ダーター王国:ガードネリィとジャルルのお話
ダーター王国とその隣国エルフェドラ王国のお話。
「おい、どこへ行くんだ!」
ドアを叩きつけるように部屋を出たジャルルの後ろから、ダーター国の第一王女ガードネリィが叫ぶ。
「ジャルル!」
引き止める声に耳を貸さずに、ジャルルはどこかに行ってしまった。
「まったく、あいつは。ちょっとでも嫌なことがあると、いつもああやってどっか行っちまうなぁ」
シミリスは少し呆れたように笑う。
「シミリス。今回はお前の方が言い過ぎだ。揶揄うのは良いが、限度は超えるな」
弟王子にガードネリィは向き合う。
「確かに揶揄い甲斐がある奴ではあるが、隣国の王子だという事を忘れるな。下手して両国の関係が悪くなったらどうするんだ」
ずんずんと詰め寄ってくる姉に、シミリスは少し怯んだ。
「ただでさえ我が国はこの大陸では若輩者だ。貿易で栄えているとはいえ、いつどこから足元を掬われるとも限らん。国内でさえ百年経った今でも不安定で、国民による転覆が起きたっておかしく無い。どんな良い国になっても、この土地は数百年ごとに国が変わるんだ。そういう気性の奴らばかりだからな。だからこそ、最も古く伝統あるエルフェドラとの結びつきが大事なんだ。お前もそれくらいわかっているだろう」
そう。今回、次期王である第4王子ジャルルは両国の友好外交のために隣国のエルフェドラ王国からダーター国にやってきている。数ヶ月に一度程度の恒例。お互いの国に使者を出し、結びつきを強める為の大事な行事だ。
ダーターに来るのはいつもジャルルで、エルフェドラに行くのはいつもガードネリィ。自然、シミリスもジャルルと接する機会も多い。時々遊ぶ事もあった。
それはもう20年近く前からの恒例なので、時々どちらも距離感を間違える。幼い頃から知っている仲であるが、これは外交だ。個人の行動と錯覚すれば、とたん決裂するかもしれない関係でもある。
「はいはい、参りました。今回は俺が言い過ぎた。ジャルルの頭が冷えた頃にでも謝りに行く」
「では、私が先にあいつを迎えに行ってやろう。きっと大泣きしてうずくまっているはずだ。……シミリス、一言言っておく」
「なんだ?」
カツカツと進み、部屋の扉に手を掛けたところでガードネリィが止まる。
「ジャルルを揶揄い過ぎるなよ。思いっきり揶揄って良いのは婚約者である私だけだ」
振り向いた真剣な目が、シミリスを鋭く捉えて、広い廊下へ去って行く。
突然の事に呆気に取られていたシミリスであったが、我に返った時に笑みがこぼれてしまう。
「まったく、姉上は」
幼い頃からの政略結婚なのに。そのせいで王位継承権も無くなったのに。いつもそんな気持ちお首にも出さずに揶揄っているのに。おそらく相手は気づいていないだろうに。
(本当にジャルルが好きなんだな)
普段強気な姉のぽろっと零れた心に、シミリスは二人のこの先の幸せを思って笑った。