表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/33

第14話 生贄の祈り

 それからというもの、竜は村の近くにある洞窟に住み始めた。満月になる度に村長は嫁入り前の若い娘を竜の前に捧げた。


 何の力を持たない小さな村は一人また一人と若い女の犠牲によって生き残った。


 そして今日の夜もまた一人、村の為に犠牲を捧げる女が竜の住む洞窟にやって来る。

 檸檬色の髪を腰まで伸ばした、肌が白くて背の低い女だ。


「サクッと食べてください!痛いのは嫌なので!」


 女は洞窟とは真逆の木に向かって大声で言う。


「どこを見てる。人間」


 上から低くて威圧感のある声が聞こえる。女はこの声が竜の声だと認識する。


「えっとー」


「右に回れ」


「こうですか?」


「いや回りすぎだ。ちょっと左だ。我をバカにしているのかお前」


「いやいや違います!私生まれつき目が見えなくてバカになんかしてないです!」


 女は盲目だった。常にあるのは真っ暗な世界、生まれてからそれ以外のものを見たことがなかった。


「目が見えないのか、では我の姿も見えぬのか?」


「は、はい。全く見えないです!なので竜がどんな存在なのかもイマイチ分からなくて……あの、やっぱり食べられるのって痛いんですかね……?」


「知らぬ。我は人間など食わぬからな」


「そうですか……へぇ?」


 このまま真っ直ぐ行けば竜の捧げものとなる、そう村の人に言われて来た。しかし竜は食わないと言う。


「どういうことですか?」


「お前らを喰っていたティアマトという竜はもうおらぬ。我が追い払った」


「それってつまり……私は食べられないってこと?」


「そうなるな」


「やったーーー!」


 女は思い切り飛び跳ねて喜んだ。女は満月の日が来るのを怯えながら毎日を過ごしていた。自分が犠牲になることで村が救われる、それは単純に嬉しかった。

 目が見えない自分は村のみんなの為にできることがなかった。どちらかと言えばいつも誰かの助けを借りて生活していた。だから最初は役割を与えられた様に感じて光栄だと思った。自分にしかできないこと、その響きが心地よかった。


 しかし、死のカウントダウンが迫るにつれて、竜に食べられる瞬間を想像するようになった。


「助けてくれてありがとうございます!私はクリファと申します。私にできる範囲ですけど、何でもしますので言ってください!」


「ふんっ、勘違いするな。お前の為にやったのではない。ティアマトは竜王である我に口答えをした。だから痛い目に遭わせてやったのだ」


「そうですか……では、明日の夜ご馳走を用意しますので来てください。村のみんなも喜ぶと思いますので!」


「ふんっ、人間に貰うものなど無い」


 その言葉と共に突風が吹き付ける。あまり体が頑丈では無いクリファはその強い風に簡単に流されてしまう。地面に尻を打ち付けた時には竜の声はしなかった。


「あのー竜さん?あれ……やっぱりどこかに行っちゃたのか」


 お礼ができないことは残念だが、命は助かった。クリファはその日、鼻歌を歌いながら村に帰った。


 しかし、そんな気分とは裏腹に村の人々から返ってきた言葉は意外なものだった。


「みんなみんな!聞いて!私食べられずに済んだよ!なんか別の竜がティアマトっていう竜を追い払ってくれたみたいなの!これでもう誰も犠牲にならなくて良くなるね!」


 クリファは目が見えない。だから相手がどのような感情を抱いているのかは視覚的には分からない。


 村のみんなは喜んでいる。それはクリファの頭の中では絶対的な反応だった。これまで六人の若い女が命を捧げて来た。竜の住む洞窟に向かう最後の後ろ姿を見た村の人々の嘆く声を聴いていた。


「え……それってもう、私たちは守られないってこと……?」


「ティアマト様がいないとこんな小さな村一瞬で終わるぞ……」


「俺たちはこれからどうすれば……」


「お前が居て何になるんだよ!こうなるんだったら生贄になってくれた方がマシだったのに!」


「一人じゃ何もできないお前を今まで育ててやったのに!恩を仇で返しやがって!」


 返ってきた言葉には戸惑い、悲嘆、絶望、憎悪が込められていた。その言葉を止むことなく次々と飛び交う。


「え……?」


 何故?その言葉が脳内を埋め尽くす。声の持ち主は皆、クリファに親切にしていた人たちだ。人々の変わりようについて行けず女の思考は停止する。


「過ぎたことを悔んでも仕方がない。クリファ、その竜にもう一度会うことは可能か?」


 しゃがれた声で村長だと気付く。


「明日の夜お礼がしたいと伝えたけど、来てくれるかは分からないです」


「そうか。ならそこに賭けるしかない。みんな今から大至急で竜をもてなす準備を始めるのだ。いいかクリファ、何とかこの村を守ってくださるように説得するのだ」


「分かりました」


 それから村で取れる果物をかき集め、猪や鳥を狩って、もてなす食事を用意した。村の人々からすれば一週間分の食事だ。


 翌日の日が沈む頃に用意した食事を洞窟の前に並べる。


「クリファ、後は頼むぞ。必ず竜との協力関係を結ぶのだ」


 その言葉を残し村長と村の住人はクリファだけを残して去った。


 クリファは洞窟の前で竜が再来することを祈るしかなかった。時間が過ぎていき、何時間も竜が来るのを正座して待ち続けた。


「滑稽だな」


 威圧感のある声と突風が吹きつけて地面が大きく揺れる。


「来てくれたんですね!」


 嬉しさのあまりクリファは立ち上がろうとする。だが長時間正座していたせいで、足が痺れて立つのに時間がかかる。


「全く長い時間、同じ体制だからそうなるのだ」


「はははっすみません。竜王様今日来てくれたことを心より感謝いたします。村一同からの感謝のしるしとして食物を捧げます」


「お前らの魂胆は見え見えだ。我の機嫌を取り村を守って欲しいと言うのだろう」


「分かってましたか……」


「全て上空から見ておった。弱者は滅びる、それが世の常だ。己の運命を受け入れるべきだ」


「どうかお願いします。竜王様、私たちの村を守ってください」


 クリファは地に頭を付けて竜王に懇願する。


「そこまでして守る価値がアイツらにあるのか?」


「あいつら?」


「お前に失望し罵詈雑言を浴びせていた連中だ。竜の我から見ても十分に醜い。自分たちが生き延びるためにお前を利用して、思い通りにならなければ責め立てる。しかし、我の前には一斎姿を見せず全てをお前に押し付ける。ティアマトを問い詰めた時、六人の若い女を喰ったとほざいていた。狂っていると思わぬか?竜に喰わせる為だけに今までお前を、他の人間を育ててきた奴らを」


 竜王が述べたことは正論だ。この村は誰かを犠牲にすることに慣れてしまったのだ。


 竜の食糧にするために、子どもを作り育てる。全ては自分たちが生き延びる為に。あまりにも狂っているとクリファも感じる。


「それでも盲目の私が役に立つことはこれぐらいしかないから……」


「ならば何故涙を流す」


 クリファは竜王の言葉で自分が涙を流していることに気付く。


 気付いた時には涙が止まらず零れ落ちていく。やっぱり自分は生きていたいのだ。誰かの役に立たなくても、誰からも感謝されなくても、まだ生きていたい。


 クリファは涙を流しながら、自分の心の声を聴いた。


「私は……竜に食べられる為に生まれたんじゃない……もっと生きたい……何で私に全て押し付けるの!私はあなたたちの為に生まれてきたんじゃない!!!」


 その後、クリファはありたっけの思いを竜王にぶつけた。哀情、苦痛、不満、劣等感。彼女の存在を形作ってきた感情はどれもマイナスな表現で、彼女の振る舞う明るさはただの見せかけだった。


 小さくか細い手で地面を叩き彼女は慟哭する。溜め込んできた思いを全て吐き出す。竜王はその姿を静観する。


 全て言い終わった後、クリファは寝ころんだ。服が汚れることを気にする素振りを見せずに。


「泣いたら疲れた。はあーーー疲れた!もう疲れた!お腹減った!竜さん、そこにある食べ物少し分けてよ!」


 吹っ切れたクリファは幼児の様に駄々をこねる。


「何かお前変わってないか?我が怖くないのか?」


「全然怖くないよ!だって見えないもん!」


「ガッーーアハッハッハッ!」


 それを聞いて竜王は大いに笑い声を上げる。低くて威圧感のある声が夜空に響き渡る。


「そんなことを言われたのは初めてだ!この竜王を恐れない人間がいるとはな!」


「そんなにおもしろい?」


「我を一目見た瞬間、皆が逃げ出していく。だからお前は面白い人間だ」


「ふーん。竜ってどんぐらい大きいの?お月様に届くのかしら」


「そんなに大きいものか!生きていけぬわ!」


「あまり想像つかないなー。どんな見た目なの?」


「うーむ。そう言われると難しいな」


 竜王が悩んでいるとクリファは起き上がり「そうだ!うん!」と手を前に出す。


「なんだ?」


「触るのが手っ取り早いからさ。ね!」


 そう言って小さな手を目一杯広げる。竜王は言われた通りに大きな前足を一歩前に出す。


「もう少し前だ」


 クリファは手を伸ばす。黒い鱗を纏う大きな竜の足と小さな人間の手のひらの距離は僅か一センチ。


 そしてついにクリファの指先が竜の足に触れる。


「ゴツゴツしてて硬くて冷たい……」


「もういいだろ、いつまで触っている」


「うーん。このザラザラとした感覚どこかで……あっ分かったかも!これはトカゲを触った時の感覚だ!」


「トカゲだと……」


 クリファのトカゲ発言に竜の王は激しく動揺する。


「なんだー、結構怖い雰囲気醸し出しといて巨大トカゲみたいな見た目なんだね!」


「……それでは、さらばだ」


「ちょちょっと、待って!怒らせたならごめん!謝るから、その……また来てくれる?」


 クリファの問いに竜王は何も返さない。目が見えないので竜王がどのような反応を示しているのか読み取ることができない。


 クリファは慌てて立て続けに言葉を発する。


「あなたとの会話楽しくて、もっと話したいなって……だからまた来てくれないかな……」


 少し間が合いて、「気が向いたらな」という言葉が返って来る。


 竜王は翼を広げて動かし始める。翼を動かす動作により突風が生じる。


「ほんと?」


 風に耐えながら聞いても、竜王からの返事は無いままその場を去った。


 結局竜王は並べられた食物を一斎口にすることはなかった。


「見事であったぞ。クリファ」


 後ろからしゃがれた声がする。


「見ていたんですか。村長」


 クリファは後ろを振り返る。竜王とクリファの一連の会話を村長は木の裏に隠れて覗いていた。


「一時はどうなるかと肝を冷やしたが、最後はうまくいって何より何より。まさか竜に同情を誘うとはな。女の涙は竜にも効くというわけか」


 村長は笑い混じりに言う。声から緊張感が無くなり完全に安堵しているのが分かる。


 クリファの言葉に竜王を利用してやろうなんて思いは一ミリもない。だが結果的に村長は喜び、村の利益に繋がっている。クリファは自分が利用されたようで言い表せない不快感を感じた。


「常に村にいるけではないが、時々来てくれるだけでもマシじゃ。竜を追い払う竜という強力な見方をお前は作ってくれた。これで村のみんなはお前に感謝するぞ。よくやった、クリファこれからも頼むぞ」


 村長はクリファの肩に手を置く。結果村のみんなの為になり褒められた。いつもならみんなの役に立てて嬉しいとクリファは喜ぶだろう。だけど今回ばかりは違った。


「私はあなたたちにとって何なんですか……?いや、これまで犠牲になってきた彼女たちも含めて……生きる為の生贄ですか?竜の餌として今まで育ててきたんですか……?答えてください、村長」


 クリファの声は震えていた。村長はクリファの言葉を受け止めて目を閉じた。


「クリファ、お前は世界の残酷さが見えていない。今この瞬間も争いが起こり誰かが命を落としている。人間、エルフ、魔族、種族間の争いは完全なる勝利か完全なる敗北でしか終わらない。力を持たないこの村が今存在していること自体が奇跡なのだ。その奇跡を竜のおかげで実現することができた」


「でも、私は……」


 自由に生きたい。そう言いたかった。けれど村長の言葉が正しいと思う自分もいた。一個人の力でどうすることもできないのが戦争だ。種族間の戦争という大規模な争い。誰にも食い止めることはできない。時代の流れに沿い殺し合いをするしかない。


 この世界はいつから間違えてしまったのか。クリファは自分に問いかける。明確な答えが出ないと分かりながらも。


「帰ろう、クリファ」


「少し一人にさせてください……」


「そうか。では村のみんなには私の方から伝えておく」


 村長が去りクリファは一人残る。正直村には帰りたくない。


 夜空を仰ぎ、祈り願う。どうか、この争いが一刻も早く終わりを迎えるように。みんなが笑い合い自由に生きることのできる時代が来るようにと。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ