第7話 むかしむかし
『あなたはとっても優しいなのに、見た目が怖いからみんなから恐れられてる』
そう言ったのは人間の女だった。まだ嫁入り前の若い女。
鮮やかな黄色い髪に肌が白く小柄で体が細くて、丈夫な造りをしていなかった。
我がひとたび吹けば簡単に吹き飛びそうな体だった。
そんな人間が我に対して憐れんだ。
我は大いに笑った。何百年生きてきて、格下の人間に憐れまれるとは思いもしなかったからだ。
人間はいつも我を恐怖の対象としか見ていなかった。それが正しくて正常だ。
だが、我が笑ってもあの女は笑わずにただただ悲しそうだった。
全くおかしな人間だ。だから我は――
全ての種族を抹殺しようと思ったのだ。
「――いらぬ夢だな……人間になったせいか」
目を覚ませば、ベッドの上にいた。あの後、意識を失って眠っていたようだ。
ティアマトはベッドの端に頭を乗せてぐっすりと眠っている。眠りながらも、我の手を握り締めている。
外は暗くなり、ロウソクの光だけが部屋を灯している。長い間、気を失っていたみたいだ。
ティアマトの顔を見ると涙で目が赤く腫れている。
無償に喉が渇く。今でも体の熱が消えない。
右手の甲が一段と熱く感じる。
見ると肌の色が黒く変色している。あの時、炎を放つために右手に熱を込めたからか?考えてみれば、本来の我の力を使って異常をきたさないことの方が不自然だ。我の炎は呪いの炎、その炎は全ての種族を苦しめてきた。
当然人間もだ。
人間の体を持ちながらこの力を使えば当然我にも反動が来る。その方が自然だ。
息を切らしながら、一階に降りる。
一階に降りると、椅子に座っている老婆の後ろ姿が見えた。
「老婆、水をくれ……」
「あら、リュウちゃん。お目覚めかい?」
「ちょっと待ちな」と言って、老婆は器に入った水を持ってくる。
その水を一気に飲み干す。喉の渇きが少し収まった。
「それと私のことは老婆じゃなくてメリーおばさんね。やっぱり、おばさんは嫌だからメリーでもいいわよ」
「呼び方などどうでもいい。こんな夜更けに何をしていたのだ」
「これね、大切な人から貰ったものなの。これを見て昔の頃を思い出してたのよ」
そう言って首にかけた翠色の小石を眺める。老婆はどこか懐かしそうに穏やかな眼差しでそれを見つめている。
「私の宝物だと」老婆は微笑む。しわだらけの顔が余計に目立つ。
人間の心は分からないものだ。食べられもしない、何も役に立たない、そこらに転がっている石ころと同等のものを宝物だと言う。
「リュウちゃん、ちょっと椅子に座りなさい」
「なんだ?」
「いいから」
仕方なく老婆の指示に従い椅子に座る。対面席に老婆も座り出す。
「むかしむかし、あるところに一人の愛らしい少女がいました」
「ちょっとまて。誰が昔話をしろと言った」
「その少女は早くに両親を亡くし、小さな村で祖父との二人暮らしを送っていました」
「おい無視するな」
その後、老婆は長い長い昔話を語っていくのだった。目が冴えて眠れないので暇つぶしに聞くことにしてやった。