11、不本意な二人だけの秘密
「そのまさか、アンタに訓練をつけてやるよ」
「え?」
「何だよ、その顔。オレがこんな提案すること滅多にないんだぜ?」
自信満々な顔で言い放ったユリオプスに、ここで消えてもらう、とでも言われるのかと思っていた私は予想外の発言に間抜けた声が出た。あちらも私の反応が想定外だったのか、水色の瞳にありありと不満の色が浮かんでいる。
面倒ごと嫌いでサボり魔の彼がする提案とは思えない。ましてや、いつも不本意ながら教育係をしていると言った振る舞いの彼が私に、である。
「それは分かりますよ」
「だから、今日見たことは秘密にしてくれよ」
「いや、みんなに言います! あなたが努力家だと知ってもらいましょう!」
「は? 待て、本当にやめろ!」
彼の要求を跳ねのけ強く主張する。二人だけの秘密なんて危険なものを作ってたまるか。秘密というのは本当に良くない、共有した者の間に妙な絆が生まれてしまう。
それにうっかりバレてしまった時にどんな報復があるか考えただけでも恐ろしい。だから、私は何としてでも今日見てしまったことを広めるしかないのだ。こうなれば、出会った人間全員にユリオプスが努力家であることを言いふらしてやる。
「どうしてですか? この際、あなたが規則を破ってばかりのサボり魔でしかないとういう誤解を解きましょう!」
「言葉にトゲを感じるぜ。規則を積極的に破ってるのは事実だし誤解なんてないだろ?」
「その様子だといつも一人で練習してるんですよね? 誰もその姿を知らないでユリオプスさんを批判するのは違うのかなと思うんです」
騎士団におけるユリオプスのイメージは地の底に堕ちていると言っても過言ではない。彼の同僚の騎士たちは、ユリオプスの態度に不満を抱いている様子だった。騎士団の規則を守らないのは勿論、あのスカした態度が癪に障るのだろう。実力はあるせいで強く注意できないのも彼らに不満が募っていく原因になっていそうだ。
しかし、その力が彼の努力によって得られたものなら周りの見方も変わるのではないだろうか? というのも口実で、二人だけの秘密を作りたくないから言いふらす許可が欲しいだけだ。
「オレにもプライドってもんがあるわけ。こんな必死に練習しなきゃモノにできないなんて、オレらしくないだろ?」
「僕はその方が親しみやすくて良いと思いますよ……ってことで皆にも知ってもらいましょう」
「絶対に言うなよ。てか、男にそんなこと言われても嬉しくねーし、親しみやすくなったらそれこそオレのスマートな印象が崩れるだろ」
「スマート……?」
頑なに首を縦に振らないユリオプスは、私の言葉に見慣れない顔をした。見慣れた嘲笑の透けた顔でも、地雷を踏んだ時に見せた冷淡な様子とも違う。こちらを軽く睨んでいるような目つきだが困ったとばかりに下がっている眉のせいで怖さは感じない。これはどういう感情なのだろうか?
「この話は終わりだ! ほら、アンタの実力を見せてくれよ」
「えぇ!?」
「アンタだって自主練に来たなら準備はできてるだろ?」
物珍しさから暫く観察していると、ユリオプスは無理やり会話を終わらせた。そして、いつもの調子に戻って少し意地悪く笑い私の足元に模擬刀を投げた。
今から訓練なんて気分ではないが、とりあえず拾おうと屈んだ瞬間再び体に痛みが走る。こんな状態では流石に無理だろう、屈みかけた体を戻してユリオプスを見上げる。
「そのつもりでしたが先ほど、転んだせいで体が痛いです」
「はあ? ちょっと転けたくらいでって……まて、その腕の痣はなんだ?」
「それは訓練で負けましてボコボコに」
私の体格には大きすぎる見習い用の服から普段なら肌は見えないのだが、先程の動きで腕が見えてしまったようだ。部屋で確認した時は大したことが無かったが、今見ると何か所か黒ずみや青あざができている。こんな状態ではまた、ぼんやりし過ぎだと言われるのだろうと苦笑いで返すとユリオプスは呆れた視線を向けてきた。
「はぁ……アンタじゃ、目つけられるよな。で、治癒魔法は?」
「使えないです」
「そうじゃなくて医務室にいる神官に掛けてもらいにいかなかったのか?」
「え?」
「うん? アンタまさか、知らなかったとか言わないよな」
騎士団の本部には治療を専門にしている神官も所属している。なぜ常時、神官がいるのかと言うと、青龍騎士団がこの世界では有名な女神信仰をしている宗教組織が持っていた自衛団体だったかららしい。現在は魔物が活発化したせいでそちらの討伐が騎士たちの主な仕事になったようだ。
今でも、本部自体が聖地の役割をしているらしく神官や修道士もそれなりの数いる。だが、彼らは正式な騎士にだけ癒しの力を使うと聞いていた。だからこそ、ユリオプスの今の発言に首を傾げたのだ。
「いえ、医務室の神官に傷を治してもらえるとは聞きました。でも、それは正式な騎士の人だけで見習いは含まれてないんじゃ……」
「はぁ……誰だよ、そんな適当な説明したやつ。まあ、いいか。傷見せろ、オレが治すから」
「だ、大丈夫ですよ!? 掠り傷みたいなものです!」
深いため息をついたユリオプスが一歩こちらへ距離を縮める。これは宜しくない展開だ。服を捲られて体を確認でもされたら性別がバレてしまう。唐突に訪れたピンチに頭も回らず、勢いよく拒否の姿勢を示す。
「はあ? さっきまでそれが痛いって……掠り傷というか打ち身だよな」
「確かに叩かれたので掠ったって感じではないですね」
「はいはい、治癒魔法掛けてやるから腕見せな」
「いやー、それは大丈夫で……い、いだい! 痛い!」
自分でも滅茶苦茶なことを言っている自覚はあるがこちらは必死だ。抵抗空しくユリオプスに捕まれた腕はどうしようもなく悲鳴を上げる。細いわりに意外と力が強いせいで振りほどけない。ちょっと涙が滲んできたくらいには痛いが離してくれる気配はない。
「やっぱ、痛いんじゃねえかよ。ほら暴れるな、大人しくしろって」
「唾でもつけとけば治りますから!」
「野生児かよ。ほら、治ったぞ。まだ痛いか?」
「……痛くないです、ありがとうございます」
ユリオプスが何やら呪文を唱えたかと思うと、先程までの痛みが一瞬にして消えた。治癒魔法ってすごい、体験するのは村でドラゴンに襲われた後に副団長がかけてくれた以来だ。痛みがひいたのと緊張から解放されたせいか疲れがどっと襲ってくる。幸い袖を少し捲られただけで済み性別バレに至ることはなかったが、ここ最近で一番ひやひやした出来事だ。
「なんであんなに暴れたんだよ?」
「な、なんとなく?」
「なんとなくの暴れ方じゃなかったが。他は大丈夫なのか?」
「はい! 大丈夫です! もう戦えそうなくらいです!」
袖を捲られるだけと分かっていればあんなに抵抗しなかった、とも言えず言葉を濁す。まだ痛い所があるなんて言ったら、次こそ本当にひん剥かれてしまうかもしれない、体の怠さには気づかないふりをして一層元気に返事をする。
「やめとけって。それで、魔法を拒否した理由は喋らないつもりかよ?」
「ほ、ほら、ユリオプスさんが魔法使ってるところあんまり見ないから。治癒魔法は高度な魔法と聞いたことがあったので大丈夫なのかな……みたいな。すみません、本当に」
「オレの実力を疑ってたのかよ。随分な物言いじゃねえか……って言いたいところだが悪くない判断だぜ。下手な奴の治癒魔法は逆に傷が悪化することもある、相手の実力が分からないうちは避けるべきだ」
適当に言い訳を探したが見つからず、結局何が言いたいのかよく分からないうえにユリオプスに単純に失礼な発言をしてしまった。だが、奇跡的に筋が通った発言になっていたらしく不信感は持たれていない。このまま魔法の仕組みに話題を移せそうだ。
「単純に治らないのではなく悪化するんですか?」
「そう、ただ相手を攻撃する魔法より難しい。相手の体に干渉するわけだからな。細かい説明は省くが、そんな難しい魔法も難なく使えるオレが凄いということだけ分かればいいさ」
「水魔法よりも得意なんですか?」
思惑通り会話は魔法の説明に移り変わった。得意げに語るユリオプスに一つ疑問が浮かぶ。
前に治癒魔法を使ってくれたのは炎適性の高い副団長だった。彼が騎士団の中で一番の治癒魔法の使い手だと見習いや他の騎士たちに聞いたことがある。
だから勝手に治癒魔法は炎魔法の分野なのかと思い込んでいたがユリオプスが得意としているのは水魔法だし、属性は関係なかったのだろうか?
「うーん、どっちの方が得意って感じでもないな。水魔法と治癒魔法は使う感覚が少し似てるんだ。水適性がある奴は治癒魔法も練習すれば使えるようになる可能性が高い。まあ、興味があるならまた今度教えてやるよ」
「……ありがとうございます」
「何か言いたげだな?」
どうやら異質なのは副団長の方だったらしい。それよりも、当然のようにまた今度教えると言った彼の発言に驚き返事が遅れた。今までの彼のイメージでは「アンタには分からない、話しても無駄か」くらいのことは言いそうだからだ。お礼を言ったものの分かりやすく態度に出ていたのか、ユリオプスが不満げに目を細めて問いかけてきた。
「いえ、教育係らしいことを言うなと思いまして」
「……アンタがやらかして共倒れはごめんだからな」
棘のある物言いにしては随分優し気な声色だった。また彼と関わる時間が増えてしまったが不思議と悪い気分ではなかった。もちろん共倒れも彼に殺されるのも絶対にごめんではあるが。




