日聖珠子の異常
ローグラ侯爵とブルンドル辺境伯は中村雄介と新村順也の部屋の訪問を終えた後、国特産の果物を持って京極麻穂子の部屋へとやって来ていた。
コンコン―。
「はい」
返事がし、直ぐに扉が開く。
「これはこれは、ドレスお気に召して頂けましたかな?」
「はい、ありがとうございます」
皆一様に手荷物も無くこの世界に召喚されていた為、着替えなど無い。そのため王国側が用意したドレスや下着類を使うしかなかったのだ。それでも何日も同じものを着用するわけにもいかないので、皆助かっていたのは事実だった。
「何か不自由等ど御座いませんかな? 必要な物があれば直ぐに用意させますぞ」
「ありがとうございます。でも、食事もお風呂も、着替えも大丈夫ですし、今のところそれ程困った事は有りません」
その言葉にローグラ侯爵はハッハッハと笑いにこやかな表情をした。
「そうですか。それは良かった。また何か御座いましたら何時でも」
ローグラ侯爵が話し終わる前に麻穂子が言葉を発する。
「あ、あの、あっ、すみません」
その事にローグラ侯爵はにこやかに返答する。
「いえいえ、何ですかな?何なりと」
「私は魔法が使えるそうですが、どの様にしたら使える様になるのでしょうか? 何度か試してみようと試みたのですが駄目みたいで…」
その言葉にローグラ侯爵とブルンドル辺境伯は驚いた。初めての事だったからだ。
2人は異世界から来た召喚者達全員にほぼ同じ質問をされるだろうと予測していた。それなのに違った反応が返ってきたのだ。2人は顔を見合わせて、再び麻穂子の顔を見る。
「…、それは…魔法を使ってみたいということでしょうか? それとも、何かの為に魔法が必要ということでしょうか?」
「あ、あの、魔法で何が出来るかわからないんですが、せっかく使えるなら、使ってみたいなって思って…。元の世界には魔法なんて在りませんでした。あ、いえ、本の中のお話とかには有りますけど、現実に魔法を使える訳では無かったんです。でも、この世界では現実に魔法を使えるんですよね?」
この発言に2人は再び顔を見合う。
そして今度はブルンドル辺境伯がボソボソと呟き、掌に小さな火の玉を作って見せた。
その光景に麻穂子は顔を輝かせて喜んだ。
「あの、今のどうやったんですか? 私にも出来るようになりますか?」
「ええ。京極様は全属性の適性がありましたので、訓練次第で、更に多くの上級魔法も扱えるようになると思いますよ」
ローグラ侯爵のその言葉に、麻穂子は更に笑顔になる。その光景を見てローグラ侯爵は麻穂子にある提案をした。
「京極様、宜しければ魔法学の教師を付けましょうか?」
ローグラ侯爵のその言葉に麻穂子は言葉を逸する。ローグラ侯爵の目を見つめ、期待と不安の入り混じった眼差しを向ける。
「…、あの、宜しいのですか? そのようなことをしていただいても、私達が貴方がたに何かを返せる保障は在りません。何が出来るのかさえ分からずに、こうして日々ご迷惑を掛けているだけなんです。それなのに…」
「ハッハッハ〜、京極様は謙虚でいらっしゃる。そしてお優しい。そのようなことはお気になさらずに。それを言えば、我々の方が貴方がたをこの世界に無理やり呼び出したのですからな」
ローグラ侯爵は笑顔で麻穂子に答えた。
「ブルンドル辺境伯、今後のご予定如何かな?」
その言葉にブルンドル辺境伯は何かを察する。
「領地へはオフシーズンに戻りますが、今暫くは王都に」
「では、京極様の教師役お頼みしますぞ」
「かしこまりました」
2人のやり取りを聞いていた麻穂子は驚く。そして2人を交互に見やる。
「京極様、明日からこちらのブルンドル辺境伯が魔法を貴方様にお教え下さいます。ブルンドル殿は我が国でも有数な魔法学の権威でもある方。京極様の教師にもってこいだと思われます。如何でしょうか?」
「はい。嬉しいです。ありがとうございます。宜しくお願いします」
笑顔で2人に答えた麻穂子。それを見たローグラ侯爵とブルンドル辺境伯は、それでは今日の所はと部屋を後にした。
そして又しても2人は廊下でコソコソと―。
「ブルンドル辺境伯」
ローグラ侯爵の呼びかけで全てを理解する辺境伯。
「はっ、あの京極という娘は魔法使いというだけ有って魔力量か桁外れですね。直ぐにでも師団長になれる程の魔力量です。しかし、他は他の召喚者達とそれ程差は在りません。しかし、あの器量です。殿下に推薦するには十分かと。聖女にはあの者を仕立てるよう魔法を学ばせます」
「うむ、宜しくお願いしますぞ、ブルンドル辺境伯」
悪巧みの一端を話し合えると、今度は1番の元凶の下へと歩き出す。
麻穂子の下へと出向いた時とは違い、何も持たずに。
コンコン―。
返事が無い。再びノックする。
「はい」
漸く返事があった。
2人はため息を付き、扉が開くのを待つ。
漸く扉が開き、中から部屋の客人が出てくる。
「おるなら早く出ぬか」
2人は客人の顔を見て忌々しそうにし、ローグラ侯爵がその女を叱責する。
「自由にしていいと言われていましたし、勝手にこんな所に呼び出したのはあなた達の方ですよね? 何で私が怒られなければならないのでしょうか?」
その言葉にローグラ侯爵はため息を付く。
「ふぅ~…」
首を左右に振り言葉を続ける。
「もう良い。数日の内に今後の事を案内させる。侍女に従え。以上だ」
そう言うとローグラ侯爵は扉から手を離し、とっとと退散した。ブルンドル辺境伯もそれに続く。
暫く歩き、ブルンドル辺境伯の様子がおかしい事に気付いたローグラ侯爵はブルンドル辺境伯の顔を見る。
「辺境伯殿、大丈夫ですかな? あの様な恐ろしいモノを見た後です。気持ちは理解出来ますが、貴方にはやっていただかなければならない事が沢山のあります。気をしっかりと」
ローグラ侯爵の言葉にも反応しない辺境伯に、侯爵は辺境伯の肩を両手で揺すって確かめる。
すると、漸く辺境伯は侯爵の顔を青ざめた表情で見て言葉を発する。
「ローグラ侯爵様、あの者おかしいです。あの…」
何に恐怖しているのか分からないローグラ侯爵はブルンドル辺境伯を再び揺すり、何なのだと問い詰める。
「あの日聖珠子という女の魔力量が異常過ぎるんです!」
「は〜?」
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