アオハル
本編、土産と紅茶と頬の朱色と。の後。
ラウルとリチャードのお話です。
「おい、ラウル」
「……」
「ラウル!」
「……」
「ラウル様」
ハッとしてラウルが顔を上げた。
「その、すまなかった、リチャード。迷惑かけてしまったな」
「良いのです。ラウル様」
ほんの少しの主従の会話の後、すぐに友人のそれに戻る。
「なぁ、なんで教えてくれなかったんだよ」
「何を?」
「アイオライトが女の子だったことだよ。お前知ってたんだろ」
リチャードは、さてどうしたものかと考えたが、あえて言うことにした。
「知っていた、はおかしいだろう? 彼女は元々女性じゃないか。私はずっと女性として接していたよ」
「いやぁ、だってさー」
いやもだってもないだろうに、と呆れてため息が出てしまう。
「何故ラウルはアイオライトが青年だと思っていたんだ?」
ずっと不思議に思っていたことを、リチャードはこの際聞くことにした。
「え? うーん。初めて金の林檎亭に入った時にさ、いつもの青い服を着てて、あの口調で話しかけられたら、そりゃぁ男の子だって思わない?」
「その時は思うかもしれないが、もう半年も通っているだろう。聞くタイミングだってあったんじゃないか?」
「待て待て、フツー聞く? 君、女の子? って聞いちゃう?」
「……まぁ、聞かないよな」
「だろ? それに、仲良くなってきたのだって最近だし。休みの日に会えたのだってこの前の噴水公園が初めてだし」
「は?」
「はっ?ってなんだよ。別にまだ友達でも何でもないし?」
「あ?」
「だからなんなんだよ」
「いや、別に何も言ってないだろ」
真面目な顔をして美形二人、何を話しているのか気になる人は多いだろうが、聞こえない方がいいような会話を繰り広げている。
「じゃぁ、いつからラウルはアイオライトを好きになったんだ?」
「ごほっ」
何も食べていないはずなのに、ラウルから喉にものを詰まらせたような声が聞こえた。
「なんだよ。急に好きとかって。今日女の子だって知ったばっかりだし……」
と言いつつ目が泳いでいる。
「ちょっと男にしては可愛い過ぎるなとは、思ってはいたけど……」
小さくポツリと口をつく。
あぁ、そう言えば、可愛いとか弟にしたいとか言っていたな、とリチャードは思い出す。
「男とか女とか関係なしに、アイオライトの事は好ましいとは思ってたし……、あれだよ、あれ! そう、まだ、好きとかそんなんじゃないよ」
ごにょごにょと喋るラウルは、火照って赤く染まった顔を見られないようにだろうか、急ぎ足でリチャードの前に出たが、真っ赤な顔と耳は後ろのリチャードからもはっきり見て取れる。
「まだ、ね。じゃぁ、いずれそうなるなるのかな」
「え? なに?」
前を歩くラウルにはリチャードの声が聞こえなかったようだ。
「なんでもないよ」
今は言わなかったことにする。
だが、ラウルがアイオライトに惹かれていることは間違いではないだろうと確信する。
「まぁ、それは追々な。あと、さっきはなんで急に意識を失ったんだ? そんなにショックだったか?」
「あ……それは」
言っていいものか。ラウルは考える。
「ショックというか、まぁ、そう言っちゃぁそうなんだけど」
「なんだ、歯切れが悪いな」
あ~、う~、と唸りに唸って一人で何かを思案していたが、ついに言葉を発した。
「(支えた身体が)柔らかかったんだけど、(ちらっと見えた胸が)さらに柔らかそうだったんだよ!」
何が柔らかくて、どこが柔らかそうなのかは、口にしないつもりか。
リチャードは、先ほどラウルが倒れた時のことを思い出す。
「腰を抱いて倒れるのを支えた、あのラッキースケベの時か」
「そう、その時……おいこら」
「夜会では、沢山女を抱いているだろう?」
夜会で踊る時はさすがに身体をを密着せざるを得ない。だがしかし!
「誤解を招くから、その言い方やめろ」
ラウルとリチャード、二人だけの会話だが、誰かに聞かれたら、確かにおかしな誤解を受けること間違いなしだろう。
「だが、実際舞踏会や夜会では沢山のお嬢様方と踊るだろう。その時には身体を支えるために身体を密着させる。自然と、たわわに実る甘そうな果実が目の前に差し出されるじゃないか」
「ホント、言い方だぞ。お前」
「なんだ、はっきり言ったほうがいいか?」
「ケッコウデス」
無表情で片言で拒否を表すが、リチャードにさらにたたみかける。
「まぁ、そのお嬢様方に比べたら、アイオライトはその、言っては何だが、慎ましやかに見えるが?ラウルが倒れるほど我儘なものを実は隠し持っているのか?」
「いや、小ぶりだけど手に……わ、わ。ちがっ!だからー!言い方!」
「そうか。あの青い服の下には……」
「わーわーわー!!」
青春真っ只中、さらに真っ盛りの男子の会話である。
実際まだ二人とも成人したばかりの青年である。
「もう勘弁してくれよ」
「すまない。ちょっとラウルの反応が面白すぎて、つい」
ちょっと遊びすぎたとリチャードは一応反省して謝る。
怒っているのか、恥ずかしがっているのかわからないほど顔を赤くしてしまったラウルに、リチャードは本当に申し訳けないと思いはするが、しかい面白いものは仕方ないのだ。
「悪かったって」
「許す、でも、あんまりからかうなよ」
「だが、それは約束できない」
「なんでー!」
今リチャードと二人で歩いているラウルは、『今この時』はただの青年だ。
近い将来、彼はその恋心に気がつくだろうが、どんな状態になるのか面白そうだ。
王位は長兄が継ぐことが決まっている。
次兄も次期魔法省のトップに立つ。
ラウル本人は次期騎士団長だ。
しかし、彼はこの国の王位継承は三位でもある。
おいそれとただの町娘と恋が出来るような身分ではない。
ラウルがアイオライトに本気で恋をしたなら……。本気で添い遂げたいと望んだならば、リチャードは必ずやその本懐を遂げる事ができるように何をおいても手を尽くすつもりだ。
「まずは、自分の気持ちに気が付くことから始めてくれよ」
「俺の気持ち?」
「そう、ラウルの気持ち」
面白がってばかりではいられないかもしれないが、この昔馴染で、乳姉妹で、自分の主の幸せを。
必ずや。リチャードはそう思わずにはいられなかった。