第22話 老人
「何を泣いている、少年」
首が回らないので声がした方に視線だけを向ける。
視界に映るのは頭頂部全体がハゲた丸眼鏡の老人だった。
「いや、愚問だった。私は最初から君を見ていた。痛かっただろう、私の家で手当てをしよう」
老人はオリンの腕を自分の肩に回して立ち上がるのを手伝う。
老人の支えもありふらつく足で一歩一歩、歩き出す。
「あなたは……?」
「なに、ただの冴えないジジイじゃ。君がほっとけなくてのう」
なんとか老人の家まで来て中に入る。家の中に入ると、老人はオリンをクッション付きの長椅子に横たわらせる。
「すぐに包帯と氷水を持ってくる」
手際良く老人はオリンの処置を進める。酷い打撲の箇所には氷水で濡らした布を当てて、包帯を巻いていく。
「しかし、傍観者の私が言うことではないが、ずいぶんと派手にやられたのう」
「この国ではエルフの機嫌を損ねたらこれが当たり前なんですか……?」
「そうじゃな。エルフに逆らうことが許されない風潮が広まりつつある」
「そんなのおかしいよ……」
「そうじゃな。お前さんの言うことはごもっともじゃ。全種族の敵である竜王をエルフが自らの命を賭して倒した。そこまでは良かった。しかし、その後エルフらは救世主と自分たちの魔術が世界を救ったのだ主張し始めた。おの竜王を倒すほどの摩訶不思議な力をエルフなら使える、その言葉が人間や魔族の中で広がった。いつしか人間はエルフ恐れ順々に従う種族となっしまった」
淡々と語られる事実。村育ちのオリンには知らなかったことばかりだった。
「やっぱりおかしいじゃないか……。人の尊厳を、想いを、何だと思っているんだ……簡単に踏み躙っていいものじゃない!」
「君、名前は?」
「オリンです」
「オリン君、このおかしな現実を変えたいとは思わないか?」
その問いにオリンは少し戸惑う。自分にはその力が無いからだ。
でももし変えられるのなら——
「変えたいです」
「そうか。その言葉を信じて託そう」
「何をですか?」
「見た方が早いだろう。すまないがオリン君、立ってるか?」
「はい」と返事してオリンは長椅子からゆっくりと立ち上がる。
老人は長椅子の端を押し出して位置をズラす。そして長椅子の下に位置していた床を手の平で撫でる。
「あの、何を?」
老人は人差し指の爪で床を引っ掻くそぶりを見せる。カチッという音が鳴り床から取っ手の部分が現れる。
取っ手の部分をつまみ引き上げると、釣られて正方形状の床が上がる。床でカモフラージュした隠し扉だったのだ。
床の下には空間があり梯子はしごが垂直に立てかけられている。
「これは!?」
「地下室じゃ」
老人は梯子で地下室に降りる。オリンも続いて傷が痛まないようにゆっくりと地下室に降りる。
ひやりとした空気が流れ、天井に吊るされた電球が鈍い光を放っている。
人が一人寝られるスペースの丸みを帯びたポッドが存在していた。
「オリン君、竜が討伐された後どうなるか知っているかね?」
唐突の質問に「分からないです」とオリンは答えた。
「基本、竜が死んだ後は解体作業に移る。始まりは科学者たちのただの好奇心からだった。他の生物とは次元が違う竜という存在。その中身はどのような仕組みなのか。解体していくと竜の心臓部に小さな球体を発見した」
ポッドの上に細長いガラスケースが置かれている。老人はそれを手に取りオリンに見せる。
ガラスの底には翠色の小石が敷き詰められている。そして小石の上に禍々しい漆黒の光を放つ黒い球体がある。
「これは竜王の体内から発見されたものだ。他の死んだ竜からはこのような光を放っていなかった。私はある仮説を立てた。竜王は氷漬けになり解体された。しかし、完全に凍らせたことにより、体は死んでも意識は死んでいないのではないかと。この球体が竜の核のようなもので、エネルギーの源だとすれば世界を覆すほどのパワーがこれに眠っているのではないかと」
「えっと……つまり?」
「要するに、この球体を人間の体に適合できれば竜王の力を兼ね備えた最強の人間が誕生するのではないかということだ」
竜王の力を使える人間を創るなどぶっ飛んでいる、オリンはそう思った。
老人の話は全てが憶測によるものだった。実現する確証なんてものはない。
「仮に竜王の力を人間が使えたとして、その後何をするんですか?」
「決まっている、エルフたちに反逆するんだ。奴らに今までしてきた行為がどれほど非道だったものかを味わわせてやるのだ」
「反逆……」
(反逆それに意味はあるのだろうか。やられたらやり返す、それは一瞬満足することかもしれない。しかし、やられた側は必ずまたやり返す。そのサイクルに平和は訪れない)
「オリン君もそう思うだろ。君がそこまで傷つくほどのことを君が奴らに何かしたのか?その傷は理不尽の表れじゃないのか?」
老人の言葉にオリンの心は揺れ動く。
「私はもう歳じゃ。竜王の力を適合するには体に多少の不可がかかるだろう。おそらく私の体がもたない。だから君に竜王の力を託したいと思っている。どうだ引き受けてはくれないかね」
「……少し、考えさせてください」
「すぐに決断できることではないな。うむ、いいだろう」
その日、オリンは老人の家に泊まった。騎士団の所に戻るつもりは無かった。
長椅子に横たわり、老人の言葉に乗るか考えていた。
竜王の力が自分のものになるかは分からない。竜王の体内にある異質な物を人間の体内に入れれば、体が拒否反応を起こし最悪死に至るかもしれない。
死ぬ可能性がある以上、いくら考えても決断することはできなかった。




