第八話【二度目の茶会】
一ヶ月経ったある日、ハイドシュバルツ公爵家主催の小さなお茶会に参加していた。
「これより第二回。推し事会議を始めます。」とサノアルが冷静に世間一般では恥ずかしいとされ隠されてきた言葉を堂々と言っていた。その場にいる誰もがそれを堂々と冷静に聞いていた。
「では、ドーリッシュ。進展はどうですか?」
「はい、私は日々素晴らしく大きな図書館で毎日本を読んで過ごしておりますわ。そしてなんと、前世と今世、一度読んだら一言一句間違わずに絶対に暗記できるというチートスキルまで持っている事が分かりましたの。私とした事が前世の物語を書き写すのに必死で推し事を忘れておりました。」
「では、聖女様はどうですか?経ったの数日でとんでもない二つ名がついておりますけど。」
このサノアルが言ってる、とんでもない二つ名とは【血濡れの聖女】というあだ名の事だ。聖女は教会で祈りを捧げるものだと誰もが思っている中、自らエンバート・ギルクライムと共に魔物が巣くう地へ足を運び大きな斧を小さな体でブンブン振り回し殺戮の限りを尽くす。引きこもって錬金術の勉強や子供達の世話をしている私の耳にまで届くほどの噂だった。
「暇。ずっと狩りできれば良いのに。魔物をほとんど狩りつくしちゃってやる事がないといいますか、エンバートさんとは狩り友で恋仲には今のところなれそうにないです。ゲームもスマホも配信も見れないし最悪です。誰か開発してくださいよ~。」と口を尖らせてただをこねるような仕草をする元JKの聖女様。聖女とは程遠い子が聖女になってしまっているような気がする。
「コホンッ、ギャラクレアはどうですか?」
「私は、何故か神託後すぐにジグルドに溺愛されてしまい、一ヶ月前は監禁状態の身でした。ジグルドが私から手紙をひったくってクラリアス公爵邸へ行って帰ってきてから急に研究室に籠って、私も一時帰宅を許されて今に至ります。一体何があったのですか?エルヒリア様。」
ギャラクレアの顔は不安そうでも嫉妬しているような顔でも素振りでもない。ただ何かに脅えているようだった。よほどジグルドの監禁が辛かったのだろうか。いくら好きな相手でも行動を制限されるのは厳しいものなのだろうか。私だったら、確かに耐えられない。こんなにもやってみたい事が沢山あるのに、それを全て一人の男性の為だけに時間を使うだなんて勿体ない。
「ジグルド様は突然目の前に現れたかと思えば、手紙を渡されて、突然現れたジェイド王子を見るなり、先祖帰りしていると言って急いで帰っていきました。」
「先祖帰りですって!?」と驚き口元に手を添えるギャラクレア。
「まさか、先着100名限りの購入特典についてくる小説の事ですか!?」とドーリッシュが口を開いた。
「えぇ、きっとそうですわ。私は噂でしか聞いた事がないの。ドーリッシュは内容を知っていまして?」とギャラクレア。
「もちろんです。徹夜で並んで勝ち取りました。それに一度読んだ本は全て記憶しています。ジグルド様は長い時を生きていて、過去に一度だけ愛した女性がいました。それがこの国の最初の王。スイートローズ・エルナザール女王。この国を建ててからは最初の王は名を変えてネフリティス・スイートローズになったそうです。これは転生してから知った事です。小説にはネフリティス・スイートローズとしか書かれていないので、ジグルド様と添い遂げる事はなかったですが、ジグルド様は愛した女性が愛したスイートローズという国を愛し守ろうと誓う物語です。ネフリティス様もジグルド様が末永く国を守ってくれる事を願い、名を変えて、国の名をスイートローズと名付けたのでしょう。」
「奥が深いわね。なら、ジェイド王子がネフリティス様の生まれ変わりという事かしら?」とギャラクレアは人差し指を頬に当てて少し上を見る。
「恐らく、間違えありませんわ。どちらも日本名は宝石の翡翠ですから。」と冷静な口調でサノアルが言った。
「このままBL展開して捨ててくれないかしら。」とギャラクレアが呟いた。やはり、よほど監禁生活が堪えたのだろうか。
「ところでエルヒリア様はどうですか?」とサノアルに聞かれた。他のドーリッシュ・ギャラクレアとは頻繁に連絡を取り合っていたのか呼び捨てだが、私と聖女様だけ様がついている。
「良ければリアとお呼び下さい。クラリアス家は長く続き過ぎている家で必ず名前にエルを入れて次に10代ごとにアからンまでの一文字を名前に入れます。ですからリアが本来の名前だそうです。私は順調に飲食店を展開する準備が進んでいます。驚く事にジェイドが陰ながら支援してくれていまして、思っていたよりも早くお店を出せそうです。ジェイド王子は幼過ぎて恋愛対象には見れませんが、思っていたよりも今はそれなりに上手くいってるかもしれないです。」
「で?サノアル様はどうなのですか?」と退屈そうにして、お菓子を頬張っていた聖女様が聞く。
「実は先日、プレジェデス王子に、あくまで提案として貴族制度を撤廃してみてはどうかと言ってみましたら、君は異世界から来たのかな?と言われてしまいました。」と少し顔色が悪そうに話すサノアル。
「え!?バレたって事?その後どうしたのですか?」と聖女様は興味津々でサノアルの話を聞く。
「私は恐くなってしまって、用事を思い出したと言って逃げてしまいました。それから会っていませんし連絡もとっていません。」
「うわ、気まずー!せっかく神託あげたのに、まさか一番うまくいってるのがエルヒリア様だなんて。まぁ、将来はBADEND不可避なんだろうけど。」と聖女様。
「申し訳ございません。」
「まぁ、おねーさん頑張ろ。いつでも神託だしてあげるから。」と元女子高生の聖女様にポンポンと肩を叩かれる元政治家アラサーのサノアル。
お茶会がお開きになって帰ろうとした時、袖を掴まれて立ち止まって振り返ってみるとギャラクレアだった。
「どうされましたか?」
「あの、その、家に泊めてくれないかしら。」と言ってギャラクレアは顔と視線を逸らす。何か言いにくい理由があるのは確かだろう。裏の屋敷の部屋は沢山余ってるし、使用人もジェイド様のおかげで足りてるし泊めても問題はないだろう。
それに、ギャラクレアは前世服飾デザイナーだったと聞いているので、子供達の制服とか、店の制服とかを作るのを手伝ってもらう事もできるはず。
「喜んで!!」と言ってギャラクレアの手を包み込むように握りしめた。
サノアル邸の門前へ移動すれば、意外な事にプレジャデス王子が笑顔で立っていた。王子だけではない、王子の隣にはヴァレン宰相。そしてその後ろにはエンバート・ギルクライムが立っていた。
実物を目の前にすると目が壊れてしまうくらいに尊くて尊死してしまいそうだった。欧米風の顔立ちの王子はイケメン過ぎて恐いくらいだ。笑顔だけど、目が笑ってなくない?
聖女とサノアル以外の3人が一応王子殿下の前と言う事でカーテシーをして挨拶する。
チラリとサノアルの様子を見れば体をブルブルと震わせて真っ青になっていた。ドーリッシュが慌ててサノアルの背中や肩を擦る。
「やぁ、4公爵家に聖女様まで。とても不思議なお茶会だね。主催はサノアルか。」とプレジャデス王子。
ゲームの中では優しすぎるくらいの王子が、ドス黒い何かを感じずにはいられない腹の黒さを直感的に感じてしまう印象を受けた。どうなってるの?
闇落ち中