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時は遡り、七月二十六日。

 終業式も終わって残るは通信簿と宿題を先生から受け取るだけ。

 恐らく個人情報への配慮なのだろうが、生徒一人一人を職員室に呼んで、渡すためべらぼうに時間がかかるのだ。

 通信簿も宿題も出来ることならば受け取りたくないが、だからと言って受け取らずに帰るわけにもいかない。

 結果として今は自分の名前が呼ばれるまであと何人だろうと指折り数えては周りを見る時間が続いている。

 周りを見れば、長い夏休みに胸を高鳴らせて夏休みの間に何をするかと言う話題で沸き立っていた。


 とりわけ中心にいるのは彼女、松伏茜だろう。

 理由は恋情や興味など様々であるが、皆一様に誰も彼もが多かれ少なかれ彼女の予定に関心を抱いている。

 なぜなら彼女は俺の知っている人間の中で絶世の美少女という言葉がもっとも似合う人間であり、その容姿は自前の美しいブロンドの髪と透き通った碧眼によって浮世離れしている。コロコロと変わる表情は愛らしく、それでいて実家が裕福なことが要因か上品な雰囲気を漂わせていた。


「それで茜の夏休み予定は?」


 そう彼女の周りにいる友人がそう彼女に尋ねる声が聞こえる。

 取り巻きと呼称しなかったのは彼女自身の魅力によって築いた友達をそのような悪意を込めた呼び方で呼ぶことに罪悪感を覚えたためだ。

 対して関わりもなければ、クラスでも浮いている俺にすらそう言う風に思わせるのだから彼女の人徳は素晴らしいのだろう。いや、俺が単純にちょろいだけなのかもしれないけれど。


 それで彼女はどのような夏を送るのだろう。

 盗み聞きなど趣味が悪いことこの上ないが、一つの教室にいるのだ。耳に入ってくるものはしょうがないだろう。

 彼女の方に意識を傾け、続きの言葉を待つ。


「えぇ、どうかな。」 


 そんな答えを先伸ばすような言葉に焦ったさを覚え、チラリと彼女の様子を伺うと彼女の美しい瞳と目が合う。

 ポケモントレーナーだったならば目があった瞬間にバトルだったのだが、あいにく中学二年生の目立たない男子。慌てて目を逸らして、別に見てないですよと言うふうにアピールをする。

 それでも妙に視線と居辛さを感じた俺は慌てて席を立つ。そろそろ俺が呼ばれる番だ。もらうべきものを貰ったらさっさと帰ってしまおう。

 俺は荷物を持って教室を後にした。


 俺の学校は割とクラシカルな学校の形をしている。

 三階建ての本校舎の一階には職員室と一年の教室があり、二階には二年生の教室、三階には三年生の教室がある。テッペンには大きな時計があり、本校舎の前にある校庭のどの位置からでも見えるようになっている。

 歳を経ていくごとに登る階段が増えていくシステムは、年功序列に真っ向から反しているようで個人的には嫌いじゃないと一年生の頃は思っていたのだがそんなことはどうでもよく、重要なのは二年生の教室が二階にあり、職員室と昇降口が一階にあると言うことだ。


 つまり、そのまま帰りの会をブッチして帰るのならば職員室に行った後教室に戻るという行為は、無駄に階段を上り降りすることになり、非常に面倒くさいのだ。

 帰りの会の点呼の時にいないことがバレれば、もちろん叱責を受けるだろうがそれを受けるのは九月一日の俺であり、夏休みを眼前控えた今の俺ではないのだ。

 そんなことを企みながら廊下を歩いていると、後ろから扉が開く音が聞こえる。


「よかった、まだいたね。怜太くん。」 


 果たしてクラスに俺のフルネームを知っていて、尚且つ親しげに下の名前で呼んでくれる人が何人いるのだろうか。いや考えるまでもなくそんな少女は一人しかいないだろう。

 クラスの端の端にいる下手をすれば恥にまでなっているボッチに対して優しく親しげに話してくれる完璧な美少女であり、つまりは先ほど目があったものの気まずくて目を逸らした松伏茜その人である。


 何のようだろうか。

 彼女が俺に話しかける理由などそう多くあるわけでもあるまい。目下思いつくのは、先ほど目があったこと。

 彼女からしたら得体の知れない気持ちの悪い奴がジロジロ見ていたわけだ。

 それに加えて実際は盗み聞きをしていたのだから始末が悪い。


 もし彼女から、「さっき見てましたよね。ちょっと気持ち悪いんで私の半径五万マイルに近寄らないでくれませんか?」なんて言われたら俺の心は根本から折れてしまう。

 性格の良い彼女が真正面からそんなことを言うとは考えづらいが、それでもその言葉の火力を考えれば覚悟をしているべきだろう。


 もしくは、今しがた企んでいた早退を看破され、正しく清廉である彼女がそれについて釘を刺しにきたなんていうのもあるかも知れない。


 最善はやはり業務連絡だろうか。

 俺が教室になにか忘れ物をしていたりだとか、クラス委員である彼女が腐ってもクラスの一員たる俺に聞かなければならないことがあったりだとか。

 事態に対して急速に対応していく脳内CPUは想定しうる未来と対処方法、もしくは覚悟を次々と生み出していく。


「もう少しで先生が妙島くんを呼ぶそうですよ」


 想定していた中でも最も良いその言葉に俺は内心安堵しつつ、言葉を返す。


「ありがとう。でもどうしてそれを松伏が?」

「瀬名さんが戻ってきたので次は怜太君だなと思っていたところ急に鞄を持って教室から出ていくのでどうしたのかなと。」


 なるほど、彼女の考えの中には俺の画策していた早退方法などは毛ほど浮かばなかったらしい。驚くべき善性である。

 瀬名さんと言うのは恐らく出席番号が俺の一個上の彼女の友達のことだろう。


「まぁ、単純に宿題とかを入れるにはほら、カバンがあった方が便利だからな。」


 俺は彼女の善性を汚さぬように誤魔化しつつ、そう話す。


「そうですか。」

「・・・。」

「・・・。」


 気まずい。

 会話が終わったにも関わらず彼女が教室に戻る様子が見られない。何か会話をミスったのだろうか。もしくは俺の企みに勘づかれてしまったか。

 ご機嫌を伺うように彼女をみるが、明後日の方向を見ながらくるくると髪を手でいじる様からは何も読み取れない。 

 しかしまぁ、改めて対面してみると彼女の異質さを痛感する。気まずさを埋めるようにしているその仕草は別段なんの意識もしていないのだろうが、それでもそれは驚くほどに絵になっていた。


「あのっ、夏休みに暇な時ってありますか?」


 沈黙を破ったのは彼女だった。

 彼女としても気まずさは感じていたのだろう。クラスでも鉄板だった話題を引っ張り出してきたようだ。


「いや、予定は特にないな。ほら俺友達いないし。」

「それなら、一緒に海に行きませんか?」

「エッ。」

「私、海辺に別荘があってすごく、綺麗なところなんですよ。」

「あ、いやうん。」


 これはもしかしなくともデートの誘いって奴なんだろうか。

 俺と彼女にはさしたる接点があったわけではないし、彼女に好かれることをした覚えなどないが、この状況はそうとしか思えない。

 この誘いに飛びつきたい気持ちを堪えて、平静を取り戻そうとする。うまい話には罠があるというが、彼女に限って嘘告白のようなことをすることはないだろう。いやしかし、引く手数多の彼女が俺に引かれる理由など毛ほども思いつかない。

 ぐるぐると否定と期待が俺の頭の中で渦巻いていると、松伏の顔が突然カァと赤らむ。


「えっと・・・あの、みんな。そう!みんなでそこに行って遊ぼうって話をしてまして。」


 あーこれあれだ。〇〇君だけ仲間外れなんて可哀想だよ、ってやつだ。

 とんでもない思い上がりをしかけてしまった。


 俺は、人生最悪な事態を想定して動くほうがいいと日頃から思っている。最悪になった時の覚悟をして、最悪にならなければその幸福を噛み締められるのだから。しかし目の前に人参をぶら下げられてもなお、その信念を貫くことは難しい。

 完全無欠な彼女が俺を選ぶ理由なのないというのに。


 今すぐに家に帰ってベットで布団をかぶりながらバタフライでも泳ぎたい気分だが、この場から即刻退却するのは恥の上塗りに他ならない。

 よって俺がやるのは消化試合。この身に刻まれた恥ずかしい傷をこれ以上深くしないことだ。


 まず彼女からの誘いだが、まぁ断るべきだろう。

 彼女がどう思っていようと彼女の友人からすればよく知らないクラスメートがいきなり夏休みの旅行に参加してくるようなものだ。そんな空気の中に一人でいる事を考えるだけで胃がずんと重くなる。

 とはいえ彼女のせっかくの優しさを強気に突っぱねることはいくら社会性のない俺でも心が痛む。

 ここは伝家の宝刀たる行けたらいく、で答えを先延ばしにしてしまおう。


「そうか、じゃあ行けたら、」

「行けるんですか!よかった。」


 彼女は本当に嬉しそうにそう言う。


「あ、いや行けたら行くっていうか・・・。」

「でも、夏休みに御予定はないんですよね?」


 俺の言葉を聞いた彼女は、不思議そうに俺の瞳を覗き、そう返す。


「いやまぁそうだけど、外せない予定が入るかもだし。」 

「外せない用事ですか?でも友達もいらっしゃらないんですよね。」

「えぇ、友達はいないっすね。」


 悪意なく友達がいないという事実を突きつけられるのは心にくるなぁ。


「ならきっと大丈夫ですよ。八月の初めの方を予定してるので後で連絡しますね!」


 彼女はそう言って手早く連絡先を交換して去っていった。

 もらった連絡先を眺めて、俺は感傷に耽る。


 台風一過。そこにはなんだかんだクラスの中心人物に遊びに誘われ、大喜びしている男が一匹いるばかりであった。


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