1話 目に見える世界、その輝きが変わった日
「……」
無心に画面をスライドしていた。
顔の左側に、エアコンの風が当たって気持ちいい。
動画をクリックして、スキップしまくって、時にはコメントを読む。
そしてまた、他の動画を探すために画面をスライドする。
そんな作業を続けていたら、体が重くなった気がした。
「いやー、てかめんどくせぇな」
だけど、やめない。
自分が見たかった動画を見つけるまで、俺は。
フォンが引っ越した後、ユーチューブ巡りは俺の日課になっていた。
夏休みだから、やることがないというのもある。
宿題は日記と読書感想文と合計60ページのワークだけだったし、それらはすぐに終わらせた。
まだ小学4年生だから、宿題が簡単だという理由もあるのかもしれない。
俺の場合は少し違って、解答写し。
フォンいわく、解答を写しても大丈夫らしい。
簡単だからなのと、悩む時間がめんどくさいからの理由。
「それだと何も勉強できなくない?」
そう聞いたけど、違うみたいだ。
「いや、だから小4の問題は簡単じゃん。質問に答える問題ばっかだし。記述問題も少ないの。答え写すだけじゃなくて、なんでそうなったのか考えながら答えを写す。それとテストの前の復習をするだけで70点以上は確実に取れるから。あーそれと小学校のの成績オール3でもさ、中学の成績に響かないらしいよ。だから君は心配しないで」
“君”とか、お前とか。フォンは他人に説明するとき、偉そうな口調で言う。
だけど、なぜかな。
半信半疑で解答を写してみたけど、あんまり変わらないみたい。
フォンの言葉通り、テストで毎回70点以上取り続けることができた。
画面をスライドしながらあくびをする。
「マインクラフトってゲーム面白いから、君それをやってみて」
去年の冬だったか、そんなことをフォンに言われた。
そりゃあ、やってみたいんだけどな、肝心のマインクラフトのダウンロードには“0.99$”がいる。お金がかかる。
まぁ家族が厳しいってわけで、今こうしてネットサーフィングしてるってわけ。
クリスマスまで待てばなんとかなるかもしれないけど、まだあと3ヶ月以上ある。
仕方なく、ユーチューブでマインクラフトの面白さを体験するため、こうしてリビングで画面をスライドする今に至る。
長い間、フォンの引っ越しについて色々と考えていた。
7年前のことになってしまうけど、
なんで、引っ越すことになってしまったのか。
いや、もしかしたらフォンは引っ越すつもりがなかったのかもしれない。
そう、例えば事故とかで……
「デジャヴ……」
何年も前、俺が中三だった頃、ある本に出会った。
“ノルウェイの森”。それがあの本の題名だった。
いや、重要なのはあそこじゃない。
序盤の、主人公の大学生活の部分。
その主人公と一緒の部屋だった人がある日、大学に戻ってこないまま消えてしまう。
数日後、その人は大学をやめてしまった。主人公が分かったのは、そのことだけ。
その部分がフォンの引っ越しと重なって見えてしまった。
数学の難しい問題の解け方が閃いた時の、その感覚に似ている。
パズルのピースが繋がったように見えたのだ。
完全なる“デジャヴ”。
でもわかったのは、それだけ。
その主人公と一緒の部屋だった人が消えてしまったことと、フォンの引っ越しが重なって見えたという、そのことだけ。
あの小説の主人公がなんでその人が大学をやめてしまったのかが分からないみたいに、俺もフォンがなんで引っ越したのか、分からない。
住所とか、電話番号は聞けなかった。
そんなことを思いつかなかっただけなのか、それか単に勇気がなかっただけなのか。
いずれにせよ、俺とフォンの関係は、“引っ越し”が告げられた時点で終わったと思う。
毛布を頭に被りながら、画面をスライドする。
なんか頭がぼんやりしてきた。
でも、なんでだろう。
ずっと動画を見続けたい。そんな気持ちになる。
勉強で頭がそうなる時はやめたいって思うのにな。
ふと、ある動画が目に留まった。
「ーMinecraftーチキンサバイバル7話 ダイヤモンド探しと、その結果……???」
何これ。
サムネを見てみた。
洞窟は普通石なのに、この動画のサムネでは、床が全部ダイヤモンドブロックになっている。
加工アプリでそうなるように加工しているのだろうか。
気になって、俺はその動画を押した。
「え……?」
世界が変わった。その日から、世界は変わった。
目に見えるものの輝きの度合いが違う。
ずっと探していた動画はこれだと、俺は思う。
動画の内容は覚えていない。動画は確か、消されている。
でも、その時に湧き上がった感情はまだ鮮明に覚えている。
なんだこれ。こんなに面白い動画は見たことない。
この日からだ、俺がゲームの世界にハマってしまったのは。