16話 彷徨
夜道を歩いていた。
どうなんだろう。
アパートの階段で、朝が来るまで待つということも考えていた。
オッケー俺がアパートの住人だとして、考えてみるね。
私は会社の関係で正月だけど、4日に会社に行くことになっている。
仕事の鞄を右手に、ゴミ袋を左手に持って、ドアを開けた。
2階だから、階段をいつも使ってるんだ。
え、階段に寝ている子供がいる?
しかも見た目が10歳くらいの、若い子供だ。
大変だ! なんとかしないと!
目を閉じて、俺は他の可能性をも考えてみた。
俺は寝ていた。
そして突然話し声が聞こえてきたのだ。
「えー! 何これ。男の子?」
目を開ける。
目の前には俺の母さんと同じくらいの年齢の女の人と、俺と同じくらいの、女の子が立っていた。
心配そうに俺を、見ている。
好奇心をも混じった、心配そうな瞳で。
アパートで夜を過ごすのはやめとこ。
「レイあのさ、そう言えばね、マークさんに言われた」
「何を?」
「ボーイフレンドいるの?って」
「ちょっと母さんのためにさ、アパートの下のポストを確認しに行ってくれない?」
「はーい」
➖ガチャリ。
「え……」
たった今、鍵がかかった時の音してなかった?
ドアを開けようと取っ手を回す。
開かない。
インターホンを鳴らしてみた。
ドアが、開かない。
インターホンを鳴らしてみる。1回目。
15秒待って、もう一回鳴らす。2回目。
ドアが開かないので、もう一回試してみた。
連打した。インターホンを。
連打連打、連打。
ドアは、開かなかった。
なんで俺が母さんに家を追い出されたのか、心当たりはあると思う。
あれだ、父さんに母さんのボイフレのことを話したからだ。
「なんで俺は、話したんだっけ」
俺が英語を話せるようになるため、父さんは俺と積極的に英語で会話した。
間違ってるとこがあれば、正しい方を教えてくれて。
何か前の前に物があったら、それを英語でなんていうのか、教えてくれる。
俺と父さんは、仲良くなったと思う。
「She has a boy friend」
「Really?」
父さんは一瞬驚いたような顔をしたあと、俺にこう聞き返した。
「Yes」
もう一回、俺が言った言葉を、父さんが繰り返した。
「She has a boyfriend……」
「なんで、俺は、言ったんだ……?」
記憶力に自信はある。
なのに、なんで俺は父さんにそう言ったのか、覚えてない。
成り行き? 俺はそういう言葉は嫌いだってんのによ。
我慢できずに、俺は走った。
目指す場所はない。
周りの景色に目を通す。
道を覚える時は景色も一緒に覚えた方が、記憶に残りやすい。
俺は全速力で走った。
車に跳ね飛ばされるんだっけ?
大丈夫! 大丈夫だよー
問題ないんだよね! そうだねーうんうん!
走るのって、楽しいな!
俺は走るの好きだ〜
何かを殴りたいような、そんな気持ちを足に移すようにして、地面を蹴りながら走った。
疲れたから、走るのをやめて歩いた。
酸素を肺に満たすため、口を開けたまま呼吸しながら歩く。
どこで寝ればいいんだろう。
警察行こっかな。
交番?
あのね、あのね、僕ね、ママに、家を追い出されたの!
それでね、家の中に入れないんだー
助けて!
こういう感じかな。
でも、どうなるんだろう。
子供ってのは、すごいよな。
試しに、俺が何か硬いものを見つけて、それを自分の腕にぶつける。
足にぶつけたり、ももの部分にぶつけたりする。
何か嫌なことを思い出して、それで泣く。
それでね、交番に行くんだ〜。
どうなるんだろうー楽しみー。
今から、交番に行ってみよう。
「………………」
結局、行かなかった。
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何年後かになって俺は気づく。
なんであの頃の俺は、交番に行かなかったのか、その理由。
自分の居場所を失うのが、怖かったからだ。
そしてまた、無意識に、ただただ無意識に。
当時はただ、めんどくさいと思ってただけだった。
でも、そのめんどくさいという意識の片隅にあれはあったんだ。
小さく、ほんの少し。自分でも気づかないうちに。
それに気づいて俺はまた泣く。
あの頃の俺はただの、子供だった。
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寝るのに適した公園を見つけた。
滑り台が一つ、ブランコが3つだけある小さな公園。
滑り台の左側には大きい木があって、ベンチがその木に隠されるように設置されている。
誰にも見つからないように隠れるにはもってこいの場所だ。
「俺は男だからな、悪いやつに襲われる心配はないし……」
今夜はここで眠ろう。
寝れなかった。
まただ。
最近俺はよく寝れない。
指を適当に動かして、何かのリズムを作る。
ありもしない、別の並行世界のことを考え始めた。
幸せというシャボン玉に囲まれている、すごく優しい、綺麗な世界。
そんな世界を俺は眠くなるまで、想像し続けた。




