14話 契機
『契機』とは“それを欠いては事物が存在できないような要素”という意味を持っています。
ユーチューブを見ながら俺は、冬休み前のことを思い出した。
これがきっかけで今の俺がいるのだろうか。
いや、きっかけなんてないのかもしれない。
何もしなくても、いずれはそうなった。俺はそう思う。
きっかけなんてものはない。
成り行きなんだ、全ては、きっと。
全ては、周りの環境ー♡
どうだろうね。
毎日午前1時から何時間漫画を読むのか俺は決めている。
マークさん…いや、父さんと呼ぼう。
父さんと母さんが何時くらいにトイレに行くのは、徹夜で起きてるおかげで分かっている。
俺がトイレから出るのはその30分前だ。
もし漫画を読んでいる途中にドアが開けられそうになったら入っているって言えばいい。
そう、そこはすごく心地いい空間。
そこから戻ったら俺はぐっすり眠れるんだもん。
「あーレイ? ちょっとこれ見て」
「……あ、うん」
「はいって言え」
「はい」
「……」母さんはこれが嫌いらしい。自分が無視されている気分になるみたい。
俺は一回これやって、怒られたことがあった。
「うん」もダメそう。
毎回俺は「はい」って言わなきゃいけない。
うん?うん?うん?
これって俺が悪いよな。
そうだよな。うん、多分そう。あーそうだよね。
目の前に青いボックスが差し出された。
「これ?なんか〇〇ゼミのなんていうのか忘れた」
「は、はい」
「母さんは塾の送り迎えをするのめんどくさいから。これってね、家で勉強できる。好きな時に勉強すればいい」
へぇー。
送り迎えめんどくさいかー、そうなんだー。
慣れた。
もう慣れた。
家事とか、マークさんがやってるし。
俺はどうやら母さんが嫌いらしい。
そんな俺を殴り殺してぇな、あはは。
冬休み前のあれを思い出した、動画の見ながら。
俺は4日連続宿題を出さなかった。
うん?待って、どうしてこういう風になった。
なんでだろう。
俺が学校から帰る。
家に帰ったら母さんが友達と話していた。
笑い声。笑い声。笑い声。話し声。笑い声。
頭が痛い。痒い。
風呂。なにこれ、痛い。
iPadで動画見てたら怒られた。仕方なくテレビ。
寝る。なんつって午前1時を待つ。
漫画を読む。
宿題は?
あ、忘れた。
何でだろう。
それで4日も宿題を出さないなんて。
なんでだろうね。
本当になんでだろうね。
ただね、気持ちよかったんだ。
何も考えなくていいって思ったんだ。
学校の授業はね、簡単だから♡
それでね、家に帰ったら寝るだけなの。
宿題はやらなくていいの。
少しだけど、痛いのが和らいだんだ。
気づいたら、4日が経ったんだ、てへへ。
それでいいわけないだろうが。
俺を見る時の、みんなの視線。
思い出したくない、先生に、冬休み明けに全部提出しますと言った。
俺のことが好きだという、花梨はどう思ったんだろう。
俺は思う。
全ては成り行きだって。
しょうがねぇもんな。
しょうがない。
しょうがないよ、きっと。
「そんなわけないじゃん……」
閉めたドアにもたれかかる。
床に座った。
俺は知ってる。
小学校は義務教育だから、宿題を出さなくても、進級できる。
小さい頃から言われたんだ。
「静かだね」って。「落ち着いてるね」って。「物知りだね」って。
褒め言葉?
「そうなのかなぁ、それ」
泣いた。ただただ、泣いた。
午前1時を待つときじゃないみたいに、声に出して。
環境のせいにしちゃダメだよ。
もう一人の自分が言う。
そうだね。そうだね。そうだもん。
俺はまだ四年生、10歳。
殴った。自分を。
右手で、俺の頬を。
お前は悪い人だって笑。
痛いな。ちゃんと痛い。
頭のあの痛みより、痛くない。全然痛くない。
多分これがきっかけだった。
そうかもしれないし、成り行きだったのかもしれない。
だけどそうならないと、今の俺はいない。
もし、普通の家庭に生まれたら俺はどういう人生を過ごすのか。
たしかに今の俺はいないのかもしれないな。
でもさ、時々考えるんだ。
そういう世界線があったらどんなによかったんだろうって。
俺自身が記憶を忘れてもいい。
ただ、その世界線で生きることになれば、それだけでいいんだよ。
「あの日の出来事がきっかけだったってさ」
俺はそういう思わせぶりな発言が嫌いだ。




