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海辺の出来事

本編「呼び名」の中の海辺でのアイオライトとラウルのお話です。

「わわ、手がふやけてきちゃったから、自分先に上がってますね」


 長く海にいたせいか、手がふやけてシワシワになったからとアイオライトが、砂浜に向かってひらひらと泳いでいく。


「アイオライト、一人はだめだ」


 ベルツァの海は今観光シーズン真っ盛りであり、観光客が多い。どちらかといえば男性客の方が比率的には多めである。そんな中に、水着のアイオライトを一人で放り出すなど、ラウルに出来るわけがない。

 急いでアイオライトを追いかけて一緒に陸まで向かう。


「平気ですよ」

「ほら、水着は露出が……」

「この水着、露出少な目だから結構安心ですよね。お腹がちらっと見えちゃいますけど」


 ラウルはちらりと横を泳ぐアイオライトを見る。

 正面から見れば、確かに露出は少なめだが、ラウルの今見ている背中側の露出が思ったよりも広い。首筋から腰までがほぼ肌が見えている。


「リコとかカリンちゃんみたいに、大人っぽかったらカッコイイ水着も着れたんでしょうけれど、自分はあまり大人体系じゃないので、これが精いっぱいですけどね」

「いや、充分魅力的だから……」

「そんなお世辞言っても何も出ませんよー」


 砂浜に上がると、波打ち際でアイオライトがぺたりと座り込んで、砂を集め始めた。


「形を固定するものがないとなかなか難しいですね」

「何を作るつもりなの?」

「特に決めてないですけど、山を作ってトンネルを作るとかしたいです」

「じゃぁ、砂をもう少し足した方が良いかな」


 ラウルが砂を掘り起こし、山を作っていく。その横でアイオライトがペタペタと土を固める。


「こんなもんでいいですかね。じゃぁ、トンネル掘りますよ! ラウルさんはそちら側から掘ってくださいね」

「俺も?」

「はい! ここまで先に掘った方が勝ちです! よーい、どん!」


 急に決められた勝負だが、ラウルも仕掛けられた勝負なら受けて立つというものだ。


「負けないよ」

「自分も負けません!」


 このような砂遊びは今までしたことがなかったが、思ったよりも面白い。今度はさらに大きな山を作って遊ぶのもいいかもしれない。


 しばらくすると、ラウルとアイオライトの指先とが軽く触れトンネルが出来上がる。


「よっし! 俺の勝ち!」

「悔しいです!」


 そういって山の向こうから砂まみれのアイオライトが、四つん這いで移動しながらラウルのそばに寄ってくる。


「やっぱり、リーチの差がありすぎますね」


 ラウルの腕を取ってアイオライトは自分の腕の長さと比べている。

 身体が密着するほど近くで改めて目にすると、すらりと伸びる手足も、腰も細い。

 いつもに増して、ラウルの目に映るアイオライトのすべてが眩しすぎた


 そうだ!上着を着ればまだましだろうか。


 そう思ったラウルは、荷物番と化しているリチャードとフィン、レノワールのそばに走る。


 アイオライトが来ていた服は濡れてしまうし、かといって誰かの服は着せたくないので、自分の着ていたシャツを手に持ち、すぐにアイオライトのそばに走り戻る。


「独占欲強し」


 というレノワールの声が聞こえるほどの余裕は、今のラウルにはない。


「ラウルさん、どうされたんですか?」

「ひ、日焼けしちゃうから、上着とか着た方がいいと思う。これよかったら……」


 ラウルは自分が凝視できないからとは言えないので、苦肉の言い訳を並べてシャツを渡す。


「でもこれラウルさんの上着ですよね。濡れちゃうかもしれないですけど」

「大丈夫、何枚かあるから」

「ちょっとひりひりしてきた気がするので、ではありがたくお借りしますね」


 そう言ってアイオライトはシャツを受け取り、水着の上から直接羽織る。


 アイオライトは上着の袖を捲りながら、ラウルをチラリと見上げ、


「さすがにちょっと大きいですね」


 とふわりと笑った。


「っっ……」


 なんだ、自分のシャツを、アイオライトが着ているだけなのに!

 シャツが少しだけ水分を含んで、ラウルには意図せず煽情的に見えてしまう。


「ラウルさん? 大丈夫ですか? ちょっと顔が赤いですけど」


 そっとアイオライトがラウルのおでこに手を当てて、下から覗き込むようにして熱を測るが、その角度も今のラウルには刺激が強すぎた。


「大丈夫。あとシャツはボタンは全部留めた方が、肩とか日焼けしにくいよ」

「そうなんですか? じゃぁ留めときますね」


 と、シャツのボタンを全部留めたら留めたで、今度は羽織ったシャツの裾からすらりと伸びる足に目が行ってしまう。


 自分のシャツを着てはじけるような笑顔を向ける、アイオライトの破壊力、半端ない……。可愛すぎる。


 その姿を目に焼き付けたいが、ラウルは天を一度仰いでから一旦気持ちを落ち着けて、立ち上がる。


「タオル、貰ってくる。やっぱり海水拭いておきたいし。アイオライトのも取ってくる」

「いいんですか? 一緒に行きましょうか?」


 こんな状態のアイオライトを、誰かの目に晒すわけにはいかないので、ラウルはそこに座っていてと告げて急ぎ大判のタオルを取りに戻る。


 リチャードとフィンとレノワールが何か言いたそうな顔をしていたが、碌でもなさそうな顔だったので、ラウルはタオルだけを取ってアイオライトの元にすぐに戻った。


「はい。腰に巻いてたら海水もそのうち吸い取ってくれるよ」

「なんか全身白くなっちゃいましたね」


 自分のシャツを着て、白いタオルを腰に巻いた状態でアイオライトはまた砂の山を作り始める。

 ラウルも、なんとか正面からアイオライトを見ることが出来て一安心である。


「そう言えば、朝食べたお饅頭美味しかったんですよ」

「そうなの? 俺食べてないんだよね」

「いくつか自分で食べる用に買ってあるので、帰りにでも食べますか?」

「いいの? ありがとう。楽しみだな」


 ボタンは全部留めてあるが、ラウルのシャツではアイオライトには大きすぎるのか、鎖骨がちらちらと見える。


「まだ敵がいたとは……」

「敵ですか?」

「なんでもない」


「やっぱりラウルさんのシャツは大きいですね! 他の人のは……」

「え? 待って。他の人のシャツも着たことがあるの?」

「母の服でも、こんなに丈が長くならないんで」

「アイオライトの母上の服ね……」

「です!」


 そう言って笑うアイオライトを見ると、焦ると言うか誰にも見せたくない気持ちでいっぱいになる。


「男の人のは、俺だけにしておいてね」


 そう言ってようやく乾いてきたアイオライトの髪をさらりと撫でる。


「いやいや、今回だけ特別ですよ。あの、ラウルさん、頭を撫でるの好きなんですか?」

「ごめん、丁度いい高さで撫でやすいと言うか……」


 つい撫でたくなるとも言えず、言葉を濁す。


「あんまり他の女の子にすると勘違いしちゃうかもしれないですから、気を付けた方がいいですよ?」

「アイオライトは? 勘違いするの?」

「自分はラウルの友達ですから、大丈夫です!」


 自信満々に拳を握るアイオライトについ笑ってしまう。


「勘違いしてくれたら、嬉しいんだけどね」

「あはは、冗談ばっかり!」


 バンバンとラウルの背中をたたいてアイオライトが笑う。

 その笑顔につられて、ラウルも笑う。


「しかしロジャーさん、二人相手に大変そうですね」

「いいんだよ。あいつはあの二人みたいなちょっと年上っぽい人が好きだし」

「おぉ。あの可愛い顔に似合わず年上好みとは。でも自分たちは皆さんの一つ年下ですよ?」

「見た目が年上なら問題ないっぽいよ。アイオライトはどういう人が好みなの?」

「自分ですか? そうですね」


 とても、とても小さな声がさざ波と共にラウルの耳に届く。


「ラウルさんですかね……」


 もう一度聞き返そうとしたラウルの声をかき消すように、帰る時間が近づいてきたのかリチャードが声をかけてきた。


「そろそろ帰る準備始めてくれ」

「はーい! リチャード先生!」

「よろしい。アイオライト君」


 周りにいる男性観光客威嚇の為、レノワールのいる方へアイオライトの手を引いて、ラウルは歩く。


「アイオライト、さっきの好みの人の話だけど」

「内緒です!」


 そう言って少し早歩きで進んでいこうとする。


「待って」

「内緒ったら内緒です!」


 呼び止めると、ラウルを仰ぎ見るアイオライトの頬の赤さに、鼓動が早くなる。

 ラウルはとにかく内緒のその続きを聞きたくて、手を強く握る。


「え? もう帰る時間? もう少し遊びたい!」

「明日は仕事だからさ、ゴメンね。リコ。カリンちゃん」


 あとから来たリコの我儘を聞いて、アイオライトの手がラウルから離れていってしまった。

 その手のぬくもりが、あの日腕に抱いていたものと同じだと思うと、愛おしさがこみあげてくる。


「俺も大概だな」


「ラウルさん、早く!」

「今行くよ。アイオライト」


 楽しい温泉旅行はこれで終わだが、帰路に向かうラウルの気持ちは何となく明るい。

番外編でもヘタレに書いてごめんよ、ラウル、と思いながら書いてました。

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