おもち
久しぶりに二人の話を書きました。
どこら辺の時系列かは皆さんのご想像にお任せします。
もち米ときな粉が手に入った!
アイオライトはこの日を待っていた。
虹色の魔法でもち米を作ろうとはしているのだが、米の収穫となると結構な土地が必要だ。今の金の林檎亭の裏庭ではその広さが確保できず泣く泣く諦めていたのだが、月に一度天の日の夕方頃にやって来るアルタジアの城下街の商人が来店した際、たまたまもち米ときな粉を仕入れたという話を聞いてしまったのだ。
「もち米! きな粉!?」
「そう、珍しいから仕入れてみたんだけれど、どうにも調理法が不明でね。店主さんはこの食べ方知ってる?」
「もちろん知ってます!」
どうやって調理するのがいいのかと相談されたのがきっかけだったのだが、もち米があると聞いた瞬間、アイオライトは飛び上がって喜び、店内にいる一人一人に固い握手をして回ったのであった。
商人から譲り受けたもち米を手早く研ぎ、この後一晩水に浸す。あんこを作り、大きなすり鉢とすりこ木棒を準備して久しぶりのお餅を堪能するのだと勢い勇んでアイオライトは眠りについた。
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翌日……
「アオ?」
「ラウル! いらっしゃい!」
「なんかご機嫌だね」
「そうなんです! お餅作るんで!」
「うん?」
カランカランとドアベルを鳴らしてラウルが入ってくる。
上機嫌なアイオライトのそばまでやってくると、その目の前にある大きな鍋の中にある白い布巾が目に入った。
「布巾? えっと、これがおもち?」
アイオライトが何か不思議なものを作り出そうとしているのは毎回の事だが、さすがのラウルも鍋に布巾を入れて食べ物が出来るなどそんな魔法は聞いたことがない。それでもフンフンと楽しそうな鼻歌を歌いながら、アイオライトは鍋に火をかけた。
「先日行商の人からもち米を分けていただいたんですけど、これから蒸かしてお餅にするんですよ」
「蒸かす?」
「はい。蒸気でお米を柔らかくするんです」
いつものご飯を炊くのとはちょっと違うんですよ、と言って火の大きさを確認すると今度は大きな鉢を準備し始める。
「これでどうするの?」
「蒸しあがったもち米をこれで潰していくんです」
「なんかあまり想像が出来ないかも」
「もし時間があれば、味見していってください」
満面の笑みで想い人に言われてしまえば、それはもう全力で頷くしかできない。ラウル自身アイオライトの作る食べ物に対しては絶対の信頼があるので、おかしなものが出てくるとは考えてはいないのだが、初めて食べるものはどうしても身構えてしまう。
「あんことー、きなことー、だいこんおろしー」
謎の呪文の中にあんこと聞こえて、それならラウルも知っていると声を上げる。
「あんこってこの間のどら焼きに入っていたやつ?」
「そうです。この前のあんこよりもゆるく作ってあるのでつきたてのお餅にも合うと思いますよ」
あんこの好みは人それぞれ。しかしアイオライトの好みとしてはつきたての餅にはゆるく作られたあんこが合うと思っている。
そうしている間にもち米が蒸しあがり、アイオライトが鍋の火をいったん止める。
ラウルもあの鍋の中身が気になるので、アイオライトの後ろで鍋のふたを開けるのを見ていた。
「おぉぉぉ!」
ふたを開けると、今までに見たことのないような蒸気が立ち込め、アイオライトが謎の声を上げて喜んでいるのが見えたのだが、喜び過ぎて後ろに倒れてくるではないか。
そっと抱き留めるように受け止めるとそのままもラウルにたれかかりながら上を向き、なかなか上手に出来たと思いますと、楽しそうに笑う。
かすかに甘い匂いがするのは、この米のせいなのか。アイオライトのせいなのか。
《なんだよっ! もう! 可愛いなっっ!》
もう公認なのだし、いけない事をするわけではないのだが……、可愛いアイオライトを前に歯止めが利かなくなるような気がしてラウルは唇を寄せるのをぐっと我慢する。
「どうしたんですか?」
「なんでもありませんー。で、次は何をしたらいい?」
不思議そうにさらに見上げるアイオライトから、少し距離を取るように離れラウルは次の工程を確認すると、そうでしたね、と手を小さく叩くと鍋の中から白い布巾を取りだすと言うではないか。中には炊き上がった餅米が入っており、とにかく思ったより重みがある。
火傷しては危ないのでラウルが鍋からそれを取り出す。
「この中に入れたらいい?」
「お願いします!」
アイオライトがしっかりと固定して待ち構える鉢の中に、蒸されたもち米を入れる。
「すみません、ここを押さえておいてもらえますか?」
ラウルはアイオライトと入れ替わるように鉢をしっかり持つと、すりこぎ棒を使いながらすり潰し始める。なかなかの重労働なのだが、これも美味しいつきたて餅のためだと頑張れますとアイオライトは笑顔で作業を進めている。
「これ、潰していったらどうなるの?」
「もっちもちになります」
「もちもちかー」
数回叩いては真ん中に寄せ、数回叩いては真ん中に寄せ……。それなりの時間同じ作業を繰り返しているので、ラウルから見ればそろそろいいのではないか、と思うほどには充分まとまっているように見えるのに、アイオライトにとってはまだまだ納得のいく状態ではないようだ。
「これってどれぐらいになったら出来上がりなの?」
アイオライトは少しだけ口を突き出して考えた後、鉢の中にある比較的柔らかくなったであろう物体をつまんで一言。
「耳たぶより少し硬いぐらいですかね」
という。
耳たぶより少し硬い?
ラウルは自分の耳たぶを触ってみるが、思ったよりも固い気もする。
鉢の中にある白い物体をラウルも触ってみると、先ほど聞いた耳たぶの固さにはまだほど遠い気もしないでもないが……。
目の前にまだ比較対象の可愛らしい耳たぶが一組。
「ちょっと失礼して……」
そう言うと、アイオライトの耳たぶをやわやわと触り始めた。
作業の手をいったん止めていたアイオライトが、口を真一文字に結んで下を向き始めていることにはラウルは気が付いていない。
「俺よりも柔らかいな……。あんまり気にしたい事なかったけれど耳の形って人よってこんなに違うんだね」
するりとアイオライトの耳の輪郭をそっと撫で上げ、耳珠を数回摩った後耳たぶを摘みながらやわやわと触り続ける。
「アオの耳、触り心地最高だけれど、お餅もこんな気持ちいい触り心地の食べ物な……の?」
何とも気持ちよい触り心地に若干夢中になりすぎたラウルが、ハタと気が付くと顔を真っ赤にしたアイオライトがふるふると小さく震えながら耐えているのが見える。
《やり過ぎたけど……、可愛い生き物が手の中にいるー!》
とテンションが上がりながらも、ふと触っていた部分を思い起こせばかなり破廉恥ではないのか?そう思いながらもほんのり温かく、柔らかく、何よりも少し甘い香りがするアイオライトを触ることを止めることが出来ない。
「えっと、おもちの固さはもうわかったと思うんでそろそろ……」
しかし耐えることが出来なくなったのか、涙目で懇願するアイオライトに陥落してその手をしぶしぶ放す。
「あ、ごめんね」
「だいじょぶ、です。もう少し続けます……わわっ」
「まだこれは叩けばいいのかな?」
「ふぁいっ!」
首まで真っ赤なアイオライトが可愛すぎて、つい頬に軽く唇を落とすとまた一層真っ赤になる。どうにも慣れてくれないアイオライトが心底愛おしいと思いながらラウルが叩き始めると、まったく、揶揄う事ばかりして……、と小さな声で呟いたのを聞いた。
しかしアイオライトの表情がまんざらでもないと言ったように口元が柔らかく持ち上がっているのを見てラウルも安心する。
「ではこれを食べやすい大きさに分けたら出来上がりです!」
しばらくするとアイオライトの耳たぶよりも少し硬めに出来上がった餅を、それはそれは大事に一つ一つ丁度いい大きさに分けると、すでに作ってあったあんこときな粉、大根おろしを冷蔵庫から取り出した。
拳よりもふた回りほどの小ささのつきたての餅の上に、あんこ、きな粉、大根おろしをのせる。からみ餅の大根おろしには自家製の醤油を程よく垂らし、きな粉には砂糖をまぶして安倍川餅風に。
「まずはきな粉から……。むふふふ。こぇおいひぃぇ」
口に入れるときな粉の懐かしい味が口いっぱいに広がって、その後に餅の程よい甘さが混ざり合って堪らない。もち米が手に入ったなら、バーベキューで餅つきをしてみたりおこわをメニューにしても良さそうだとアイオライトはこれからのもち米ライフに思いを馳せながら、ニコニコ顔でつきたての柔らかい餅を幸せそうにさらに頬張った。
「そんなに美味しい? 俺も同じものから食べようかな」
「きな粉は食べにくいので、そっと食べてくださいね」
ラウルがそれを口に入れると、初めて感じるきな粉の風味に驚かされる。
きな粉は粉っぽく見えたが餅の水気でしっかりと張り付き、香ばしさの奥に感じる控えめな甘さが砂糖によっていい具合に引き出されている。砂糖がなくてもうまいだろうが砂糖あってのこの味なのかもしれない、と考えながらもう一つラウルは口に入れた。
「気に入ってもらえましたか? 次はからみ餅食べてみてください」
「からみ? 辛いの? からむの?」
「え? どっちも? でしょうか……辛い方かもしれませんけれど」
汁気をなるべく絞って醤油と合わせた大根おろしをたっぷり乗せ、ぱくりとラウルが口に入れた。
「本当だ! 結構辛みがあって……、あれ? でも餅が少し甘いから緩和されて……。さっぱりしてるから何個でも行けちゃいそう……」
「結構お腹に貯まるのが困りものですけれど」
もち米が手に入ったので、今後は串団子なんかもいいなとアイオライトが考えている傍でラウルがまたからみ餅を食べているのが見えた。さっぱりとからみと丁度いい甘みのコラボレーションはこのアルタジアでも受け入れられたことが嬉しい……。と思っていたのに、何かを思いついて厨房に向かい何事もなかったかのように赤い瓶を持って戻って来たではないか。
「絶対いけると、俺は思う。どう?」
いや、どう?と聞くよりも前になにも乗せていなかった餅の上にケチャップを乗せようとしているではないか。美味しいとは思うが、それだけではもったいない。
「ラウル、それでは不十分です。チーズを乗せて焼きましょう。圧倒的正解がその先にあるはずです!」
「お、おぅ?」
自分で始めたことだったはずだが、アイオライトの方が急に乗り気になってびっくりしてしまう。
餅に素早くケチャップを乗せ、座っていた椅子からアイオライトは急に立ち上がりそのまま厨房に向かって行く。
「乾燥させたお餅に乗せた方が美味しいのは知っていますが、つきたてのお餅で試したことがないからかもしれないです。善は急げですよ! ラウル!」
ひょこりと厨房から顔を出してアイオライトが花が咲いたかのように笑いながら『ラウル』と呼ぶ。
毎日が、彼女によって鮮明に彩られる。
知っていることもより深く、彼女と二人で作っていく毎日は新鮮で本当に楽しい。
ただ二人で歩いていても、たとえば今日のように餅を作っているだけでも、ラウルにはそう思えるのだ。
「ナポリタン風になるはずです」
「本当にナポリタンになるの? 美味しそう! 早く、早くやろう。アオ」
「ラウルはナポリタンが大好物ですからね。ふふふ」
自身も楽しそうに準備を始めるアイオライトには、聞こえないかもしれないが厨房に向かいながらラウルはつぶやく。
「俺は『アイオライトの作るナポリタン』が大好きなだけだよ」