1、広告詐欺被害、甚大なもよう
「さあ、死にたくなければ俺の手を取れ!」
ああ、またこの広告か。
どこかで聞いたことあるイケボと共に、画面には黒髪のイケメンがこちらに手を伸ばしているイラストが映る。
よくある乙女ゲームかと思えば、背景は血まみれの死体と首の落とされたドラゴンとかなりホラーチックだ。
30秒広告らしくスキップもできず、ぼんやり画面を見ていると選択肢が現れた。
▷手を取る
▷首を振る
広告では必ず下が選択される。すると、そのままイケメンに剣でぐさりと刺され画面は真っ赤になりGAME OVERの文字が浮かぶ。
いや、正解選べよ。
毎度毎度のことながら間違った選択しかされない広告にイラつくが、見すぎたせいで少しだけこのゲームに興味が出てきてしまった。
何パターンかある広告を見る限り、ダーク要素強めの乙女ゲームという感じだろうか?
ホラー要素やストーリー重めのダークファンタジー系乙女ゲームは大歓迎だ。最近クリアした選択肢を間違えたら即死の難易度高めな鬱ゲームと似た系統だろう。悔しいことにとても私好みだ。
「広告詐欺じゃねえか!」
思わず叫んだ。その勢いで電源を落としてしまったスマホに映る私は、とても乙女の形相とは言えない。
いざチュートリアルが始まると既に雰囲気が怪しい。 平和な村で目を覚ました主人公は、謎のマスコットからパズルを揃えよう!と説明を受けているのだから。
大丈夫、ここから急展開で村が壊滅して危険なイケメンたちが出てくるダーク系乙女ゲームが始まるはず。
そう言い聞かせ画面をタップする。しかし、画面に並ぶのはどこかで見たことがあるパズルゲームと編成されたレベル1のキャラクター達。
広告で見たホラー要素はゼロ。キャラクター達と仲を深めることも無い、蓋を開けてみれば単純なパズルゲームだったのだ。ちなみにストーリーパートなんて当然のように存在しない。
ついでに言えば、唯一広告と同じだったのはタイトル画面に映る村の風景だけ。特徴的な大きな風車のあるのどかな村だ。
期待は裏切られて村が壊滅することもなかった……広告詐欺にしてもあまりに酷い。
それはさておき、なぜそんなゲームのことを思い出したのか?
簡単な事だ。何度も見たその村が目と鼻の先にあるからである。
前言撤回、全く簡単な事じゃない。
目を覚ましてからしばらくの間、現実逃避をしていたがずっとそうしているわけにもいかず、ようやく倒れていた体を起こした。
先程から頭がズキズキするし、身体のあちこちに違和感がある。擦り傷だらけの体が風に吹かれてピリピリと痛んだ。
しかし、倒れていたわりには軽症のようで動くことに支障はない。それよりも気になるのは、奇妙な格好をしていることだ。
ゲームのキャラクターが着ていそうな真っ黒なローブを身に纏っている。所々、焼けた跡のようなものがありボロボロだ。ローブの下に着ているシャツも現代で見慣れたものとは違う。
無意識のうちにコスプレをしてたとか?
いや、こんな服を買った記憶もなければ着た記憶もない。そして、さらなる違和感の正体は先程から視界にちらちら映り込む銀の髪だ。この色に染めた覚えはない、そのうえこんなに短くしたことは無いはずだ。
さて、一体どうしたものか。
混乱する頭を無理やり働かせるが結論は出ない。ゲームでしか見たことのない風景に、記憶にない珍妙な服装と覚えのない髪型。
今、自身の容姿を確認する手立てはないが体つきがやけに筋肉質に変わっていることから見て、私が認識している自分とは違うことは察せられる。
何だ、夢か。
一番簡単な結論を出せばこうなるだろう。しかし、体の痛みも、土っぽさを含んだ風の匂いもいやにリアルな質感だ。
意味もなく見上げた空は青い、私の常識と変わらないのはそこくらいだろうか。
もうその時には真剣に考えることをやめていた。
もしかして、これがよくある、いや……あっては困るのだが異世界転生というやつなのか?
真面目に考えることをやめて出した答えにまた一人唸る。そこそこゲームやアニメが好きだった私はその概念を知っている。
しかし、それは実在しているものではなく創作として楽しんでいたものだ。私には、至って平凡で幸せな女子大生として生きていた記憶がある。ただお風呂に入ったところで記憶が途切れているのだ。
まさか、お風呂で溺れて呆気なく生涯を終えたのだろうか?
では今思考しているこの私は誰なのか、どうやら答えは出そうにない。
何はともあれ、広告詐欺ゲームに引っかかっていたあの私とは既に違う人物になっている可能性が高い。視界にぼんやり映る髪は何度見ても銀色で、ファンタジー感溢れる服もしっかりとした重量があった。
唯一の救いは、仮に私が転生しているならば例の広告詐欺ゲームの世界だということだ。あの特徴的な風車と村の風景は完全に一致していた。
あの世界ではモンスターの生息域に入らなければ、戦いは発生しない。そして肝心の戦闘方法はパズルゲームをしてキャラに力を与え戦わせるという簡単なうえに自身は安全である設計だ。
そう考えると、転生した世界としてはそこまで悪くない。死亡ルート確定の悪役やホラーゲームの主人公、デスゲームの参加者、などに転生するよりは数億倍もマシだ。
「はぁ……」
とりあえず、あの村に向かえば何かしら状況が変わるだろうか?
ゲーム内の情報しかないがのどかな村で村人も優しいはずだ。他に行く当てもない、意を決して画面越しには見慣れた村へと足を進める。
じわじわと痛む体と戦いながら、道というには整備されていない地面を踏みしめた。何回見たか分からないタイトル画面の村がもうすぐそこにある。
こんな状況でもゲームの世界と考えるとワクワクしてしまうのはどういう心理なのだろうか?
きっと、違う世界の別人になってしまったという実感が湧かないだけだ。
「あれ?」
勇んだ気持ちで村に着いたものの様子がおかしい。門は少し開いているが門番は不在だ。中の様子が気になるけれど、村は高い塀で覆われているためここからでは見えない。
耳を澄ますと、何かを潰しているような……いや、砕いているような聞き慣れない音が聞こえる。正体の分からない音に本能的に身震いした。
いやいや、何を怖がっているんだ。とりあえず村に入らなければ何も進まないじゃないか。
門を開けばきっとパズルゲームのチュートリアルでも始まるのだろう。村に弱いモンスターが現れるところからゲームがスタートした記憶がある。
うん、大丈夫、この状況に動揺しているだけだ。
頬を伝った冷や汗には気づかないフリをして村の中へ入った。
「ひっ……!」
そんな私の視界に飛び込んできたのは赤。門を開けた先に広がっていたのは凄惨な光景だった。
倒れる村人らしき人達、誰のものかも分からない血に染まった地面、半壊している家屋。あまりの酷さに漏れた声を抑えるように口を塞ぐ。
倒れている人に恐る恐る近づき、声を掛けるが返事はない 辺りには原型を留めていない何かも転がっている。
うつ伏せの体の下がどんな姿になっているかは想像もしたくなかった。
誰だよ、平和なパズルゲームって言ったやつ!
どうやら私が転生したのは、覚えのない残酷な世界だったようだ。ゲームだったらR-18Gだ、精神がゴリゴリ削られている実感がある。
「とうとう二次元と三次元の区別できなくなったかな……」
言い聞かせるように呟くが先程から体の痛みが主張してくる。ゲームのやりすぎで、液晶が認識できなくなっただけだったなら問題はあるが命の危険はなかった。
とりあえず、これが夢にしろ現実にしろ認識がおかしくなったにしろこの場所から早く立ち去りたい。
せり上がってくる胃の気持ち悪さを抑えて、震える足を何とか動かして門へ走る。気味の悪い音は村の奥からするため、今逃げれば音の正体には気付かれずに済むはずだ。
それを、人はフラグと呼ぶ。
「……ぁ」
壊れかけの建物を完全に破壊して目の前に現れた大きなドラゴンのような生物に、もはや叫び声すら出ずに息が止まる。
何とか視界にドラゴンを入れるが耐えきれず直ぐに視線を逸らした。
何体か似たような生物が見えたが、一際大きなそれは鋭い牙で何かを噛み砕いていた……うっ、見なかったことにしよう。
次は我が身だ。 考えないで死んだ方がいい。
どうせ逃げようにも腰が抜けて立てないのだし。がくがくと震える足は自分のものではないように言うことを聞かない。
私のなんちゃって異世界転生はここで終わりのようだ。流石に死ぬのが早すぎる。
風呂で溺れ死ぬのには飽き足らず、異世界転生失敗RTAでも始めたのか。それだったらそこそこ良い記録が出ていそうだ。現実を直視しない思考になってきたがそれも仕方がない。
数分後には食べられるなんて考えたくもない!
最後の現実逃避をしているうちに食事を終えたドラゴンは、私を次の標的にとらえたようで今にも襲いかかろうとしている。
こんな状況でも足は動かない。それどころか呼吸すらままならず、生の終わりへのカウントダウンのように心音が頭に響き渡っている。
「ワ、ワタシ、オイシクナイヨー」
ああ、これ死ぬやつだ……血走ったドラゴンの瞳が完全に私を捉えている。
私の声は獲物の命乞いにすらならなったらしい。見た通り話が通じる相手ではないのだ。異世界転生したのだからチート的な凄い力があるかも! と思ったが当たり前のように無かった。
目から光線は出ないしワープもできない。魔法も使えなければ、高い身体能力もない。つまり、この状況を打開できる方法はない。
さすがに諦めるかと覚悟を決めた、その瞬間、視界が鮮烈な赤に染まった。
頬にべったりと張り付いたそれは、自分の血ではない……ドラゴンの血だ。
私を食べようと迫っていたドラゴンの首が、ごとりと大きな音をたてて地面に落ちた。状況が呑み込めないまま、ぎこちない動きで辺りを見渡す。
周りは死体の海。目の前には血を被った黒髪の男。伸ばされた手も赤黒く汚れていた。
視線を上げれば鋭い眼光が私を捉え、形の良い口が開かれる。
「さあ、死にたくなければ私の手を取れ」
聞こえたのは、嫌になるくらい聞いたあのイケボ。脳内では広告で何度となく聞いた不気味なBGMが自動再生される。
唯一、無事だったらしい風車が静かに回った。壊滅した村はあの広告の背景とよく似ている。ここまでくれば流石に察した。 心の中で力いっぱい叫ぶ。
広告詐欺しろよ!
そして今この瞬間、私には見えない選択肢が存在している。
迷いはしない、伸ばされた男の手を強く握る。奇しくも私はあの広告の先を知ることになってしまったのだ。
例の広告によればこの世界では選択肢を間違えたら直ぐに死ぬ。その手のゲームは初見で間違えずにクリアすることはほぼ不可能。
悲しいお知らせだが、原作知識どころか原作が存在しない30秒広告の世界に転生した私は完璧に詰んでいるということだ。
それに、何よりこの短時間で受けた精神的ダメージが大きすぎた。あまりのショックに耐えきれず世界が暗転する。
これは全部夢で、次に目を覚ました時は自分のベッドに決まっている。そう信じた私が、広告の先で絶望するまであと少し。
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