第13話 悪魔の囁き
この世界は窮屈だった。人間、エルフ、魔族、三種族が共に住むにはあまりにも狭かった。
人間は気候や土地に恵まれ、エルフは大自然の森の中で、魔族は乾燥した気候の痩せこけた土地で各自生活していた。
人間は様々な道具を発明し、より豊かな生活を送るようになった。
エルフは古来より自然に住む精霊から魔術なるものを教わった。
魔族は貧しき環境故に強い者だけが生き残った。
ある日、森の中に迷い込んだ人間がエルフと出会った。その人間とエルフが仲を深めるのに時間はかからなかった。
次の日、人間はエルフを自分たちの暮らしに招いた。エルフは快く人間のもてなしを受けた。それが種族間の争いの火種となるとは知らずに。
エルフは人間が出したご馳走を食べた数分後、倒れて死んだ。エルフに対して得体のしれない恐怖感を抱いた人間が毒を盛ったのだ。
この出来事が発端となり両者は互いを敵対視し争いが始まった。
また日、エルフは魔族を人間と勘違いし殺してしまった。当然、魔族はエルフを敵対し、同じ他種族という理由で人間を信用することができなくなった。
これが人間とエルフと魔族の三種族の戦争へと繋がる。一つの殺しが無数の殺し合いへと発展したのだった。
その光景を初めから傍観していたのが竜だ。竜からすれば地上での殺し合いなどどうでも良かった。小さな虫同士が争っても自分達には何の影響も無いからだ。
争いは長期に渡り続いた。当然の如く命を落とすのはいつだって弱い者だった。人間もエルフも魔族も残るのは決まって強い者だ。
それを悟り、ある老父は悲嘆に暮れていた。
「あああ、私たちは一体どうすればいいのだ……」
頭を抱えて悩む老父は小さな村の村長だ。老父は二つの選択を迫られていた。王都に行き助けを求めるか、それともこの村に残り続けるかだ。
王都に行けば兵士により安全を保たれるかもしれないが、戦争の渦中に巻き込まれる。若い男たちは戦いの最前線に立つ可能性は十分にある。歳を取った自分でも、もしかしたらということはある。
奇跡的にまだこの村はエルフにも魔族にも見つかっていない。ならばこのまま争いが終わるのをひっそりと待つという選択もあり得る。
村長として村の人々の命は守らなければならない。この選択には多くの命が乗っかっている。
「おい、そこの老ぼれ」
「えええええ!」
突風と共に老父の前に現れたのは天空を舞う竜だった。竜の存在を噂話としか聞いたことのない老父は驚愕した。
「どうすれば生き延びられるのか悩んでおるのだろう?」
目の前の怪物に老父は言葉を発することができず、首をコクコクと縦に振るしかなかった。
「ならばワシが守ってやろう」
「ほ、本当ですか!」
「ああ、本当だ。しかし一つ条件がある。月が満ちる度に村の若い女を一人ワシに捧げるのだ」
「え?」
「ワシが近くにおればエルフや魔族に怯える必要などない。お前らはいつも通りの生活を送るだけだ。食って寝て繁殖する、それだけで良い。どうだ?」
それは悪魔の囁きだ。
竜に人の倫理観など通用しないことを老父は悟った。
たしかに竜がいればエルフや魔族が襲って来ることはない。しかしそのような惨むごいことできるわけがない。一人の犠牲で村の皆が助かるなど……。
「年寄りからではダメですか?私の命を捧げますので――」
「いかん。若い女の肉が柔らかく一番美味いのだ」
「……分かりました……お願いします」
老父は竜の提案を受け入れた。一人の犠牲で皆が助かると自分に言い聞かせた。
「ワシの名はティアマト。よろしくな人間」




