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第二十一話【賢者の石】

「えぇ!?と、突然ですね!!」

「はい、こう見えて私。とってもリアの事が気に入ってしまったんです。」

先生にそう言われて内心ドキリとしたし、嬉しいと思ってしまった。だけれど、この感情は恋愛感情に一番近いけれど遠い感情で…。


「先生、私も先生が大好きで、愛してます。結婚したいくらいです。でも、これは恋愛感情とは少し違います。昔、どこか遠い世界で私にラーメンの極意を教えて下さった師匠がいるのですが、その師匠に抱いていた気持ちと全く同じなんです。って、先生の冗談に本気であれこれ答えちゃいましたね!恥ずかし!」

私は火照った顔を抑えた。

そうだ。先生がこんな事本気で言うはずがない。ほら、いつものように優しく微笑んでくれてる。でも、今日の先生、少し悲しそう?何かあったのかな?

「そうですね。リアがあまりにも可愛い生徒なので、つい求婚してしまいましたがフラれてしまうとは。」

「でも、先生が同じ年頃だったら絶対に恋してましたね!」と言えばクルス先生がガバっと私を抱きしめてきた。

「先生?」

「少しだけ…少しだけで構いません。このままでいさせて下さい。」

先生は今日、何か様子がおかしい。きっと悲しい事があったんだ。私が先生に手を回してギュッと抱きしめ返した。とっても暖かい。先生の優しい香りがする。


「さて、最後の授業をしましょうか。」と言ってクルス先生はゆっくり私の体から離れた。

「最後…ですか?」

「はい、本日で最後になります。」

そっか。最後だから先生の様子がちょっと変だったのね。寂しくなるわね。


「先生、最後の授業なら別の日にしません?」

「いえ、時間がありませんから。今日でないといけません。」

「そうですか…。」

先生はもう一度私を抱きしめた。


「先生…。」

「こんなに可愛い貴女を置いて、どうして離れる事ができましょうか。心の底から愛しいと思ってしまった貴女を…。」

先生泣いてる?

「先生、私をここまで育てて下さってありがとうございます。なんだかあっという間でしたね。」

「そうですね…。」

「やっぱり別の日にしませんか?」

「いいえ。それは…それだけは許されないのです。」


「さて、授業を始めます。」

「このままですか?」

「このままです。」

私は先生に固く抱きしめられたままだった。


「最後の授業は賢者の石についてです。」

「賢者の…石?」

その言葉を聞いて、嫌な予感しかしなかった。先生がおかしくなった理由はここにあるのではないかと察してしまう。

「はい、よく聞いて下さい。賢者の石はヒトが不老不死を完成させたカタチです。自信の魔力を全身で大量に凝縮して体内の電気エネルギーを中に詰め込み個体になる事。それは存在する全ての錬金術を幾重にも重ねた術式を用いる。錬金術を学び極めし者にとっては死ぬ直前にそれを発動させる者が多いのです。大量の魔力を消費する為、魔力不足ですと失敗して死に至ってしまうからです。ですから死ぬ直前に試みる術士が多いのです。ですが、老体ではろくな魔力も練れません。失敗するに決まっています。」

「それって、成功しても死んでるの?生きてるの?」

「どうでしょう?賢者の石とは寄生虫のような存在です。考えや思いを持った石。使用者の生命力を吸収します。それは命を削るのではなく、食事を二人分とれば問題ありません。それを怠れば体がやせ細ってやがて死に至ります。賢者の石は生きていますから、生命力を得られなければ深く眠る事になります。そうですね、私は…ハーブティーが大好きです。沢山接種して頂けると嬉しいです。」

「待って下さい。どういう意味ですか?いっぱい色々な事を言われて何がなんだか…。」

「大丈夫です。忘れても何度でも私が教えます。これからはもっとリアの側で沢山の事を教え、助ける事ができるようになるのですから。」

「どういう意味ですか?」

「これからもずっと、いえ、一生貴女の側にいる事にしたのです。」

そう言った先生の声は震えていた。ギュッと抱きしめられているままだから、顔を見る事ができないけれど、体は小刻みに震えていた。とっても嫌な予感しかしなかった。

「だったら、どうして泣いてらっしゃるのですか?」

「嬉しいんです。リアとこの先共に過ごせる事が。」

「先生、私の前世の世界では賢者の石は人を溶かして作ったり、人の血液でつくったり、とにかく人間を犠牲にして作られていました。先生も犠牲になるって意味じゃないんですか?」

次第に不安になって涙が溢れてきた。なんだか今すぐにでも先生が消えてしまいそうになったからだ。

「今から私の生涯で最後の魔法をリア、貴女にかけます。」

「最後っ!?待って、先生!やめてっ!!」

ジタバタともがこうとするがビクともしなかった。

「この魔法は私がもともと精神世界の住人だったと認識する魔法です。どこぞの王子が私を利用しようとしていましたが、そうはさせません。最後の悪あがきです。欲しいなら、全力を尽くしてぶつかりなさい。人を利用するのではなく、自分自身の力で。」

周囲が光り出した。もうお別れの時間が迫っていると察してしまう。

「先生!!」

「リア、賢者の石は基本的には血の色をしています。指輪やネックレスにして所持するのが一般的です。ですが、リアのその美しい水色の髪に赤は似合いません。ですから淡い桃色なんてどうでしょうか?」

「やめて…先生。」

「第二シーズンとやらが始まってしまえば、きっと私はリアの足枷になってしまいます。」

「先生が生きてさえいてくれたらそれで良いの。足枷になんてならないよ。」

「私がリアを傷つけてしまうかもしれない。リア、私は…心から貴女を愛していました。私のお嫁さんになってほしいと本気で思っていたのですよ。」

「そんな、先生。なるっ、なるから!!」

「おっと、今のは忘れて下さい。忘れさせましょう。もう私の事で涙を流す事はありません。段々とゆっくり、この魔法は完成します。私は少し歪んでいまして、最後にリアが私の事を思って沢山泣く姿をみたい…なんて事を考えてしまいました。」

「やだ…やだよ先生。お別れなんて早すぎるよ。」

「好きです…愛してますよ。リア。」

「クルス…先生。」

「私は…きっと綺麗な髪飾りになります。これからは貴女と1つになるだけです。」

眩い光と共に先生が目の前から消えてしまった。地面に淡い桃色のモルガナイトのような宝石がはめ込まれた髪飾りが落ちていた。

「嘘…そんなっ、先生…?先生!!!いや、いやあああああああ!!!!!」

崩れ落ちてしまった。世界が崩れてしまったような気さえした。


沢山泣いた。沢山叫んだ。でも、段々と、どうして泣いていたか分からなくなった。漠然と悲しかった。雪がドレスに染み込んで寒かった。どうしてこんなところで泣いていたのだろうか。

いつの間にか涙は止まっていた。何が自分の身に起きたのかわからなかった。


「リア。」

そう呼ばれて振り返れば見たこともない金髪碧眼の男性が立っていた。格好から察するに王子様だろうか?なんとなくそんな気がした。

「もしかして、ジェイド王子ですか?」

「うん。久しぶりだね。」

「はい、どうしてここに?」

「どうしてだろうか。今、どうしてもリアの近くにいたかったんだ。」

ジェイド王子は優しく微笑んでから、地面に落ちていた髪飾りをそっと優しく拾い上げて、私の髪に飾ってくれた。

「あれ?私いつの間に賢者の石を落として…、せっかくジェイド様が贈って下さった石なのに。」

ジェイド王子は自分の上着を脱いで私に被せてくれた。

「リア。きっと冷えて手からこぼれ落ちたんだ。もう中へ入ろう。」

ジェイド王子は近くにいたギルバートに目配せをして、優しく部屋の中へとエスコートしてくれた。

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