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第十一話【一難去って、また一難。】

錬金術を学んだり、子供達に教えたりと忙しい日々を過ごしていると、ばったりお母様と出くわしてしまった。エルヒリアはワガママで傲慢で自己中な性格をしていてメイド達にもきつくあたっていたせいで、食事に毒を盛られた事がある。それ以降エルヒリアの食事は家族とはずらした時間で一人で食べる事になっていた。毒の混じった食事が誰かにわたってしまうかもしれないからだ。

エルヒリアはこれを良しとしていた。浪費するなと口うるさい兄と顔を合わせなくて良いし、好き嫌いするなとうるさい母の顔を見なくて良い、そして最後に虫を見るかのような冷ややかな目で此方を見る父の顔をみなくて済む。前世の記憶が戻るまで一切の交流を立っていた。しかし、前世の記憶が戻ってからは、家族と出会えば笑って挨拶するし、兄との仲も少しは改善しようと努力もした。何より脅えるメイド達にも優しく振る舞うように努めてきた。そんな日々の中、唯一、お母様とは遭遇した事が少なかった。ジェイドが贈ってくれた使用人を接待する時に見かけた程度だった。

「お母様、おはようございます。」

「え、えぇ。」

挨拶をしたので先へ行こうとすると、服の袖を掴まれて目を大きく見開いて立ち止まった。

「どうされましたの?」

「エルヒリア。貴女、ドレスはどうしたの?」

「はい?何かお気に召しませんか?」

ドレスが変なのかと思い自分の着ているドレスをあちこち見るが、破けているところだとかコルセットをつけ忘れているだとか、そういう事は一切なかった。なら、ドレスはどうしたとはどういう事だろうか。大量に自分のドレスを売ったのは結構前の話だ。それを今更どうこう言わないだろうし。


「ここ最近、同じドレスばかり着ている気がするわ。」

いつから見られていたのだろうか。というか、まだエルヒリアに関心があったのか。少し驚いた。

「お気に入りですの。」

「ここ数か月、ドレスの購入をしていないみたいね。」

「数か月…。あっ、私とした事が忘れていましたわ。」


お母様が家のお金を管理していた事をすっかり忘れてしまっていた。そりゃ、毎月毎月大量のドレスを注文していた娘がピタリとそれをやめれば気になるに違いない。今ばったりと出会ったのも偶然ではなく、私に会いに行こうとしていたのかもしれない。


「忘れてたですって?貴女本当にリアなの?」


とうとう、娘かどうか疑われてしまった。確かに、私はエルヒリアの記憶を持った別人だ。エルヒリアとしての記憶はしっかりとあるけれど、私はデブで冴えない独身女だという意識が強い。

これは最近クレアと会話していて分かった事なのだけれど、クレアは私と違いギャラクレアの意識が強いそうだ。前世の記憶は映画館を見たような感覚らしい。知識だけはしっかり追加された感じだとも言っていた。人によって個人差があるようだ。聖女様なんて見るからに前世の意識が強そうだし。


「お母様、間違えなくリアでございます。神託が降りたあの日からリアはジェイド様に相応しい女性になろうと、変わらねばと努力しております。王族に加われば、全てが民からの税で暮らす事になります。民からの税を湯水のように無駄使いすれば国は滅んでしまいます。甘えてばかりではダメだと思いました。」

「リア、そうだったの。そうよね。もうすぐお嫁に行っちゃうのよね。」


寂しそうな顔をする母の顔に少し胸がジーンとしてしまった。「良いなぁ」と思ってしまった。私の母も愛情を注いでくれたけれど、早くに死んでしまって苦労が絶えなくて、よその家族を見ると毎回「良いなぁ」と思ってしまうのだ。エルヒリアは少なくとも家族に愛され過ぎていた。だから傲慢で我儘になってしまった。なんてもったいない生き方をしていたのだろうとも思えた。


「はい。できる事から一歩ずつ、変えていこうと思っております。」

「そう、でも無理はしないでね。貴女は何歳になっても私の可愛い娘よ。リア。」

「ありがとうございます。」


お母様との会話はそこで終わった。

「恵まれているなぁ。」と呟いてしまった。今の環境に胡坐をかいている場合ではない。自分の手が届く範囲だけでも、どうにかしないと。まだまだ沢山の孤児たちが寒空の中耐えているのだから。


ラーメンをメインとした飲食店への道まで、実はあと少しだ。

優秀な使用人達のおかげでスープの材料の輸入ルートを確保する事ができたし、錬金術でスープを石に変える事もできるようになった。私は、もうほとんどの錬金術をマスターできていた。何故なら頭の中に科学という概念が入っているからだ。ここの世界には科学という概念が恐ろしく発達しておらず、科学を知らずに錬金術をすれば何を混ぜれば良いか材料がわからず苦戦してしまうに違いない。何と何を混ぜるとどうなるか等、数億通り覚えなければいけない事になる。実際科学を知っているからと言って覚えなくて良い事にはならない。今必死に数億通りを覚えてる最中だ。

だけど、今問題なのは建築だ!!!

店の建築にかなり苦戦している。そもそも建築ってどうやればいいの?業者を呼んで普通に建てたのではダメだ。それなりの構造が必要だ。錬金術で建てるにしても、構造が分からなくて建てられない。正直、これに手詰まりだ。


「お嬢様、お客様です!」と慌ててミアが知らせに来てくれた。

「誰?」

「そっ、それがハイドシュバルツ公爵の御令嬢様かと。」

「サノアル!?分かったわ。直ぐに行くわ!!」


急いで玄関についてみると、サノアルは私の顔を見るなり泣き出して抱きついてきた。

「護衛もつけずにどうしたの?それにドレスだってボロボロじゃない。」

良く見れば髪にもドロがついていて、手はあかぎれていた。玄関を見て血の気が引いた。サノアルの足もボロボロで血の跡がついていた。靴はどうしたの?と思い恐る恐る足を見れば裸足だった。

どこからどうやってここまで歩いてきたのだろうか。クラリアス領は万年雪が降り積もる厳しい地域だというのに。

「リア…。もうここしか逃げ場がないの。」

「どういう事?家は?」

「今、きっとプレジャデス王子が家に家宅捜査を入れてるわ。私、あのお茶会の後、王都に連れていかれて王城で数日間気を失っていたの。しばらく具合が悪いふりをして過ごしていたのだけれど、家を家宅捜査するって話声が聞こえて、家宅捜査って事は何らかの悪事が発覚したって事よね?私、死んでしまうのかしら。」

とても元の世界で政治家として働いていた女性とは思えないほどに何かに脅えていた。

どうしてクレアもサノアルもこんな事になってしまっているのだろうか。そんな事よりもサノアルの治療が最優先だ。

「ミア!急いで医師を呼んで頂戴!それと男性の使用人も!」

そう言うとミアはコクコクと頷いてから、急いで医師を呼びに行ってくれた。

私は必死でサノアルの背中を擦った。

「大丈夫。そんな事にならないように手助けするわ。大丈夫だから。」と声を掛け続けた。


しばらくすると先にギルバートがやってきて、ボロボロのサノアルをひょいっとお姫様抱っこして安静にできる客室へ運んでくれた。

その後すぐにクラリアス公爵家専属の医師も到着して、サノアルのボロボロになった足を治療してくれた。


「当分は歩くこともできないでしょう。私の神聖術ではこれが限界です。綺麗に治すとなれば、王族神官、もしくは、噂の聖女様にお願いする他ありません。」と神聖術と医療の両方を使いこなす我が家の専属医師が苦しそうな顔をして告げる。

「そうですか。ありがとうございます。」

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