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13話 俺にはこの暗がりが心地よかった

あと書きだと余韻が消えるので先に話します。

タイトルも今回、俺の好きな小説です。『グッド・バイ』と迷いました。


 横に移動するボタンを押して、俺はTNTを設置するために画面を連打する。

 やっているゲームはもちろんマイクラ。

 時に上に移動したり、時に下に移動したり。ただただ無心で、村の家の周りにTNTを満遍なく設置した。


 『火打石と打ち金』というアイテムを使って、TNTを起動する。

 シューッという音がして、爆発が起こった。

 爆発の威力でTNTはあちこちに飛んで、爆発音が響き渡る。

 目を閉じて耳を澄ませた。


 俺には、それが心地よかった。 

 心地いいんだ。

 ビニール袋に手を伸ばしたて掴む時の、あれに似た音が数十回、数百回と連続で鳴る。

 目を開けた。

 TNTが爆発したあとの村はまるで廃墟のようで、家と呼べる家はなく、石ブロックが所々顔を出した。


 ワールドを作ってコマンドで村を探す。そして村を爆発させる。

 俺はその作業を4時間も繰り返していた。

 体は疲れているけど頭は妙に冴える。ゲームを長時間やる時のお馴染みの感覚だった。


 なんでそういうことをやっていたのか、何年後かに俺は知ることになる。

 破壊衝動。本で読んで、それが出てきた。

 無意識にやっていたって、俺は。

 ただただ無意識に。ゲームの世界とは言え、俺はそんなことをやっていたのか。

 色んなものを破壊して、破壊し尽くす。

 そんなちっぽけな自分が嫌になって、俺は泣きそうになった。


 マイクラがいつの間にかつまんないゲームのように思えた。

 ユーチューブで見るのはいい。でも、遊ぶのは嫌だ。

 暗い気分になっているのに、洞窟探検をしてってのか。ずっと同じ作業をしてってのか。

 余裕がなければ、ゲームはつまらない。マイクラじゃなくて、どこのゲームも同じだと思う。

 ゲームは余裕がある時にやるもの。

 じゃあ、俺はどうなんだ?時間余ってんじゃん?冬休みだから。

 なのに、なのに、マイクラがつまらない。

 世界は色褪せてきたのだろうか。

 分からない。


 お母様は毎日午前の1時まで〇〇と話す。

 声がマークさんに聞かれるからって、俺の部屋の隣で。夜だから声を潜めて。

 耳を塞ぎたい。塞いだ。

 聞こえる声、そして笑い声。声が、聞きたくないのに俺の頭の中に。


 母さんは俺にバレているだと知っているらしい。

 一回「父さんに言わないでね」と固有名詞を避けて言われたことがあった。

 子供の前で話すことに躊躇がないのか。俺が寝ていると思ったのか。

 あーあーあー。

 冬だからエアコンはつけられない。つけたら母さんに怒られるし、は?

 布団を頭に被る。声が聞こえないように、布団の中に深く潜る。


 あの日から俺は、母さんの笑い声が嫌いになった。

 リビングにいて、普通の友達と話していて、笑っている声も嫌い。

 笑っている声が嫌いなんだよ。

 俺の笑い方はなぜ、母さんに似たんだろうか。

 ずっと傍にいて、笑い声を聞いてきたからだろうか。

 ”あはは“という笑い方で、俺も笑っている、無意識に。

 引き笑いだったらいいのにな。“ヒヒヒ”だったらいいのにな。


 俺自身も笑うこと嫌いになった。

 滅多に人前で俺の歯を見せない。

 随分後の、新型ウィルスで世界中がマスクをつけるまで俺は、歯を見せないよう意識をした。

 笑ったとしても、声を押し殺して。

 俺の笑いを見た人が何か、嫌な気分になるとかそういうものではないのに。


 母さんの笑い声が嫌い。

 リビングで聞くと頭が痛くなってくる。

 風邪になった時の頭痛じゃなくて、軽い痛み。

 でも頭の中の深いところに起きてどれだけ痒くて掻きたくても、手で掻くことはできない。

 すげぇな(わらい)


 人が笑っているというのも嫌いになったりする。

 俺の正面で笑うのはいい。何で笑っているのかが分かるから。

 でも何か声がして、それで笑い声がするとそっちの方を向いてしまう。

 自分のことを笑っているのか。笑っていないよな。

 今俺がいる場所のは駅だし、俺遠いとこにいるもん。


 笑うのは人の自由なのにさ、それで怒っている俺が憎い。


 午前1時、お母様はリビングの明かりを消して、部屋に戻って寝たのです。

 本棚から漫画を取り出す。俺が持っているのは、ドラ○もんだけ。

 小さい頃から本をあまり読まなかった、それと漫画も。

 だから俺が持っている漫画はドラ○もんだけ。

 じいちゃんが買ってくれたドラ○もんセットは40巻もある。

 本棚から漫画を数巻取り出して、トイレに入った。

 そのままトイレに籠った。


 必死の思いで、必死に文字と絵を目で追う。

 なんでトイレなのかな。

 分からないよ。なんでなんだろう。

 ただ、俺にはこの暗がりが心地よかった。それだけの話。


 何年後かになって俺は気づく。

 俺がトイレで必死に目で追って縋っていたもの。

 それには、理想な世界。幻想的な世界。全ての全ての優しい、綺麗なものがその世界にあった。

 理想の家族、貧しいけど普通の家族。理想の交友関係。自分のことを想ってくれる大切な青い友達。

 俺は無意識にその綺麗で、優しい世界に縋っていたのだ。

 子供だから分からないけど、俺はただ無意識に。

 その世界の中に入りたかったんだ。

 その事実に気づいて俺は、泣き崩れた。


 あの頃、ドラ○もんを読んでいる時だけ俺は、現実のことを忘れることができた。


 おかしいな。


 毎晩、午前1時が来るのが待ち遠しかった。

 待ち遠し過ぎて、意味不明の“午前1時の歌”を作ったりした。


 その頃毎晩、いや毎晩じゃないほどかもしれない。

 少年は、声も出さず、表情にも出さず、体にも出さず。

 どこから来たか分からない、感情のこもっているかのような、ないような涙を流す。

 数滴だけ、ほんの数滴だけ。

 それ以上は泣かなかった。


 すぐそこで理想な世界が待ってるもん。

 午前1時。

 少年はまた暗がりを求めに、トイレに入るよ。

 そこが心地いいもの。

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― 新着の感想 ―
[良い点] めっちゃリアル。 現実逃避したい気持ちがよく伝わってきた。 最初ゲームの話していたのに、最後は話が変わっていてすごい。 [一言] 嫌いなお母さんの笑い声が自分と一緒なのはつらいなと思った。…
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