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クリスマスとショートケーキと……。

今朝投稿しようと思っていたのですが、こんな時間になってしまいました。

 かたり、とドアがゆっくりと開いた音がした。

 足音が少しずつ近づいてきて、近くでしゃがんだような気配がする。


 ラウルは部屋に入ってきたアイオライトに起きていることを気づかれないように、ベッドの上で寝たふりを決め込んでいる。


「ラウルー……、起きてますか??」


 かなり小さな声でアイオライトがラウルに聞くが、その問いには答えない。


 事の発端は二週間ほど前だった。


「ラウルは何か欲しいものはありますか?」

「ん?」


 店の休みの日に買い出しに一緒に出ていたラウルに、アイオライトが質問をしてきた。


「特に何もないかな。あ! 最近食べてないから俺スペシャル食べたいかも!」


 きょとんとした顔で瞬きを繰り返したアイオライトは、大人様ランチ……と呟いた後、そうですか、とラウルに返事をした。


「あと今月の最終週の空の夜は、暇ですか?」

「ひま、だけど。けどお昼過ぎまでは城でやることがあるから夜は平気だよ」


 何を聞かれているのか想像が出来ないし、普段ならこんな誘い方はしない。

 当日の夜はアルタジアには帰らず、金の林檎亭にいて欲しいという事だろうか。

 これは何か進む予感を感じてしまっても間違いではないだろうか?

 ラウルはごくりと一度つばを飲み込んでなんで?とアイオライトに聞いてみる。


「えっと、最終週にみんなで夜パーティーするんで良かったらラウルも来てくれたらいいなと思って」

「ですよねー、そうですよね」

「? どうしたんですか?」

「いや、何でもないよ。最終週の空の日の夜だね。パーティー楽しみにしてる」

「夜は絶対に泊まっていってくださいね!」

「んーっ!?」


 えへへ、と笑った後そういったアイオライトの思惑が一体何なのか全くわからないが、その一言にラウルは爆発しそうになった。


 さて、その当日。


「めりくりー」

「めりくりー!」


 当日ラウルとリチャードが金の林檎亭のドアをくぐると、カリンとリコが大きな声で出迎えた。


「何語?」

「日本語?」

「いや、英語じゃない?」

「英語を縮めてるからやっぱり日本語だって」

「いやいや、それがまず何語だって言ってんだよ」


 ラウルの突込みに、ボケ倒すつもりだったカリンとリコの言い分が酷い。


「何語と言うのはちょっと難しいですけれど、自分たちが昔使っていた言語の一種ですよ。正確にはメリー・クリスマスって言うんですけれど、家族や友達と楽しく過ごす素敵な日、みたいな感じでしょうか」

「あの二人の言語の謎は解けたな」


 謎が解けたところで、厨房から普段はあまりしない香りが漂ってくるのと同時にエレンがたっぷりのチーズの入った鍋を、レノワールが小さく切った野菜と葡萄牛のサイコロステーキを持ってきた。


「おぉ、いい匂いするなと思ったら! これなに?」

「チーズフォンデュですよ。野菜とかサイコロステーキをこの鍋に入っているチーズに付けて食べるんですよ。パンもあるのでそれを付けても美味しいですよ」


 ラウルはテーブルに着席すると、今か今かと目を輝かせて待てをしている。

 アイオライトの作るものを食べるときのラウルは、びっくりするほど目の輝きが違う。

 これはリチャードの持論である……。


「この野菜と肉をチーズに付けて、パンに乗せて一緒に食べると……。くー! 旨い!」

「本当ですね。それぞれの塩味でしょっぱくなりそうなのですが、そうはならないのが不思議です……」


 皆育ちざかりはとうに過ぎているが、チーズフォンデュの虜となって食材が次々に無くなっていく様子を見るのはとても嬉しい。

 やはり自分が好きで思って作ったものを、皆が顔をほころばせて食べているのを見るのがアイオライトにとっての最高のご褒美なのだ。


「そうだ! アオ、これクリスマスプレゼント!」


 そんなことを考えて感傷に浸っていると、おもむろにレノワールが綺麗にラッピングした袋をアイオライトに手渡した。

 すると、リコとカリンとエレンも続けとばかりに渡していく。


「えっと、自分からはこれを……」


 と、厨房に戻って、昨日の夜に準備していたクッキーを皆に手渡していく。


「プレゼント? 今日のこの会にはプレゼント持ってこなくちゃいけなかった?」

「ラウルとリチャード氏には特に言ってなかったし、別にプレゼント交換するって示し合わせてた訳じゃないからさ。気にしないでよ」

「いや、気にしないでと言われても目の前でプレゼント交換を繰り広げられていては、男としてメンツが立たない気がしてしまう……」


 ラウルとリチャードには金の林檎亭でクリスマスっぽい会を楽しんでもらえるだけで良かったののだが、逆に気を遣わせる結果となってしまったのが申し訳ない。


「だからあの時……、アオは何か欲しいかって聞いてくれたんだね」

「プレゼント交換は何というか昔からの自分たちの風習なので、本当に気にしないでください」

「そう、本当のサンタは年に一度クリスマス・イブの夜に世界中のいい子にだけプレゼントを届けてくれる。もう自分たちはそんな年齢ではないから自分たちで交換してる、だけ」

 

 リコが説明を始めるが、そもそもサンタクロースはこの世界に存在していないのでそれから説明を始めなくてはいけない。

 案の定、ラウルもリチャードもそれはなに?という顔をしている。


「雲の上でのさらに伝説の人物よ。赤い服を着て白い長い髭を生やした恰幅のいいおじいさんが、空飛ぶそりに乗って年に一度クリスマス・イブの夜に子供たちの枕元にプレゼントを配って回るっていう言い伝えがあったのよ」


 小さい時はサンタクロースを信じていたものだと口々に説明する。

 とあるテーマ―パークにはわざわざサンタクロースの国からサンタクロースが来てくれたり、街のいたるところでサンタクロースの格好をした人を見ることが出来た。


「そのおじいさんは、無償で子供たちにプレゼントを?」

「まぁ、そうね。まぁ実際は自分の両親が何日も前から用意してくれてたプレゼントを、朝枕元に置いてくれるから無償ではないけど」

「そっか。アルタジアではそう言う風習はないな……」

「ない? 広めたらまた商売になるんじゃない? 雑貨屋、おもちゃ屋、本屋。子供が欲しいものは無限よ! 教会とかで貴族から有志でおもちゃとか本、お菓子を配ったりして慈善活動の一環でサンタクロースを広めるのがいいかしら。お金の有り余っている貴族からがっぽりお金を毟り取るいい機会ね!」

「ちょ、カリンちゃん。心の声、ダダ洩れ」

「よし。じゃぁ一本戯曲を書いて、クリスマスっぽいこと広めていこうか!」


 どんな時でも商売っ気を忘れないカリンと、そこを商機と見定めるエレンの早業はもはや見慣れたものとなりつつあるが、この流れで考えたことを外すことはないという事を思い知るのはあと数年後のことである。

 

「あ! 今日はケーキを焼いてるけど、もう食べる?」

「クリスマスっぽい日だから、もしかしてアオ特製のショートケーキ!?」

「ふふふふー、だよ!」

「「「今すぐ!!!」」」


 にやりと笑うアイオライトを囲んで小躍りして喜ぶ女性陣達が、何故そこまでするのかは食べた瞬間理解できた。


「これはいったい何だろうか。ラウル」

「今まで俺達が食べていたケーキって、実はケーキじゃなかったって事だね」


 この世界にもケーキはある。

 スポンジも柔らかだし、生クリームでデコレーションされた美しいケーキが。


 だが、味が甘すぎるのだ。

 ラウルもリチャードも、アイオライトの作るパウンドケーキをイメージしていたが出てきたケーキが思っていたものと同じだったので若干がっかりしたのだ。

 しかし目の前で、美味しい美味しいと言いながら食べる三人を見て、騙された気持ちで口に運ぶと一転。


 旨い!! そしてこれは自分たちが知っているケーキではない事だけは分かった。


 側面は真っ白な生クリームに覆われ、上には生クリームでささやかな飾りのような絞り口とイチゴがまるまる乗っている。

 中の柔らかくふわふわしたスポンジの断面を見ると、スポンジは三段になっており、その間に白い生クリームとスライスされたイチゴがふんだんに使われているのが見て取れる。


「待て! リチャード。それだけじゃない。これイチゴジャムが薄く塗られてない!?」

「本当だ……」


 生クリーム、スポンジ、生クリーム、イチゴ、イチゴジャム、スポンジ……。


「これは、芸術と言っても過言ではない。黄金比」

「アオのショートケーキは、世界一美味しいと断言できる」

「いや、これは好きなケーキ屋さんの味を再現したくて研究したからであって、自分が開発したわけじゃないんだって」


 前世でとても好きなケーキ屋さんがあった。

 とある日に店に寄ったら、店の事情で閉店していたのだ。

 どうしても食べたくて、何とか寄せて作れないかと始めて、みんなによく試食してもらっていたものだ。

 ただ、まだあの味には追い付けてない。

 材料的なものも日本とは違うので、より難易度が上がってしまったが……。


「それでもこれは国宝と言ってもいい美味しさだって」

「ちょっとラウル、それは褒め過ぎです」

「褒め過ぎではないな。もっと広がって良い。なんで舞踏会の時にこのケーキが出なかったのか」

「あの時は軽食がメインだったからパウンドケーキにしたんですよ」


 二人にも満足してもらえてうれしいが、ケーキに対する熱意がカレーのそれと似ている……。


 チーズフォンデュにショートケーキでクリスマス気分を存分に味わって、今日はリコとカリンは城に戻らなくてはいけないためリチャードと一緒に戻っていった。

 エレンは興行主が準備してくれているホテルがあるので、今夜はそちらに泊まるそうだ。


 なんでだか二人きりだと妙に静かに感じてしまうが、そう思っているのはラウルだけで、アイオライトは上機嫌で寝る準備をしている。


「ラウル、寝る前にちゃんとおトイレに行かなくちゃだめですよ。あ! もうこんな時間! 午前中は仕事もされていたのですから早く寝ないと! 自分も今日はくたくただなー。すぐ寝ちゃうなー」


 何か怪しいとは思うが、アイオライトに限っておかしなことはしないだろうとそっとその芝居に乗っかることにする。


「そうだね。疲れたからすぐに寝ちゃうかも。おやすみ。アオ」

「はいっ! おやすみなさい!」


 何を企んでいるのかは全く分からないが、もしかしたらサンタクロースが夜にプレゼントを置いていくあれを再現しようとしているのかもしれないと、ラウルはなんだかそわそわしてベッドの中で待つことにした。


 ……。


 小一時間ほど経つが、サンタクロースに扮したアイオライトがやってくる気配はなかった。

 来たら寝たふりを続行しようとしていたのだが、目も冴えている事だし一度体を起こそうとしたその時。


 かたり、とドアがゆっくりと開いた音がした。

 足音が少しずつ近づいてきて、近くでしゃがんだような気配がする。


 ラウルは起きていることを気づかれないように、ベッドの上で寝たふりを決め込んでいる。


「ラウルー……、起きてますか??」


 かなり小さな声でアイオライトがラウルに聞くが、その問いには答えない。


「へへ、寝てる寝てる」


 口から独り言が出てしまっているのがなんとも可愛い。


 枕の横辺りに、ぱさりと何か軽いものを置いた音がして、おやすみなさい。と耳元で囁かれる。

 何というか、腕を引いて今すぐ抱きしめてあれこれしたい気持ちをぐっと抑えこみ、そのまま色々頑張って耐えながら寝たふりを続ける。


 もう行ってしまうのかな。サンタクロースとはそっとプレゼントを置いて気づかれないように去っていくのだと先ほどリコも言っていた。

 アイオライトもそれに倣って部屋を出ていくようだ。


 出ていったら、何が置かれているのか見てみよう、そう思うと寝たふりをしているのに顔が笑ってしまう。

 

 とりあえずはアイオライトが部屋から出て、戻ってこないことを確認した後この枕の横にあるプレゼントだと思われるものを見て……。


 ラウルが寝たふりを続けながら、心の中で色々と考えていると部屋のドアが一度開いた音がしてぱたりと閉まる。


 が、たったった……とベッドの方に向かってくるアイオライトの足音が聞こえる。

 何か忘れ物があったのだろうか。


 と、その時ベッドの横に腰を下ろすような気配がして……。

 アイオライトがそっとラウルの頭を撫でる。


 あぁ、なんだか心地いいなとラウルがうとうとし始めた瞬間に、頬に柔らかなものが一瞬だけ当たる感触とチュッと言うリップ音が聞こえた。

 

 んーっ!んーっ!


 起きて今すぐ抱きしめたい、が寝たふりは続行しなければならない。

 アイオライトをサンタクロースにするために!


「えへへ。メリクリ、です」


 今度は間違いなく部屋の扉が閉まった。


「やばい……。なにあれ……。可愛すぎない? 俺死んじゃうかも」


 ベッドの中で悶え転がっているとラウルの耳元で、カサリとアイオライトが置いて行った何かが当たる。

 ベッドサイドライトをつけて、中身を確認してみると、


『【好きなもの盛り沢山ラウル超スペシャル】好きな時に食べられる券』と書かれた紙が書かれてるカードが入っていた。


 部屋の中はとても静かだが、心臓の音が凄く聞こえる。

 さらに自分の頬も物凄く熱い。

 この券は宝物にしたいが、使わないと悲しむだろうから明日の朝起きたらすぐにお願いしようか……。

 あぁ、だけれども……。


 寝付けないかもしれないと思っていたが、頭を撫でてもらっていたのを思い出して急に眠気が襲ってきた。


「あのサンタクロースが毎年来てくれるように、俺も頑張んないとな」


 小さくつぶやいて、ラウルは眠りに落ちていった。


 ラウルの初めてのクリスマスは、誰にも内緒にしておきたい、だけれども何回思い出してもくすぐったくてショートケーキよりも甘い気持ちになる、素敵なものとなったのであった。

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