16、堂々、盗み聞き?
女神様が全属性魔法を使えたチート的存在だったと聞くと、目の前の存在感を放つこの石像から神聖さよりちょっと胡散臭さを感じてきた。女神像の目にはめられた大きな青い宝石も結構な値段がしそうだ、と何だか俗な目で見てしまう。
「それにね! 魔法が強いだけじゃなくてとっても優しかったんだって。みんなを虐める怖い龍も女神様の優しさに改心して女神さまを守る騎士になったんだよ。女神さまの隣にあるのがその龍の像だよ、怖い顔してるけど強くてかっこいいんだ」
「青龍騎士団の青龍はそこからきてるんだ。本物もこんなに綺麗な青だったのかな?」
一生懸命、女神と龍の話をするスズランちゃんにしょうもないことを考えていたのが恥ずかしくなってきた。どうやら彼女はあの青い龍も気に入ってるようだからそちらの話題を振ってみる。
「実は元々、青じゃなかったんだって」
「そうなの?」
「うん、元は違う色だったんだけど、女神さまの力を奪おうとした悪い魔女が龍を凍らせたせいで青く変色しちゃったんだって。魔女を倒した後も氷は解けなくて色は戻らなかったけど、龍は女神さまを守れた勲章だってその色を受け入れたんだよ」
「そんな伝説があったんだ」
凍ると青くなるのか? と疑問は生まれたが、言われてみれば氷って確かに青く見えるような。魔女が嫌いなのかこの話をしているスズランちゃんは少し怒った顔だ。
悪い魔女が本当にいたかは分からないが、龍を従えている相手によく単身で挑もうと思ったなと逆に感心すら湧いてくる。
「カルミアお兄ちゃんも、女神さまと青龍のこと好きになった?」
「そうだね、知れてよかったよ。ありがとうスズランちゃん」
ご機嫌に話す彼女に水を差すのもどうかと思い素直にお礼を言った。青龍騎士団の見習いをしていて、信仰されている女神や龍の話を知らないのもどうかと思っていたため聞けて良かったのは本当だ。
ただ、チート女神がちょっと羨ましい。そんな力が私にもあれば広告に出てきた人達に怯えることなく暮らせたのに。
「そういえばさ、スズランちゃんは茶髪で眼鏡かけた男の人と騎士団で会ったことある?」
「茶色の髪の毛で眼鏡の人……うーん、茶髪の人は結構いるけど眼鏡の人はいないかも。お名前とか分かる?」
話が一段落したついでに彼女にどうしても聞きたかったことを問いかける。ずっと気になっていたことだ。
騎士団の見習いになってから結構な時間が過ぎたというのに、未だに広告で見た人物のうち二人としか出会っていない。
てっきり広告にいた赤髪と茶髪の人も騎士なのかと思っていたが、今のところ見かけたこともないため恐らく違うのだろう。
彼らの情報は欲しかったが、無闇に聞いて何かのきっかけで疑われると嫌なためユリオプスや副団長には聞けなかったのだ。
「うーん、私も名前は知らないんだよね。あと、真っ赤な髪の男の人とか知ってる?」
「えっと、私のお兄ちゃんがそうだったよ……でも、だいぶ前にいなくなっちゃったから多分違うよね」
「ごめん、辛いこと聞いちゃったね。多分、スズランちゃんのお兄さんではないと思う」
気丈に振舞ってくれているが、スズランちゃんの声には分かりやすく悲哀が滲んでいる。彼女の兄については全く情報が無かったため赤髪であることも当然知らなかった、余計なことを言ってしまっただろうか。
「ううん、大丈夫! えっとね、お兄ちゃん以外だと騎士団の人にはいないと思うよ。もちろん、全員のこと知ってるわけじゃないから絶対じゃないけど」
「そっか! ありがとう、それが分かれば十分だよ」
騎士団では見たことはないが、赤髪の人もこのファンタジー世界では別に珍しい色でもないのだろう。攻略対象らしき人物が既に故人というのも考えにくいし、やはりこの騎士団に詐欺広告の人物はユリオプスと副団長以外には居ないと考えてよさそうか。
「カルミアお兄ちゃんの探してる人が見つかるといいね」
「うん、ありがとう」
軽く笑顔を見せてくれた彼女にお礼を言いつつ、会わないで済むなら会わないほうが良いけど、と心の中で付け加えておく。
もしかしたら私が今生きている世界線は、あの二人が登場しなルートなのかもしれない。この世界にそんな概念が存在しているかは謎だが、危険人物が少ないならそれに越したことはない。
「そうだ、次は裏庭に行こうよ!」
「待ってスズランちゃん……危ない!」
この場所には飽きたのか、走り出したスズランちゃんは考え込んでいた私を大きな声で呼ぶ。顔を上げるとこちらを振り返ったスズランちゃんと前から歩いてくる大きな影が見えた。ぶつかる! と思い私も声を張り上げる。
「わっ!」
「こら、前を見ないと危ないだろう」
「あ、アスターお兄ちゃん。ごめんなさい。あ、でも、私まだ帰らないからね!」
ぶつかった彼女を軽く受け止めたのは呆れた表情を浮かべた副団長だった。彼と喧嘩したっきりのスズランちゃんは、驚いたり謝ったり怒ったりと何だか忙しそうだ。見たところ彼女に怪我もなさそうで密かに安堵の息を吐く。
「修道院のシスターと連絡がついた。明日、護衛をつけて君を送り届ける」
「やだ。お姉さんたち怒ってたでしょ」
「君を心配していた。帰って安心させてあげなさい」
容赦ない言葉にスズランちゃんはぷいとそっぽを向いて拒絶を示した。彼女の目線に合わせて屈んだ副団長は諦めず言葉を続けている。
言い聞かせるように話す副団長は分かりやすく戸惑っていて何だか新鮮な姿だ。普段の騎士団では天地がひっくり返ってもこんな光景は見られないだろう。
「もう、そんなこと言って! アスターお兄ちゃんがそう言うから帰ったのに前はこっぴどく叱られたもん」
「心配ゆえだ。シスターたちには程々にしておくよう伝えておく」
「無駄だよ! アスターお兄ちゃんの信用度は落ちてるの! ロベリアお兄ちゃんはいっつもどんなに忙しくてもお誕生日お祝いしてくれたのに」
「……すまない」
二人の元に近づこうと踏み出しかけた足を止める。副団長の謝罪にはやるせなさが滲んでいて何だか聞いてはいけないものを聞いてしまった気分になる。
それに今、行っても明らかに邪魔だ。二人は、私の知らない話をしているし兄妹同士の会話に首を突っ込むのも違うだろう。
タイミングを逃したせいで微妙な位置に立っていて気まずいが、私は空気が読める主人公である。息を殺して石像の仲間入りだ。女神と青龍の視線が痛い気もするが相手はただの石ころ、気にすることもない。
「アスターお兄ちゃんが、私のお兄ちゃんになってくれるって言ったから信じてたのに。あ、その、ごめんなさい、こんなこと言いたいんじゃないの」
「分かっている。君には沢山、我慢をさせてしまっているな。あの時、君の兄を見つけられていればこんなことにはならなかっただろう」
下を向いて言葉に詰まりながら謝ったスズランちゃんの瞳は少し潤んでいる。いつになく穏やかな声色で副団長はそんな彼女に言葉を返す。
彼の言うあの時に何があったかは想像もつかないが、副団長の声には穏やかさだけでなく深い絶望があった。これは、勝手に私がそう感じただけだ。でも、彼の横顔は……昏い紫の瞳は、何かを失ってしまった人が無理に平静を保っているような歪さが確かにあるのだ。
「アスターお兄ちゃんのせいじゃないよ。だって、魔物が人を襲うことなんて今まで一度もなかったもん」
「魔物が突如、凶暴化したことにも理由はあるはずだ。元凶を突き止め必ずや君の兄の敵を討とう」
「うん、でもね、私アスターお兄ちゃんが危ないことをするのは嫌。お兄ちゃんがいなくなったら私、本当にひとりぼっちになっちゃう」
魔物って急に凶暴化するものだったの? 息苦しくなるくらい重苦しい空気の中一つの疑問が浮かぶ。こんな時に思うことではないのだが、一度気づいてしまうとどうしても気になる。
生前にやっていたゲームに出てくるような魔物と呼ばれる生物は皆、最初から凶暴だったしそこに原因も何もなかった。だって敵として作り出された倒される役目を持つ生き物だからだ。現に、この世界に来て初めて私が出くわしたドラゴンの様な魔物も想像通り、いや想像を超えて凶暴だった。
だから、私はこの世界の魔物も誕生した時から人を襲う凶暴性を備えた生命体であるとばかり思いこんでいた。二人の口振りでは、そのこと自体が異常事態とでも言うようじゃないか。
魔物が活発化して騎士団は魔物討伐に追われるようになったとは聞いていたが、単純に数や活動範囲が広がったことを意味しているのだと思っていた。
魔物についてもしっかり学び直さないと、前世の価値観による齟齬がでてしまいそうだ。
「私は、目的を果たすまで絶対に死なない。それまでいい子にしていてくれ」
「約束だよ。私もいい子にしてるから」
「ああ。明朝、また迎えに来る。それまではカルミアの言うことをしっかりと聞くんだ」
「うん、分かった」
「では、カルミア明日までは彼女の面倒を見てくれ。何かあれば直ぐに知らせるように」
「……わ、分かりました!」
唐突に呼ばれた名前に思考の海から一気に浮上する。完全に存在を忘れられていたと思っていたため、返事が間に合わず何テンポか遅れた。
もう先程までの暗い空気は霧散して、副団長の纏う雰囲気もいつも通りの近寄りがたい冷徹さを感じるものに戻っていた。
今までの会話、本当に私が聞いて良かったのだろうか。何だか、堂々と盗み聞きしてしまった気分になり罪悪感が残った。




