15、少女に教えを乞う
「スズランちゃん、まさかキミ一人でここまで来たのかい?」
「うん。アスターお兄ちゃんにもらったお守りもあるから魔物にだって会わなかったし、知ってる道だもん」
私に抱き着くのをやめたスズランちゃんはユリオプスに得意げに言葉を返した。副団長に聞いた話ではここから修道院まではそこそこ距離があったはず。特に外傷も疲れた様子もないスズランちゃんは結構たくましい少女だったようだ。
「スズラン、彼とは話さなくていい馬鹿がうつってしまう。それよりもどうして君がここに?」
「修道院のお姉ちゃんたちと喧嘩したの。私、絶対帰らないよ」
「まさか黙って出てきたのか?」
「だって、言ったらとめられるもの」
流れるように罵倒されユリオプスは半目になっているが誰も気にしていない。ツンとした態度のスズランちゃんに副団長は頭を抱え始めている。先程まで殺気を飛ばしていた人物とはまるで別人だ。
「だめだ、帰りなさい。君は少々お転婆が過ぎるぞ」
「意地悪ばっか言うアスターお兄ちゃんは嫌い」
「き、嫌い……?」
咎めるようにやや声を低くした副団長に改心の一撃が入った。ふんと、顔をそっぽに向けたスズランちゃんは副団長に容赦なく嫌いを突きつける。いつもの威厳はどうしたものか、分かりやすくショックが滲む瞳で何度か瞬きした後、彼女の言葉を小さな声で復唱した。
「オレもコイツのこと嫌いなんだ。スズランちゃんは話の分かるレディだな」
「貴様は黙っていろ。スズラン、思い直せ。私は君の兄の代わりにはなれていないかもしれないが、君のことをしっかり考えている」
ここぞとばかりに反撃したユリオプスを睨んでいるが、普段の副団長の気迫は感じられない。さっと視線をスズランちゃんに戻した副団長は言い聞かせるように言葉を紡ぐ。精いっぱい優しそうな声を出していることは伝わるが、むくれたスズランちゃんに果たして効果があるのか。
「だって、前に遊んでくれるって言ったのにお仕事が急に入ったとか言って約束破ったもん」
「私は騎士団の副団長なんだ、仕方がない時もある」
「そう言って私の誕生日だって来てくれなかったじゃん」
「あれは緊急性の高い討伐だったんだ」
「いいもん! カルミアおね、お兄ちゃんに遊んでもらうから!」
「え?」
二人の問答を傍観していると、突然私の名前が会話に登場し思わず声を上げる。この流れでどうして私に弾が飛んでくるのか。再び私に抱き着いたスズランちゃんは強い意志でくっついており離れようとしない。やはりこの子、結構たくましい性格しているのでは?
「私、ここにお泊りするからね。とめたって無駄だよ」
「いいんですか、副団長?」
「……はぁ、こうなったスズランは止められないんだ。頑固なところまで兄に似なくていいのだが。カルミア、君が彼女の面倒を見てくれ。修道院との連絡がつくまでそれが君の仕事だ」
「分かりました」
どうやら諦めたらしい副団長は見たことないくらいの大きなため息をついて了承した。嫌い、と言われたのが相当効いているらしい。急な予定変更ではあるが、広告の人間に関係ないスズランちゃんなら大歓迎だ。
「やったね! お兄ちゃん、早くお部屋に行って遊ぼ!」
「えーと、そういうわけでお二人とも失礼しますね!」
ありがとうスズランちゃん、私は自然な流れでこの地獄を抜けさせてもらう。顔に考えが出ないように至っていつも通りの顔をしてスズランちゃんと手を繋ぎ修練場を後にする。一時はどうなるかと思ったが、二人のどちらかを選択することなくあの場を切り抜けられたのだから正解の選択だったと言える。隣りでご機嫌に歩く少女に心の中でありったけの感謝をした。
「えっと、わがまま言ってごめんなさい」
「大丈夫だよ。むしろ助かったのは僕だから」
自室についたスズランちゃんが目を伏せて口にしたのは謝罪だった。彼女の我儘によって命を救われた身としては謝られることなんて何もない。とびっきりの笑顔で彼女に返事をする。
「ほんと? じゃあ、カルミアお兄ちゃんはアスターお兄ちゃんとユリオプスくんと喧嘩してたってこと?」
「どっちかって言うと二人の喧嘩に巻き込まれた、かな」
「また喧嘩してたんだ、私がいるときはあんまりしないけど二人は仲悪いんだよ。前にどうして仲悪いか聞いてみたけど私には教えてくれなかったの」
「そ、そうなんだ」
あの二人に直接、不仲な理由を直接聞くのはなかなかに恐ろしいが純粋そうな彼女にとってはただ疑問を口にしただけだったんだろう。いつか答えが分かったらぜひ教えて欲しいものだ。それに、あの様子だと恐ろしい副団長はスズランちゃんに強く出れないようだから彼女との関係は大切にしたい。
「ふわぁ……ちょっと眠たくなってきちゃった」
「修道院から歩いてきたんでしょ、ゆっくり休んで」
「うん……」
先程までは元気に見えたが確実に疲れは溜まっていたようで少女は、眠たそうに目を擦っている。狭いベッドに彼女を寝かせると、大して時間が経たないうちに彼女は小さな寝息をたて始めた。当然この部屋にベッドがもう一台あるわけないため、倉庫から持ってきておいた寝袋に収まり床に寝転ぶ。
明日はスズランちゃんの面倒を見るだけで一日終わりそうだし、多少疲れが取れなくても問題ないだろうか。細かいことを考えるのはやめて、抗えない眠気に身を委ね目を閉じる。
「おはよう、カルミアお姉ちゃん!」
「お、はよう。あと、僕のことはお兄ちゃんって呼んでね」
朝から元気そうなスズランちゃんの声で目が覚める。床に寝たせいで少し体が痛いが、疲れていたせいかぐっすりと寝てしまった。
私を救ってくれた非常に愛らしい文句のつけようのない少女なのだが、ただ一つ懸念がある。それは、私をお姉ちゃんと偶に呼んでしまうことだ。出会った時は女として接してしまっていたから仕方がないことだが、副団長以外に私の性別がバレては大変なことになる。
「あ、また間違えちゃった。男の子として見習いをやってるんだもんね」
「そうなんだよね、まさか僕が男のフリして騎士団の見習いになるとは思わなかったよ」
「お姉ちゃんも私と一緒に修道院で暮らせたら良かったのに」
「ちょっと事情が特殊だったみたいだね、僕にも詳しいことは分かってないんだ」
残念そうに眉を下げたスズランちゃんに曖昧に笑いかける。副団長はあの村を襲った魔物の仲間に狙われる可能性があるなんて疫病神のように言っていたけど実際どうなのだろうか。あれから詳しい話はされていない。
「きっと、大丈夫だよ! 朝ごはん食べたら行きたい場所があるからお兄ちゃんもついてきてね!」
「もちろん」
つい考え込んでしまった私を励ますようにスズランちゃんは明るい声を出した。こんな幼い少女に気を遣わせてしまったらしい。申し訳なさから、直ぐに思考と表情を切り替え返事を返す。
「ここに来たかったの?」
朝食を終え、スズランちゃんに先導されるままついていくと見知った広場に到着した。迷子になった時以来、好んで近づいてはいない女神と龍の石像が存在感を放つこの場所はやはり居心地が悪い。よく言えば神聖なこの場所は信仰心を持ち合わせていない私にはひどく場違いに感じる。それに、スズランちゃんのような明るくエネルギッシュな少女が楽しめる空間にはどうしても思えず静かに問いかけた。
「うん、女神様に祈るの。お兄ちゃんが帰ってきてくれるかもしれないから」
「そ、れは……」
切なげに大きな桃色の目を細めたスズランちゃんは、頷くと落ち着いた声色でそう答えた。副団長が「兄の代わり」と言っていたことからも、彼女の兄はすでにこの世を去っているのだと察せられる。この世界の価値観を正確に把握していないが神に祈っても帰ってはこないのだろう。女神像を悲し気に見つめる彼女にどう声を掛けていいか分からず中途半端に出た言葉は意味をなさずに消えていく。
「ごめんなさい、困らせちゃったよね……ほんとは分かってるの。お兄ちゃんは帰ってこないって。でもね、女神様は死んじゃった人を生き返らせる魔法が使えたって伝説があるの。だから、私が一生懸命お祈りすれば、もしかしたら叶うんじゃないないかって気持ちがどうしても消えないの」
「女神様……ね。実は騎士団に助けてもらったのに僕は崇められてる女神様のこと知らないんだ、良かったらスズランちゃんが教えてよ」
「うん、私が教えてあげる! ちゃんとお勉強してるから詳しいんだよ」
「ありがとう」
彼女は女神様が好きなのか、教えを乞えば声を弾ませてこちらを向いた。話題の選択は合っていたらしい、ちょっと得意げに笑った彼女に胸をなでおろす。
見習いといえど騎士団に所属している以上知っておくべきだとは思っていたが、女神の伝説に関する本は見慣れない単語だらけで内容を理解するまでたどり着かない。話題を変えたかったのもあるが、知識としても聞いておいて損はないはずだ。
「ええっとね、この綺麗な像が女神様だよ。治癒魔法が得意でね、たくさんの人を救ったの。魔物との戦いで死んじゃった人も女神様の魔法で生き返ったんだって。今はそんなすごい魔法どこにもないんだけどね」
「へぇ、治癒魔法が得意ってことは女神様は水魔法の使い手だったのかな」
この話の元になった人物がいるのなら治癒魔法が得意だったのは事実で、蘇生ができたというのは脚色された情報だろう。治癒魔法と聞くと、ユリオプスに教えてもらった水魔法と治癒魔法が近い関係にあるという話を思い出す。幼い少女に習うばかりでは申し訳ないため、私も彼女に知識を与えようと呟いてみる。
「女神様は全部の魔法が使えたんだよ!」
「あ、そうなんだ。神様って感じだね」
スズランちゃんはニコッと笑って答えた。なんだか、ひけらかす知識はこれじゃなかった感じがする。全部使えるなんてチートか何かじゃないか? と思ったが、相手が脚色もりもりの女神なら、属性というのは陳腐な縛りだったのかもしれない。
魔法適正を調べた時に主人公の私なら全属性使えるかも! なんて期待していたのが懐かしい、そして恥ずかしい。昔の恥を思い出して悶えかけた私にスズランちゃんは不思議そうに首を傾げた。




