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焼肉丼と唐揚げ

ただでさえ筆が遅いと言うのに違う物語を綴っているとネタがあっても形にできず……。

時系列は海水浴の後ぐらいのイメージでふんわりしてすみません。お楽しみいただければ嬉しいです!

「今日は新しいメニューの開発をしたいと思います」

「新しいメニュー?」


 基本的にアイオライトが好きなものをメニューにすることも多いが、お客様に聞いても金の林檎亭の食事として出されるものが特別すぎて、なんでもいいと言われがちであるがある程度実験的にメニューにないものを出して様子を見ることもあった。


 しかしバーベキューをしてからと言うもの常連のお客様方の焼いた肉に対する思い入れが半端ないのだ。


 肉、と言うよりもバーベキューで食べた焼き肉のタレ的なものに大層ご執心な方々が増えてしまった。


「焼き肉のタレがね、めちゃくちゃ好評過ぎてさ」

「仕方ない。焼き肉のタレは、正義、だ」


 リコの一言にカリンも頷く。

 しかし焼き肉のタレを使って作れるものと言えば焼き肉丼が真っ先に頭に浮かぶし、恐らく人気が出るのは分かり切っているのでアイオライトは別のものを考えたいのだ。


「鶏肉に揉みこんで唐揚げにしてもいいし、チャーシューにしてもよさそうね。葡萄牛とニラみたいな野菜を合わせて炒めるのも良さそう」

「葡萄牛とニラ炒めは確かにいいね。夏の時期にはスタミナつくものはいいよね」

「でもチャーシューは煮込むから今日はなしね」


 ニラは今世でも簡単に手に入るし、葡萄牛はいつも使っている。鶏肉も仕入れには不安はない。

 今回は時間がないのでチャーシューは別の機会に作ることにして試作を始めることにする。


「絶対にご飯必要だから、ご飯も炊いて!」


 カリンの鶴の一声でご飯は絶対炊くことが決定した。

 ニラと葡萄牛はざっくりと切って、焼き肉のタレと合わせて焼くだけだ。少し時間がかかる唐揚げの仕込みにはいる。


「鶏肉は冷凍から戻してあるのが少しあるからそれを使おうっかな」


 唐揚げにするために鶏のももを切り分け、焼き肉のタレと卵、酒と生姜を揉みこみしばらく寝かせる。


「本当は半日ぐらい寝かせたら美味しそうだけど、今日は時間もないしお試しだからね」


 ご飯を研いで炊く準備を始める。準備自体はほぼ終わっているのであとはご飯が炊けるのを待つだけだ。


「さて、実はさ商売の提案したいんだけれど、ご飯待ちの間に話してもいい?」

「いい?」


 カリンとリコがアイオライトの前にコトリと小さな箱を置いた。


「ちょっと待って、お茶出すから」


 そう言ってアイオライトが厨房でお茶を入れていると、家の玄関の扉が開く音が聞こえた。

 家の玄関から入って来れる人はもちろん限られている。両親とリコやカリン、レノワールにエレン。それからラウルである。


「アオ」

「あ、ラウル! こんにちわ」


 美味しい物を作っていると必ず現れる、アイオライトの最推し。顔面偏差値も優勝しているというのに、性格も優しく、だけどちょっとだけ抜けているところもあるかっこいいけれど可愛い、絶対的な推しのラウルだ。

 そんなラウルの瑠璃色の瞳がアイオライトを捉えると、勝手知ったる厨房の中するすると歩いて当然のような顔をして横に立つ。


「なんか美味しそうな匂いするね」

「さすが鼻がいいですね。実は新しいメニューを開発していまして……」

「新しいメニュー! それは俺も食べなくちゃじゃない?」

「そう……です?」

「そうですっ」


 じゃぁみんなと食べていってくださいねと言うと、アイオライトはお茶を四つ準備した。

 先約がいるのかと準備されたそのお茶の数を数えてラウルはがっかりしたが、お盆にお茶を乗せて一緒に店の中へ向かう。


「お、やはり、来たな」

「本当に嗅覚がよろしいことで」


 出迎えたのはいつもの二人。リコとカリンだった。レノワールはアーニャとの新作打ち合わせがあるらしく虹の花束で昨日の夜から缶詰だ。


「俺、ここの常連客なんで美味しい物にはどん欲だよ」

「美味しいものに貪欲なんじゃなくって、アオに対して貪欲なだけよ」

「そう。隙あらば……、はぁ、全く……丸わかりだ、な」

「……」


 相変わらずいついかなる時でもアイオライトの友人たちはラウルには手厳しい。


「なに? どうしてラウルをいじめるの?」

「いじめて……ない。可愛がって……やってる、だけ」

「そうよ。人聞き悪いわね」

「本当に?」

「「本当」」


 リコとカリンがこの話は終わりと言わんばかりに、持ってきてもらったお茶に手を伸ばす。

 夕方になってもなかなか気温が下がらなくなってくる季節。ごくごく飲める金の林檎亭のお茶はお店でも大人気で、この季節に作っているのは麦茶に似たお茶だ。

 朝や昼に食べに来る人にとって、仕事前、仕事中にはお酒は一緒に飲めないのでこのお茶を至福の一杯と呼ぶ常連もそれなりにいる人気のお茶である。


「かーっ! この一杯のために生きてる!」

「ビールかよっ!」

「同じ麦系だから間違いでは、ない」


 三人の会話はいつ聞いても面白い。これが四人になるとそれはそれは収拾がつかない程楽しそうにするので、ラウルとしては自分もその会話に入ろうと試みるのだが彼女たちの話す会話はたまにわからない事もあるので加減が難しい。


「あ、そろそろご飯炊ける。よし! 始めます」


 腕まくりをしながらアイオライトが立ち上がり、再び厨房に向かう。


「俺も、手伝うよ」

「それがいい、と思う」


 たまに背中を押してくるリコの真意は不明だが、ありがたい。と思いながらアイオライトの後ろをついてく。


「下準備は既に終わってるので、焼いたり揚げたりするだけなんですけど……」

「ほら、なんていうかさ、助手がいた方がね、いいでしょう?」

「ラウルは本当によくお手伝いしてくれますよね。ありがたいです」

「今日はちょっと焼いてみていい?」

「おぉ、それではお手並み拝見です!」


 この距離感が、ラウルには正直嬉しい。

 アイオライトの懐に入れてもらっているような錯覚を覚えるほどの近さを感じる。


 だが、やはりもう少し縮まればいいのにと思いつつなかなか強引にラウルが踏み込んでいかないのは、なんとも鈍感なアイオライトから引かれないようにしたいという何ともヘタレな考えからでもある。友達以上を望んで今の関係が壊れるのが一番怖いのだ。


 ふるふると頭を振り、落ちてしまいそうな思考を追い払う。


「何からすればいいかな?」

「冷蔵庫の中の……、それです、それをタレも一緒に焼いてください」

「タレ? この汁みたいなやつだね」

「はい。自分はその間に唐揚げを揚げちゃいますから」

「え!? 新しい味の唐揚げ!?」

「そうなんです。ラウルは唐揚げも大好きですからきっとコレも気に入りますよ」


 ジュッという音を立てて油に入ると、ジュワジュワといい音が鳴り始めラウルとしては嗅いだことのない匂いが充満し始める。


「これは、食欲をそそられる匂い!」

「ラウルがこれから焼こうとしているのは、もっとご飯力が高いかもしれないですよ?」

「ごはんりょく?」

「もれなく米が進みまくります」


 確かに今揚がっている唐揚げと同種類の匂いがする。

 ラウルはフライパンに油を少し引き、しっかり熱してから言われた通り中に入っているタレごと一気に入れる。


「うっわ! これは、凄い……」


 じゅわわわっと勢いのある音がして、それと同時に焼き肉のタレの匂いが充満する。

 ラウルには何が入っているのかは分からないが、生姜と林檎のすりおろしが入っているのだけは何となくわかった。これを米と一緒に食べて美味しくないはずがないと確信して火からおろす。


「おぉ……。焼き肉のタレ、万歳。好き」

「匂わせるだけでは飽き足らず、身体にまとわせてくるあたり、焼き肉のタレの愛を……感じる」


 焼いた匂いが席の方にまで漂っていたのか、リコとカリンが厨房入口からじっと覗いているのが分かった。


「もう、出来上がる……ね。ご飯準備する」

「これは本当にご飯力の塊じゃない。ささ、早くー」

「もう、急かさないでよ。どんぶりにするけれど緑が足りないからちょっと葉っぱを足して……。出来上がりですっ!」


 前世焼き肉を食べに行けば、その帰りは肉の焼ける匂いとタレの匂いに包まれて電車に乗るのが恥ずかしいこともあったなぁと思い出す。帰るために電車にも乗らないし、帰る場所もここだ。なんの心配もいらないのである。

 リコとカリンはこの後迎えに来るであろうリチャードが連れ帰るはずだが、時間があればお風呂を使ってもらってもいい。


「さてさてさーて、お味見しましょうかねー」

「「いただきまーす」」

「はい、召し上がれ」

「アオ。いただきます」

「はい。ラウル、どうぞ召し上がれ」


 その後は焼肉丼を頬張り、唐揚げを食べ、無言でカチャカチャと食器が鳴る音だけが静かに響く。

 たまにお茶を飲むごくっという音がするほど、誰も何も発さない。

 しばらくして、ごちそうさま、と声に出したあとラウルは本当に悔しそうな顔を隠そうともせず続けて小さな声で呟いた。


「なんでこれが今までメニューになかったのか、俺、信じられないよ……」

「信じられないって、作った事なかったので仕方ないです。美味しかったですか?」

「アオが作ってくれるものは、なんでも美味しい。ナポリタンもオムライスもなんでも好きだし作ってくれるってだけで嬉しくなる」


 茶化すようにカリンが、なに告白?とラウルに聞いてきたが当の本人の耳には入っていないようだ。


「これも別次元の食べ物だよ。まずタレがいい。何が入ってるのかわからないけれど、生姜と林檎。他にも多分色々なものが調合されてこの複雑な味わいになってるんだと思う。それが葡萄牛に染みわたることでさらなる味わいと深みを与えてくれて……。美味しい」


 最後の一言に集約されているのだろうが、美味しかったのなら良かった。


「美味しいと言ってもらえるとやっぱり幸せですね」

「俺、アオの作ったものこれからも食べたい」

「何言ってるんですか。ずっとラウルに作ってあげますよ」

「あ、え? あ……一番嬉しい……です」

「?」


 リコとカリンはラウルの食レポに感心したがその後の会話に、まだ進展してないのかいッという突っ込みをラウルに入れそうになるのをぐっとこらえて、違う視点から改良の余地ありと断言する。


「今日はお試しだったからさ、野菜は葉っぱだけだけど一緒に玉ねぎとか焼いても美味しいんじゃないかな」

「それ、思った。スタミナ付けるのは大事だけど、栄養バランスを取ることも、必須」

「そうだよねー。玉ねぎとは相性がいいはずだからもうちょっと改良の余地ありかな。精力付けて皆さんに頑張ってもらわないとだね」

「私、唐揚げはこれでいいと思う」

「うん。もう少し、寝かせれば、もっといい」


 じゃぁ焼肉丼はスタミナ丼みたいなイメージでもう少し改良しようかなとアイオライトが話をしていると、ラウルが何も発していない事に気が付いた。


「ラウル? どうしたんです?」

「え? 別に……」


 何も、と言いつつ何かにそわそわしているラウルを揶揄うようにリコが言う。


「スタミナ……、付くぜ」

「ほんと、止めて……」

「え? 何を止めるんです?」

「アオは止める必要ない。ラウル……さんが邪なだけ」

「よこしま??」

「ははーん。まだまだ若いわねー」


 トン、トン、と店の玄関の扉を叩く音がする。

 

「リチャードです。お迎えに上がりました」


 リコとカリンの謎の会話の意味が分からないまま、時間がやってきてしまったようだ。

 鍵を開けるとカランカランとドアベルが音を鳴らしてリチャードが入ってきた。


「これは……、何と甘美な匂い」

「おかしな語彙力……だね」

「この店は休みの日ですらこのような匂いを漂わせる。罪作りですね」

「残念ですが、もう食べ終わってしまったのでリチャードさんの分はないんです。焼肉丼と唐揚げ」


 そう言うとリチャードはこの世の終わりのような顔を一瞬した、が、次の一言で真顔に戻ってしまった。


「焼肉丼改めスタミナ丼、出来上がったら是非リチャードさんも食べてくださいね! 精がつきますから」

「スタミナ……ですね」

「え? はい」

「活力が湧いて、元気が出るという事ですね?」

「そ……そうですけど……? え? リコ、カリンちゃん、自分おかしかった? スタミナ丼とかって精がつくって言うよね」

「「いうねー」」


 他の意味合いも知ってはいたが、まったく考えてもいなかった事だったので頭の隅にも言われていることが分からないでいた。


「別に、俺はアオに邪なことなんて……」

「ラウル様、くれぐれも。くれぐれも、ですからね」


 別に誰も何も明確には言っていない。

 が、この後の事を考えるとくぎを刺しておかねばならぬとリチャードは仕事モードでくぎを刺しながら二人を連れて王城に戻っていった。


「何がくれぐれも何ですかねー。精がついちゃうと何か駄目なことってあります?」

「アオ、そう言うところだよ……」


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