17、少女の裏の顔
「スズランちゃん、大丈夫?」
「えっと……私、何か変?」
考え込んでいるのか黙り込んでしまったスズランちゃんに近づき声を掛ける。すると、一瞬大きなピンクの瞳を見開いた彼女は直ぐに眉を下げた困り顔になって質問を返した。
先程の副団長との会話に何か思うことがあったのだろうか。相変わらず足早に去っていった副団長の背中はもう見えない。
「副団長との関係とか細かい事情は知らないけど、なんか悲しそうな顔してたから」
「ちょっと考え事してただけだよ、アスターお兄ちゃんには内緒にしてね!」
「うん」
悲しい、で合っているかは分からないが、先程の深刻そうに思い悩む姿は少女の年に似合わない雰囲気だった。それほど、困っていることがあるなら力になりたいが、少女は無理やり笑顔を作って明るく返事をするものだから私は頷くしかない。
「あ、その……」
「……もしかして副団長に何か思うことがあるんじゃない? もし話したいことがあれば聞くよ。もちろん副団長には何も言わないから」
「ほんとに?」
「うん、スズランちゃんが嫌なら無理にとは言わないけど」
短い沈黙の後スズランちゃんは小さく言葉を零すと足元へ視線を落としてしまった。私が踏み込んで良いかは分からない、でも話を聞く意思を見せることくらいは許されて欲しい。
少し迷って彼女に声を掛ける。勢いよく顔を上げたスズランちゃんは不安そうに瞳を彷徨わせた後、震えた声で私に問い返した。
「ううん。聞いてほしいの。でも、今まで誰もそんなこと言ってくれなかったからちょっとびっくりしちゃった」
「そっか、時間はまだあるしゆっくり話してよ」
「ありがとう、私のこと……あとロベリアお兄ちゃんとアスターお兄ちゃんのこと話すね」
「部屋に戻ろうか。何にもないけどお茶くらいは出せるよ」
静かに頷いた彼女の手を取って自室へ向かう。流石に誰が来るか分からない場所で話すようなことでもない。気まずいわけではないが部屋までの道で会話は生じない。軽く繋いだ手から高い温度が伝わってくる。子供は体温が高いというし彼女もそうなのだろう。
「ごめん、普段は誰も来ないから椅子もないんだよね。硬いけどベッドにでも座ってて、お茶を用意するから」
「うん」
スズランちゃんをベッドに座らせて古びた棚を漁る。確かこの辺に前、倉庫から持ってきたティーセットをしまったはず。使わないから持って行って良いと言われ色々なものを持ってきたが仕舞ったままで使っていないものばかりだ。
一番下の引き出しを開けるとお目当ての物はあったが二つのティーカップは柄が違うし、お皿は欠けたのを修繕した跡がある。とても人をもてなせる環境ではないことを実感する。とは言っても他に出せるものもない、不揃いなティーカップとお皿を取り出す。
「ちょっと待っててね。お湯を沸かすから」
これまた倉庫にあった魔道具を使いお湯を沸かす。魔道具は魔力を流し込むことで使うことができる特殊な道具だ。
水魔法か炎魔法が使えれば道具に頼らずお湯を沸かせられるが私が使えるのは未だに氷魔法だけだ。魔法で氷を作り出しケトルのような形の魔道具に入れ、軽く魔力を流すと簡単にお湯が沸く。
「はい、たぶん紅茶だと思う。あと、クッキーもあるから好きに食べてね。もらったばっかだからまだ湿気てないはずだよ」
「ありがとう」
食堂から持ってきた茶葉と少し前にユリオプスからお土産でもらったクッキーのおかげで何とかもてなしの形になっただろうか。
背の低いテーブルにティーカップとお皿を並べるとやはり不格好だが、スズランちゃんはにこりと笑ってクッキーに手を伸ばした。
「私のお話きいてくれる?」
「もちろん」
「ありがとう。私にはね、血の繋がったお兄ちゃんがいたの。ロベリアっていうお名前でね、さっき少し言っちゃったけど真っ赤な髪でとっても優しくてお日様みたいだったんだ」
「副団長のこともお兄ちゃんって呼んでるよね」
「ロベリアお兄ちゃんはアスターお兄ちゃんと同じ青龍騎士だったの。すっごく仲良しで私が住んでる修道院によく一緒に来てくれたんだよ。アスターお兄ちゃんも、ロベリアお兄ちゃんみたいに私を本当の妹みたいに可愛がってくれたんだ」
懐かしむように少し目を細めたスズランちゃんの声色に悲しさはない。きっと温かい思い出を辿っているからだろう。
副団長の話からも察してはいたが彼女の兄もこの騎士団に所属していたようだ。副団長が誰かと特別、親密にしている姿はあまり想像できないがスズランちゃんのことは気にかけていたしおかしな話でもないのか。
「すごく仲が良かったんだね」
「うん、騎士団に入ったのが同じくらいで年も近かったからすぐに仲良くなったって言ってたよ。二人とも強い騎士だったからライバルでもあったみたい」
副団長が誰かをライバルと認識して燃えている姿は友人と仲良くしているのより想像がつかない。今の副団長と昔の副団長は思っていたより人柄が違いそうだ。
むしろ、その友人が亡くなってしまったことにより今の人を寄せ付けない孤高の副団長になったのかもしれない。
「ロベリアさんが生きてる頃もスズランちゃんは修道院にいたんだね」
「本当は二人で一緒にいたかったんだけど、お兄ちゃんが騎士団に入るしかなかったから私を修道院に預けたんだ。私も男の子だったら騎士団に入ってたんだけどね」
「……どうしようもない事情があったの?」
てっきりスズランちゃんはお兄さんが亡くなったことで修道院に住むことになったのかと思っていたが、そういうことでもないらしい。彼女の境遇は分からない部分が多い、諦めて事情を聞くことにした。
私の問いかけにスズランちゃんはティーカップを持ったまま困ったように笑う。一口、紅茶を飲んで彼女は置きにくそうにテーブルへカップを置いた。すると、こちらをまっすぐ向いて静かに口を開く。
「……私の見た目が変なせいで、お母さんとお父さんには嫌われちゃったの。でも、ロベリアお兄ちゃんだけは私を助けてくれたんだ」
「見た目が? 僕には正直全く分からないけど……」
彼女の言葉にどう答えて良いか分からず、あまりに思ったことがそのまま口から出てしまった。この世界の価値観や常識のようなものは未だに殆ど分かっていない。そのせいか、彼女の姿を見ても正直ピンとこない。
桃色の瞳は綺麗なアーモンド形で可愛らしいし、ボブカットの茶髪も羨ましいくらいサラサラだ。創作物でよく登場する獣人みたいに一般的な人間から離れた身体的特徴も見当たらない。
「ロベリアお兄ちゃんが普通の子に見えるようにかけてくれた魔法がずっと残ってるから、今は大丈夫だよ。きっとカルミアお兄ちゃんも、本当の私を見たら怖くて嫌いになっちゃうかも」
困惑した私を見て彼女は冷たい声で突き放すようにそう告げる。どう答えるべきか分からなかった。だって、私はスズランちゃんのことをよく知らないから。
目を剝くような恐ろしい姿なのかもしれないし、この世界で差別を受けている種族の特徴を持っているだけで私の価値観では何も思わないかもしれない。私の返事を待つ彼女の手はきつく握られている。
「どうかな。多分、僕の価値観は皆と少しズレてるから実際に見ないと分からない」
薄情なようだけれど私が返せる言葉はこれしか思いつかなかった。
もし、本当の彼女を見た時にスズランちゃんが望まない反応を示してしまう可能性がある以上、無責任に絶対、怖がらないし嫌いにならないとは言えない。
やはりどうしても私はまだ彼女のことを知らなすぎるのだ。
この返事は彼女を傷つけてしまうだろう。本当は目を逸らしたいがこれは自分の選んだ言葉だ、スズランちゃんにしっかりと視線を向ける。
「意外だね。カルミアさんはそんなことはない、って理由もなく肯定すると思ったなぁ」
「え?」
予想に反してスズランちゃんは笑った、先程までの彼女と思えぬ言葉と一緒に。あどけなさの残る少女らしい声のままではあるが、そこには今までと違う大人のような落ち着きを感じる。
姿形は変わらないのにまるで纏う雰囲気は別人だ。呆気にとられた私を見て、彼女は愉快そうに笑みを深めた。
「ふふ、びっくりした?」
「……そうだね、もしかして見た目より実年齢が高いとか?」
いたずらが成功した子どものような顔をしているが、これは彼女に今まで感じていた幼さとはまるで違う。こんな幼い子に恐怖すら感じている、それとも本当は幼くもないのだろうか? 依然として私を見つめる彼女の真意は分からない。
「うーん、そうとも言えるかも。ロベリアお兄ちゃんの魔法が変に作用して体の成長が止まったの」
「そのことは皆、知ってるの?」
「部分的に、かな。成長が止まっていることは知ってるよ。でも、アスターお兄ちゃんは私の心まで成長が止まったって思い込んでるから、彼の前では幼い時と同じように振舞い続けてる」
「その魔法は解けないの?」
「うん、色々試したけど魔法が複雑に絡まっててダメみたい。まあ、これは自業自得みたいなところがあるから仕方がないことだと思ってるよ」
魔法については勉強中で分からないが、人体の在り方を変えてしまうほどの魔法が存在しているとは思いもしなかった。俄かに信じられない話だ。しかし、この世界には私の理解を超えたものが既に沢山ある。今更、驚く必要もないのかもしれない。
でも、どうして彼女は副団長にすら隠していることを私に話したのだろうか?
「なんで僕に話したの?」
「だって、カルミアさんも隠しごといっぱいでしょ?」
「どうかな、記憶がないから何とも」
捻りの無い私の問いかけに彼女は軽く答えた。隠し事は多々、思い当たるが前世の記憶をスズランちゃんが知るはずもない。けれど、全て見透かしたような彼女の瞳の前で潔白を主張する気にもなれない。今のカルミアという人間は記憶がない、嘘はついていないが真実でもない、そんな返答が限界だ。
「そういうところだよ。知ったところで、アスターお兄ちゃんには勿論、誰にも言わないでしょ?」
「言わないね、というか言えないね」
「せっかくだし、私たちの話を続けようか。今までの話が別に嘘だったわけじゃないし」
スズランちゃんを大切にしている副団長にこんなことを言えば私が気狂い扱いだろう。私の返事に対して興味はないのか彼女は話を切り替えた。どこまでが本当でどこからが嘘だろう? スズランちゃんの言葉に疑問が浮かぶ。
「へえ、女神様への信仰心も?」
彼女の話を聞く前に、一つ気になったことを問いかける。何だか思ったより冷たい声が出た。
スズランちゃんは私の問い掛けに、不思議そうにぱちぱちと何度か瞬きした。そして、ピンクの大きな目を三日月に細めて口を開く。
「女神様? あはは、信じてるわけないじゃん」
嘲るように笑ったスズランちゃんに、少し前まで女神像に祈りを捧げていた少女の面影はなかった。




