所であることは、はっきりとしない頭でも感じ取れた。寝かされているベッドは硬く背中が痛い、長時間眠っていたのかもしれない。


 クリアになってきた視界、僅かな背中の痛み、そして呼吸に異常はない。良かった、私はちゃんと生きているようだ。とは言っても起き上がるにはまだ怠く、とりあえず辺りを見回す。


 ここはどこだろう、そして、何故知らない場所に? と疑問が浮かび、それを打ち消すようにあの村の景色が頭に浮かんで体が跳ね上がる。脳裏に焼き付けられた惨状が鮮明に蘇っていく。


 意識が覚醒していくのが分かる。それと共にはっきり思い出してしまった夢のような出来事にもう一度寝てしまいたくなった。


 バクバクと頭にまで響いてきそうな心音は暫く収まりそうにない。震える手も鉛のように重たい体もどこか他人事に感じた。


 深く呼吸して無理やり心を落ち着ける。


 やはり、目が覚めてもこの状況ということは今まで起こった事は夢ではなかったみたいだ。切実に夢であって欲しかったと思う。


 目覚めたことを誰かに伝えようとしてもこの部屋には誰もいない。あの男性はどこに行ってしまったのだろう。

 勝手に歩き回るわけにもいかず、暇つぶしがてらこの世界について考え直す。


 ここは、広告詐欺ゲームの広告の世界。なるほど、改めて考えみても全く意味が分からない。あまりに酷い仕打ちである、私が何をしたって言うのか。


 この感じだと私が一瞬でも期待したパズル無双で成り上がり、平和なスローライフ! という展開は用意されていないようだ。


 現実を受け止めようと思考の海を藻掻いていると突然、扉が開かれる。


「あ! 目が覚めてたんだ……良かった」


 そして、鈴の鳴るような可愛らしい声が聞こえた。声の方を向くと、ぱっちりとした色素の薄い桃色の瞳と目が合った。


 十代前半ぐらいに見える栗色のボブカットが可愛らしい少女は、あの男性同様に私が生きていた世界の人とは外見が違う。


 何者かは分からない。だが、ひとまず彼女は広告にいなかったなと少し安心する。ここで危険人物に登場でもされては心臓が持たなかった。


「えっと……」


 いかにも人畜無害そうな可愛い女の子だ、何か話しかけてみようか? しかし、適当な話題が見つからず口籠る。


「……でも、まだ顔色が悪いね。横になってて」


 私が次の言葉を返す間もなく、少女はそう言い残してパタパタと部屋を出て行ってしまった。

 過ぎ去った背中をぼんやり見送っていたが、少女の言葉に甘えて再び体を横たえてみる。


 この先、生きていくのにどうしたら良いか?


 何かの物語に転生したなら、先ずは原作知識の確認から始めるだろう。でも、私の場合はそもそも原作がない。


 あるのは何パターンかの三十秒広告とイラストが切り替わるタイプの広告だけだ。かと言って、他に頼りになる情報もないため死ぬ気で思い出せるだけ思い出すしかない……でないと本当に死んでしまう。


 先ずは一番覚えているやつ。一言で言えば私が少し前に経験したことだ。地獄と化した村で、黒髪のイケメンに手を差し伸べられるが間違えると刺殺オチ。


 でも、もう終わったことだし危機は去ったと言っても過言じゃない……はず。


「うぅん……あとは」


 そういえば、もう一個インパクト強いのがあった気がする! たしか、ヤンデレ金髪男に壁ドンされてて、間違えると首を絞められゲームオーバーになっていたような。もし、この場面に遭遇したら上手く壁ドンから抜け出すしかないのかもしれない


 もう頭は悲鳴を上げているが止まるわけにはいかない。ここで止まれば即死ルートがすぐさまお出迎えだ。


 ……そうだ! 茶髪のインテリ眼鏡押し倒し男! しばらく奥底に沈んでいる記憶をこじ開けようと粘れば、あるイラスト広告が浮かんできた。


 選択肢もないただの一枚絵にしては印象に残っている。実を言うと、このキャラの顔がとんでもなく好みだった。


 しかし、他の広告のキャラ同様に狂っていることは想像に難くない。もし出会えても逃げ出すのが最適解になりそうだ。

 命がかかっているのに、イケメンに弱くて死にましたなんてとんだ笑い話だ……いや、まったく笑えない。


「はぁ……」


 生身の人間ではなく、思いを馳せるのも何だか変な話だ。

 それも仕方がない、私が出会った人間は例の男と数分前に話しかけられもしなかった少女だけなのだから。


「……女の子?」


 茶髪の少女に思いを馳せたおかげで新たに情報が降ってきた。呟いた音を噛みしめながらひらめきを逃がすまいと考え込む……あの広告にはイケメンだけでなく女の子もいたのだ。


 確か白髪赤目のメイドらしき美少女と食事をしていて、食べ物を選ぶと毒が盛られていて殺されるって感じだったような。 


 彼女はよくある過激系のライバル的なポジション? 残念なことにどの食べ物に毒が入ってるかは覚えていない。似た姿の人に出会ったら物を口にしない、これで防げるだろう。


 そういえば、目じゃなくて髪が赤い人もいた気がする。真っ赤な髪の男に抱きしめられていて、よくわからないまま画面が真っ暗になりGAME OVERが出る感じの。


 朧げな記憶すぎて攻略法も思いつかない。赤髪の男が視界に入ったら、自然な流れで逃げて認識されないように気をつけよう。

 この世界の赤髪率が高いとなれば話は変わるが、赤毛の人間は危険と認識していることが先ずは大切だ。


「うん、もうムリ」


 存在を覚えているのはこれくらいだ。全てヒロインの視点で見ているような広告のため臨場感があって嫌いではなかったが当事者にはなりたくなかった。


 総評、全体を通して不穏の一言に尽きる。


 使いすぎて熱がある時みたいな頭がとうとう限界を迎えた。硬いベッドに耐えかねて寝返りを打ち、薄い布団を頭まで引っ張り上げる。


「はあぁぁ……」


 気が抜けたのか、信じられないくらい大きなため息が出た。それも仕方がないことで、この情報だけ生き延びられる気が到底しない。いわゆる詰んでいる、というヤツだ。


 この広告の展開にいつなるかも分からないし、その前にしくじってサクッと死ぬのがオチだ。この世界は私に優しくない。


 せめてヒロインでなかったら気の狂ったイケメン達と強制恋愛させられずに済んだのに……と現状を嘆く言葉しか見つからない。


 気絶する前に広告と同じ場面に遭遇したことから、私がヒロインの立場であることは確定事項。少し間違えると殺しちゃう系ヤンデレ男ツアーに見事当選してしまったのだ。


 この先、何回も自覚のないまま生死のかかった判断をすることになる。そんな私がやるべきことはただ一つ。


「……おやすみなさいっ!」


 一旦考えることを放棄した私は、乱暴に吐き捨てて目を閉じた。こんな状態ではまともな判断なんてできるわけがない。

 休息も立派な仕事である……冴えた思考は質の良い睡眠の先にあるものだ。


「目を覚ましたか」


 ぎゃああああ!


 脳内の私が叫び声を上げた。唐突に掛けられた声に心臓が飛び出そうだ。睡眠に移りかけた頭が一気に緊張を取り戻す。


 気持ちは混乱したままだが、一度心を落ち着けて声がしたドアの方へ目を向ける。そこには、広告で見た……いや、あの村で助けてくれた黒髪の男が立っていた。


「……先程、目を覚ましました。助けて頂いてありがとうございます」


 とりあえず何か言わねばと思い慌ててお礼を言うが、それすら死を招く気がして声が震えた。


 早速、休ませるはずだった頭を再び全力で回転させる。有効な策が出てくることもなく、自分が思う精一杯の人畜無害そうな表情をするのがやっとだった。


 自分の置かれている状況も理解しきれていないが、一先ずここは悪者でないとアピールをするしかない……簡単に言えば命乞いだ。


 私の認識では、ドラゴン的な生物に襲われた可哀そうな被害者なため、悲壮感を漂わせて同情を引く作戦を仕掛けるのが賢い選択。


 生き残りをかけた問答が静かに始まろうとしているのをひしひしと感じながらゆっくりとつばを飲み込んだ。


「……?」


 私の言葉に軽く頷くと、そのまま部屋に入ってきた黒髪の男はじっと私を観察している。気まずさから負けじと私も観察した。


 改めて見るとやはりこの男は、顔が整っていて威圧感すらあるのに妙に目を引く。

 目つきこそ鋭いものの、鼻筋も通っていて見れば見るほど広告の男と瓜二つだ。ということは、やはり本人で間違いないらしい。


 あの時はそれどころではなかったが、今こうして正面から視線を浴びると、息が詰まりそうな存在感だ。狭い部屋に漂う空気がピリついたのを肌で感じる。


「君はどうしてあの村にいたんだ?」


 男はようやく口を開いたかと思えば、ゲームだったら選択肢が出ていそうな質問をぶつけてきた。残念ながら目を凝らしても私には選択肢など見えない。しっかりと自分の言葉で返さねばならないのだ。


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