何かを殺せる服
ホットバナナチョコレート後のお話
虹の花束で、アーニャとレノワールが妙に上機嫌で、しかも満面の笑みでアイオライトに強引に何かの入っている袋を手渡そうとしている。
どうやら中に服が入っているらしい。
怪しい……。とアイオライトはじっと二人の顔を凝視した。
「アオ、この服、是非とも着てもらいたいの」
「何? 着るって、いつもちゃんと見せてから着せようとするじゃん、なに、今日は」
「たまにはいいじゃないのよ」
「ちょっとアーニャ。レノワールに騙されて、また自分に変な服着せようとしてない?」
「ちょっとアオ、人聞きの悪いいいかたしないでよね! いや、どうかしら?」
「不安しかないじゃん!」
口笛を吹きながらの笑顔があまりにも不自然すぎるのに、逆に警戒されていることに気が付かないアーニャとレノワールだが、それを全く気にせずに服の入っていると思われる紙袋を、アイオライトの持っていた鞄に突っ込む。
「変……じゃないはずだから! ラウルも喜ぶはずだから!」
「その言い方も、なんか怪しい……」
「なによ、アオだってラウルの正装とか見て、きゃっきゃしちゃうでしょう?」
「それは……、しちゃうかな」
「それと一緒よ!」
訝しみながらも、受け取ったからには一度は着てみるか……と、思うのは律儀なアイオライトゆえである。
「ちゃんと着てよ?」
「着てもすぐ脱ぐかもしれないけどね」
「どうかしらね。感想聞かせてね」
ニヤリと笑うレノワールのその顔が、悪だくみをしているとしか思えない。
「うーん……」
アイオライトは、帰って誰もいなければ一度着てみようと思いながら虹の花束を後にして、買い物をしつつ店に戻った。
今日は金の林檎亭はお休みだが、住人は仕事で今は誰もいない。
まだ夕方前なので仕事からみんなが帰ってくる前に、暖房をつけて家を温める。
まだまだ冬ではないが、朝晩は結構冷える。
今夜はホワイトシチューにするつもりで、買い物してきた食材を冷蔵庫にしまい、部屋に戻ってアーニャとレノワールがにやにやしながら渡してきた袋を開けてみる
「なんだ……? これ」
薄手のセーターのようだが、タートルネックなのにノースリーブで、背中の部分にあたるであろう箇所が大きく開いている。
タートルネックの後ろ側がリボンのように結べるようになっていて、色も白いし可愛い気もする。
「なんか、昔にネットとかで見た気がするな……。なんだったっけなー」
アイオライトは前世オタクではあったが、アニメ好きで二次元アイドルを追いかけたりするタイプで、ファッション界隈にはあまり興味はなかった。
それなのに、どこかで見たことがあるのならばそっち系のものなのだとは思いつつも、全く思い出すことが出来ないでいた。
「でも、今は冬だし……。これじゃちょっと寒いから、こんな感じで着とけばいいかな。着てたところを誰かに見られれば、あの二人も納得するだろ」
そう誰も聞いていない独り言を言い終えると、長袖のシャツを着てその上からセーターを着て見た。
「これは変だな……、家も暖まって来たし半袖にするかな?」
一度長袖を脱いでから、薄手で水色のノースリーブのシャツに着替え、比較的スリムなシルエットのデニムパンツを履き、その上に不思議な形のセーターを着てみると、思ったよりは悪くないように見える。
「ちょっとカッコイイ感じか……? いや、どうかな……」
鏡を見ようと、一人鏡の前でくるくる回っていると、階段を上ってくる音が聞こえた。
今現在、金の林檎亭にはいろいろな人が出入りしている。
二階の部屋にはリコ、カリン、レノワールが住んでいて、興行から帰ってきたエレンもここにほぼ泊っている。
でも、この足音は違う。
「ラウルだ!」
そうつぶやくと、部屋のドアをノックする音が聞こえた。
「アオ、ただいま。今いいかな?」
「はい。おかえりなさい」
声が聞こえるや否や、アイオライトは嬉しくなってドアを開け廊下に出る。
「母上から珍しい茶菓子をもらったから、一緒に食べない?」
「いいですね! ちょっとだけそのお菓子見せてもらっていいですか? 紅茶にするかお茶にするか確認したいです」
「お菓子に合うお茶かー。なんか本格的」
「では厨房に行って、お茶菓子確認してみましょう」
折角上がってきたのに申し訳ないなと思いながら、アイオライトは一階の厨房にラウルと共に降りる。
が、後ろからついてくるラウルの視線が妙に気になる。
「何か気になることでも?」
振り返ると、うーん、と唸りながらラウルが返事をした。
「気になるって言うか、なんか随分変わった服だね」
「そうなんですよ。さっき虹の花束に行ったんですけれど、アーニャとレノワールが持って帰れってうるさくて。ちょっと変わった服ですけれど、なんかですね、あの二人がやけににやにやして渡してきたから、何か変な仕掛けがあるんじゃないかと思って……」
もしかして、大きく開いている方を前にして着るのが正解なのだろうか。
でも、そうするとインナーを楽しむ服なのか?と思いついたが、一瞬アイオライトの脳裏を違う映像がよぎる。
しかし、一瞬過ぎてその映像が思い出せない。
「うーん、なんだろうな。ここまで思い出せてるのになー」
「お菓子食べたら思い出せるかもしれないよ」
「それは素敵な解決方法ですね!」
連れ立って厨房に入り、並んでお茶を沸かしながら話を続ける。
「そう言えば、レノワールがなんか言ってたな。にじそうさくがしたいから、いちじそうさくの本を沢山出版して欲しい、とかなんとか。にじそうさくって何?」
アイオライトは、ガッシャンっ、とびっくりした勢いで持っていたヤカンをコンロにぶつけてしまった。
「あの女……、もしやこの世界に混沌を持ち込もうとしてるのか」
「アオ?」
「いや、待て。あの女がしたいのはそっちではなく、もしかしてっ!」
「ア、アオ??」
いつもと違うアイオライトの様子にラウルもかなり困惑気味だ。
「すみません、ついつい封印が解かれそうになってしまいました。えっと、二次創作の話でしたね」
「うん、それそれ」
「そうですね、原作の物語があって、その物語を元にして自分なりの物語を創作するという感じですね」
「完成された物語の続きを書くってこと?」
なかなかに説明が難しいなと思いながら、いい例えがないかを考えて話す。
「例えば、最近人気の『騎士の旅』あるじゃないですか」
「俺すっごい好きで何回も読んじゃったよ」
最近騎士の旅という物語が大変人気で、本は重版を重ねている。
とある騎士が無実の罪で国を終われ、旅に出る。その先々で色々な人と出会い心を通わせていき、物語の最後には砂漠の国の王子とすったもんだの末に大親友となり、砂漠の国を守る騎士となる。という話である。
「騎士のガレスがいるじゃないですか」
「そうそう、強くて美しい騎士なんだよね」
「はい。そのガレスが出会う人達の中の話で、ラウルが好きな話はありますか?」
「うーん、どれも好きだけれど……、やっぱり砂漠の国の王子との話が好きかな」
「ですよね。その砂漠の国の王子とのお話で、例えば書かれていないお話があるとしたら……。読みたくないですか?」
「え? そんなのがあるの!?」
「実際は作者の人が書いたものではないんですけれどね。ラウルみたいに王子とガレスの……、例えば二人で何かの拍子にギルドの依頼を受けて冒険する話を読んでみたいけど、書かれていないから自分で書いちゃおう! というのが二次創作です」
「え??? そんなの、読めるなら読んでみたい」
賛否両論あるだろうが、前世ではガイドラインはあるにせよ同人誌等の活動であれば二次創作はある程度容認されていた。
アイオライトの場合、好きな作品のキャラクターたちが、その作品の世界観を損なうことなく派生話を繰り広げる同人誌を読むのが好きだった。
「だけどあくまで個人個人の趣味の範囲でですし、『騎士の旅』を好きな人達で盛り上がる感じですかね。それに二次創作から職業作家になる人も出てくるかもしれないし、挿絵作家もでてくるかもしれませんよ」
ただ、レノワールがしたいのは同人誌即売会と同時に開催されるコスプレであろうと推察される。
「うーん。職業作家が増えるのは悪くはないから兄上に一応話はしておこうかな」
ラウルも乗り気になってきたようだ。
レノワールの思うツボなのは癪だが、面白そうであることは確かだ。
「そのうち一大イベントとかになったら面白そうですね。さて、お茶菓子お茶菓子!」
王妃が持たせてくれたお茶菓子の箱をあけると、中にはマドレーヌやフィナンシェと言ったら焼き菓子が入っている。
「紅茶もいいですが、今日はこのお茶にしましょうか」
「え? この焼き菓子に緑のお茶?」
焼き菓子には紅茶も合うが、緑茶もいい、とアイオライトは常々思っている。
「あまり合わないようなら紅茶を淹れますので、まずは試してみてください」
こぽぽぽ、と音を立てて緑茶を入れる。
マドレーヌのあとに緑茶を含む。
口の中がさっぱりとしてさらに甘いものが進んでしまいそうだ。
「あー、人によると思うけど、俺はありだな!」
「ですよねー!」
緑茶の苦みが焼き菓子の甘みを引き立て、またさらに口に運んでしまう。
お茶を飲みながら焼き菓子に手を伸ばしつつ二人で、穏やかに話を進めていると、店のドアベルが鳴った。
カラン、カラン。
「ただいま! アオ! ねぇ、ねぇ、さっきの服着てくれた……てるけど、なにそれ……」
「お帰り、レノワール。開口一番それ?」
そう言ってレノワールを見ると、アイオライトを凝視した後、驚愕した顔をして膝から崩れ落ちた。
「これじゃない感半端ない」
「え? 違うの?」
きょとんとした顔でアイオライトが言うと、
「この服結構可愛いよね。後ろがリボンみたいに結べるみたいだしさ」
ラウルがその服の感想を述べる。
「そうなんですよね。思ったよりかわいい感じです」
えへへ、とアイオライトとラウルがお互いを見つめ合って微笑み合っているその一歩後ろで、レノワールが地団駄を踏み始めた。
「違うよ! 全然違う! これは可愛い服じゃないの! 殺せる服を作ったのに」
「ちょっと、物騒が過ぎる!」
「大丈夫、本当に人を殺したりはしない。あくまで殺せる服」
ちょっと言っている意味が分からないが、アイオライトもラウルもレノワールが力説し始めたのでそっと見守ることにした。
「これはさ、そんな風にインナーなんか着ちゃダメじゃん? 寧ろ下着も付けちゃだめ。っていうかなんでデニムまで履いてんのよ」
「いや、だって背中が開きすぎて寒いし、セーターなんだからスカートでもズボンでもどっちでも問題ないと思うけど……」
それを聞くと、先ほどよりもさらに強い抗議の地団駄をレノワールが踏み始める。
「だーかーらー!」
「だから?」
「これはね、下着とかインナーとかいらないの! これ一枚で着るの!! 」
声高々に、レノワールが宣言する。
……。
……。
……。
インナーも下着も付けず……?
あれか?これは前世で言う童○を殺すセーターと呼ばれていた類の服だ……。
アイオライトも言われて初めて気が付いた。
「馬鹿なの?」
「馬鹿じゃないわよ! この世界にはセクシーランジェリーがあまりないから、とりあえず服から攻めてみようと実験的に作ってみたのよ! それを、こんなに普通に着て……」
そう言い終えると、顔を真っ赤にしながら目を丸くしながら口をパクパクと開けたり閉めたりするラウルが立ち尽くしていた。
「ほら、ちょっと想像力の高い若者なら、その破壊力にこの通りよ」
レノワールは満面の笑みでオロオロするラウルを楽しそうに見ていたところドアベルが鳴り、カリンとリコがリチャードを伴って帰ってきた。
「ただいまー。ん? なにその殺すセーターもどき」
「殺すことが出来なくなった、セーター」
それぞれのただいまの挨拶が酷い。
「これは何かを殺せるセーターなのか? ずいぶん物騒だな」
「いや、リチャード氏。これはね……」
リコがリチャードに、このセーターの解説を始めると、ふむふむと興味深そうにうなずいて、ラウルをちらりと見る。
「ラウル?」
「は、はいっ!」
「なんですか……その返事は……」
「いや、ちょっと考え事してたから……」
考え事と言うか妄想でしょう、とにやりと笑う。
「ねぇ、アオ、ちゃんと着てみてよ。このセーター」
「は? 嫌だよ。お断りだよ」
「お断りなの!?」
着てみてというカリンの言葉に、お断りの言葉に即反応を見せたラウルへの周りの反応は微笑ましいものだった。
ラウルだからね、という顔でいつも通り平常運転で見守っている。
「えっと、ちょっと自分には大人っぽ過ぎますし……、背中が丸見えになってしまうので、さすがに」
「そっか……」
非常に残念そうな顔をしながらも、比較的簡単に引き下がるラウルは珍しい。
「なによ、今日はちょっと引くのが早いわね。まぁいいや。このセーターある程度流行ると思うんだけれどなー」
「流行るとは思うけど、もうちょっと上流階級のわがままボディーのお姉さんから攻めた方が、私は良いと思うわ」
レノワールとカリンは、このセーターがある程度は売れると踏んだのか、商談ではないが売るための戦略を立て始め、話しながら二階に向かって行ってしまった。
「あ、この焼き菓子美味しいやつ、食べてもいい?」
「もちろんだよ。リコとリチャードさんもお茶でいいですか?」
「いただこう」
はい、ではちょっと待っててくださいね、と返事をしてアイオライトは厨房にカップを取りに向かうと、その後ろをラウルが付いてきた。
「あの、さ、アオ」
「んー? なんです?」
「さっきの、セーターの話だけど……」
「はい」
「今度、俺と二人きりの時に、ちゃんと着てみてくれない?」
!?!?
ラウルが何を言うのかと思えば、このセーターを正確に着ろと!?
アイオライトは、背中全開の物凄く短いニットワンピースを着ている自分を思い浮かべると、妙に恥ずかしい気持ちになってしまった。
「だめ、です」
「本当に、だめ?」
「ダメというか、無理です! 恥ずかしすぎて死んでしまいます!」
「さすが何かを殺せる服!!」
「なにいい感じにまとめてるんですか……」
絶対に着ないぞ、と思いながらカップを準備してリコとリチャードの元へ向かおうと歩き出したその横で、ラウルが小さく囁く。
「でも、そのうち、ね?」
そんな顔でお願いされても困る、とアイオライトは思う。
もう少し大人になったら……、着てもいいです。
アイオライトは小さくつぶやく。
その呟きが耳に届いたのか。
楽しみにしてるね。とラウルは幸せそうに破顔した。
リコとリチャードにお茶を出した後、そのままアイオライトは夕飯の準備にもう一度厨房に戻ったが、ラウルは書類を書くために、店のテーブルに残った。
鼻歌交じりで大変機嫌がよさそうだ。
「あ、その顔は、あの服を着てもらうの了承を得た顔ですね。良かった良かった」
「顔で分かっちゃう、リチャード氏。凄い」
いつになるのかは、ちょっとわからないが主の機嫌がいいならまぁいいでしょう。
リチャードはその顔を見て、二人の仲が少しだけ進展しているのを感じ安心するのであった。