第三十話【神だった人。】
◇◇◇聖女ミカ視点◇◇◇
第二聖女が祈りを捧げる最中、第一聖女である自分も祈りを捧げており、神の領域に二人の聖女が同時に現れている状態となった。
私は神の姿を見た。その神は空っぽだった。器だけが残ったものだと認識していて、その神の隣には緑色の髪色のどこかの王の風格を感じる謎の男性が立っていた。
「いらっしゃい。どうかしたかな?」と言って神ではなく、緑の髪の男が笑みを浮かべる。
「神様、私は聖女でございます。どうかローズ・ロクサリナとエンバート・ギルクライムが末永く添い遂げられるように御助力頂けませんか?」
なんとも身勝手極まりない願いをする第二聖女。
「いいよ?」
「待って、聖女は私。勝手に願を叶えないで。」
緑髪の男を睨みつけた。神でもない奴が勝手に神の力を使った事に何故か驚けず、ただ怒りがこみあげていた。
「だって、叶えた方が面白そうじゃないですか。違いますか?」
ニコリと笑う緑髪の男。その男がパンッと拍手をすればその場に光が差し込んで意識が飛びそうになる。
男は私の目を見て「そう睨まないで下さい。自分の力はまやかし程度ですよ。」と言って微笑む。
意識が現実に戻された。私は男の言っていた言葉が妙に気になってそれを考えようとしていて、現状を把握する事を忘れていた。
「まぁ!!手の甲に神の印が浮き出てきましたわ!!」
ローズ・ロクサリナは右手の甲を見て驚いていた。
「えぇ、しかしその印は聖女である私と貴女にしか見えません。さぁ、エンバート様、愛しい人と一緒になりなさい。」
聖女は私の後ろに立っていたエンバートを見た。
エンバートが私を避けて前へ出ようとした時に、やっと意識が今に向いた。
「エンバート…。」
前に出たエンバートは「馬鹿気た茶番だ。」と言って右手の甲を見せるように高く挙げた。
「なっ!?どういう事!?」
信じられないという顔をして驚く聖女。同じく私も驚いていた。
エンバートはくるりと私の方へ向き直り、ひょいと持ち上げるなり担いで大衆の中をかき分けて外へ出ようとする。
「どこへ行くつもりよ!!待ちなさい!!エンバート!!!エンバート・ギルクライム!!」
聖女が少し声を荒げる。
普段無表情なエンバートは「さぁな。」と言って不敵な笑みを浮かべた。
大衆を抜けるとギルクライム家の騎士団が待機していて、エンバート専用の白馬が用意されていた。
エンバートは私を馬に乗せてから軽々と馬に乗った。
「世話になったな。」
「ご武運を!!」
騎士団一同が礼をした。すぐにエンバートは馬を走らせた。
「待って、どこに行くつもり?天命は?」
「そんなものは無い。俺は…お前が前に言っていた通りエンバート・ギルクライムではないのだろう?」
「言ったっけ、そんな事。」
「あぁ、言っていた。俺も信じられなかった。だが、信じられる出来事がついさっきおきた。お前は間違いなく聖女だ。俺はずっとお前の側にいたのだからな。疑いようのない事実だ。それとロクサリナ嬢の手の甲には天命の印が浮かんでいた。あの聖女は、聖女と天命を刻まれた本人にしか見えない印だと言った。俺に見えるのは何故だ?答えは1つしかなかった。」
「なら、1つしかないね。それはエンバートが神様だからだね。」
「あぁ、その通りだ。俺は今から神の友とやらがいる神の国へ向かう。」
「どこで知ったの?その情報。」
「スイートローズ国の祖先は皆、神の国で生まれたと記載された古書が王国の禁書の棚にあった。恐らく神の国は実在するのだろうな。行ってみるしかない。」
「うん。禁書って勝手に閲覧できるものなの?」
「ダメだろうな。お優しい第二王子様が俺に渡してくれたんだ。」
「なるほど。」
あっという間に国外へ出る門へついた。そこには門を守る兵士が氷漬けにされていて簡単に通過する事ができた。こんな事ができるのはきっとジグルドだ。
「ねぇ、エンバート。私達って別の世界で何かあったのかな?」
問いかけてもエンバートは答えない。友達との気軽なチャットのやり取りみたいにすぐに返事が返ってこないのは、私の問いかけを真面目に考えてくれているからだ。
ゲームの中のエンバートは硬派で不器用で真面目な男性でその後のストーリーではとんでもない激甘デレデレ溺愛男になるけれど、今こうして私と一緒にいる男はエンバートの皮を被った正体不明な根が真面目なだけの神なわけで。これと将来夫婦になるって、どういう事なんだろう?未来の自分は頭でも打ったのだろうか。多分打ったのかも。
そういえば、エンバートの皮を被ってるだけなら魔法とか神の力とか使いたい放題なのでは?
でも、さっき変な質問投げたばかりで、恐らくまだ考えているだろうから次の質問をするわけにはいかない。次に口を開くのが明日や明後日になってしまいかねない。
そう、実は、このレスポンスの遅さを前に指摘した事があった。
本人から聞いた長ったらしい話を簡単にまとめると物事を沢山知りすぎて全ての可能性を考えてから答える為に遅くなるが答えだった。
しばらく馬に揺られながらぼーっと空を見つめているとやっとエンバートが口を開いた。
「別の世界というやつは想像した分だけ存在していると考えるべきだ。もちろん夫婦になっている世界も存在している。この世界を含めてな。」
「ふーん。この世界では私と夫婦になるつもりなんだ?」
どうせこの返答も全ての可能性を考えてから答えるに違いない。そう諦めていた。
「あぁ。必ず。」
すぐに返答が返ってきて驚いた。どういう風の吹き回しなのだろうか。思わず目をパチクリさせてしまった。
「どうして?」
「簡単な質問だな。好きだからだ。」
更に目が点になってしまった。簡単?好き?私の事が?確かにしばらく一緒にモンスターを倒して、癒したりとかしたけれど、毎日返り血だらけの私のどこを好きになったというのだろうか。
「はい?どこを好きになったの?」
「お前は自分の事があまり好きではなさそうだがな。俺はお前の魂そのものに惹かれている気がする。」
「へ!?気がする?エンバートがそんな事いうとは思わなかった。気がするって正気で言ってるの?」
衝撃的すぎた。エンバートは絶対にあやふやな回答はしない。それが今次から次へと曖昧な言葉を発するから今すぐ雷でも落ちて死ぬのではないだろうかと思ってしまうほどだった。
「お前はいつも質問ばかりだな。そういえば、俺が神だと言ったな?」
「ふぇ?言ってないと思うけど。」
「なら、さっき今すぐ雷でも落ちて死ぬのではないかと言ったな?」
「は?」
待てよ。待て待て待て待て待て。もしかして、心の声が駄々洩れなの?そういう事?
「それは俺に対しての問か?」
「うわぁ!!!」
驚きのあまり馬から落ちそうになってしまい、エンバートが馬を急停止した。
「危ないだろう。」
「まさか、ずっと私の心の声が聞こえてたの?」
「あぁ。」
「うそぉ…。じゃあ言ったかも。エンバートは神様だよ。なんとなく思っただけなんだけどね。」
「いや、お前は確信を持って言っていた。」
「じゃあもうそれで。」
「なら、俺はギルクライムじゃないというわけで、他の魔法を使えるという事になるか?」
確かにそうだ。だけど、エンバートからはとてつもない魔力量があるという事だけしか感じられない。他の属性どころか全てを失っているような感じがする。普通魔力がこれだけあれば魔法使いたい放題なのに勿体ない。
「そうか。俺は使えないのか。神なのに使えないな。」
再び馬を走らせるエンバートの背中はどこかションボリとしていて、少し面白くも可愛かった。
私が可愛いと思ったせいか耳が赤くなっていて自然と笑みがこぼれた。




