11話 心做し
「母さんと運動会、どっちの方が大事なの?」
水がぼたぼたと、落ちる音。
数日前、俺はオレンジジュースをこぼした。
俺がオレンジジュースパックの下の方を持ちすぎていたから、それで重心が傾いて。
「は?何やってるんだよ』
母さんはそういう。
ゲームがをやりすぎて母さんに取り上げられたときのことを、なぜか俺は思い出した。
目の前が暗くなって、ジュースを吸ったズボンが重く感じる。
俺はその時の感覚を、思い出した。
母さんは俺が運動会の日に、学校に登校する写真を撮りたいらしい。
運動会の日だから、テンションを上げすぎたかもしれない。
それがいけなかった。俺が悪い、そう思う。
「母さん、なんで化粧とかしてるの? 運動会の日なら、普通の服でいいじゃん』
「運動会だから、化粧するんでしょ?」
「え、意味わかんない」
「だから、化粧するんだよ」
アパートの前に立っていた。
「はい、チーズ」
「レイ、もっと笑って」
「え? 笑ってなかった?」
「もっと、歯見せて」
「母さん、スマホ見ないで早く」
「レイが早く先行っといて」
「遅れるよ、マジで」
あは、あははは。
「玲士さんどうした?集合時間に10分も遅れてるぞ」
「あーすいません先生。俺次から気をつけます」
「頑張ろうぜ、リレー」
「そうだな」
勇己が俺に話かけて、俺は手をいいねの形にする。
今はリレーのことに集中しよう。
ピストルが鳴って、俺は走り出した。
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誠治先生の授業を聞きながら、俺は先週の運動会のことを思い出していた。
記憶というものは、こんなに忘れやすいものなのだろうか。
少なくとも俺は、運動会の各軍の、最終合計点数を覚えていなかった。
覚えているのは、自分の軍が勝ったという、その事実だけ。
「みんなこれが世界地図なんだが、これを見て何かに気づかないか?」
「「「………」」」
「はい。そこでぼーっとしてる玲士さん」
「あ、はい。俺?あーえーと、グリーンランドがなぜか他の国と比べて大きくなっているとことか?」
「よく気づいたな、それ。玲士さんありがとう! グリーンランドが大きくなっている理由はね………」
運動会で母さんは俺の写真を撮るって張り切っていたのに、ずっと、携帯をいじっていた。
俺が走る時だけ、スマホをこっちに向けていた。
マークさんは仕事で来ていない。
運動会が終わっても、母さんは他の人と喋って、帰ろうとしなかった。
「レイが先に帰って」
勇己の母さんと父さんは、二人とも来ていた。
勇己父さんは仕事を休んで、運動会を見に来たらしい。
他の親達も、自分の子供を応援していた。
俺の母さんはずっと、スマホをいじっていて、俺は何も声をかけられなかった。
「はぁ……」
この違和感はなんだろう。
運動会が終わって、一週間が経つ。
俺はこのクラスにだんだんと、馴染んできていると思う。
みんなは、俺のことを頭がいいねって言う。
フォンに、たくさんの本を読むようにと言われたからかもしれない。
グリーンランドの違和感は、「発見! 世界地図の不思議」という内容がタイトルそのまんまの本を読んでいたから。
それと、記憶力がいいからというのもある……のか?
だけど、なんで俺は運動会のことを覚えていないんだ?
なんでだろう。
俺が、覚えようとしなかったからなのか、それとも別の何か。
終鈴が鳴った。
「玲士ねぇ、一緒に帰ろうよ〜」
「いや、無理」
「ねぇ、一緒〜に! 帰ろー」
「勇己お前それしつこくない? 大体帰る方向違うっしょ?」
「途中まで行けるじゃん」
勇己はなぜか俺といつもくっついている。
「……」
「花梨ちゃんーねぇ教えて」
「え、え、何?」
「花梨ちゃんの好きな人」
そんな会話が聞こえてきた。
俺っちまだ教室にいるんだけど、あんま聞かない方がいい感じ?
「ねぇ誰ー? 教えてよー」
「レイ、レイシ君」
………………………ふぁ?
俺の好きな曲です




