10話 新天地
「趣味はユーチューブを見ることです。一年間よろしくお願いします」
そう言って、俺は頭を少し下げた。
自己紹介は無難に目立つこともないか。
担任は男の先生で、俺を窓際の席に案内した。
「……」
「どこから来たの?」
「〇〇県からだよ」
「そうなんだ。俺、稲本勇己。よろしくね」
「うん」
右斜めの、前の席の人が話しかけてくれる。
顔を見て、俺の眉は一瞬、動いたと思う。
運動ができそうな人だと顔を見て分かる。
そして、一度見たら中々忘れられないような、彫りの深い顔がそこにあった。
「なんか空手とか習ってるの?」
「え! いや少林寺拳法だけど……てかなんで分かったの!?」
「ただの勘」
そう言って俺は少し笑った。
休み時間になってたくさんの人に話しかける。
暗くて付き合いにくい人だと思われないように質問は全部返した。
めっちゃ疲れる。
「あ…そう言えば二週間後に運動会あるって」
「本当だー。玲士君は出るの?」
クラスの女子で俺に話しかけてくれる人もいる。
やばっ。今って二学期の半ばだった。やべぇ。
運動会めんどくさいじゃん。
先生はこちらの様子に気づいたようで、
「あ、もちろん玲士さんも参加するよ。運動会前日に転校してきたってわけじゃないし」
「ちょっと待って、やめろよそれ。せっかく練習してたクラスリレーのペアが崩れるじゃん」
なんとなく威圧感のある男子がそう言った。
どこの学校でもこういう人っているもんだね……。
クラスリレーは遅い順で行われるらしい。
担任の先生の名前は山田誠治という。
「タイム測るぞ」
「はい」
息を大きく吸って合図を見る。
俺は走るのが好きだ。
体の限界まで、全力を出すことは気持ちいい。
旗の合図で俺は静かに、それでも力を上げて地面を蹴った。
姿勢は背筋を伸ばして、前を向きながら。こうするといいと、小説で読んだことがあった。
「すごいな玲士さん。タイム8.5だよ。勇己さんより0.1秒遅い」
誠治先生にそう言われた。
「え!?玲士そんなにタイム早かったの?」
勇己が俺の方に駆け寄ってきた。
「走るの好きだから?」
見渡すとクラスメイトが何か話している。
「いや、俺そういう風に見えなくてさ」
「そうなんだ」
「玲士さんあのさ、よかったら選抜リレーの方に入ってもらってもいい? 玲士さんのタイムがクラスで二番目で早いから。いい?」
「はい。先生がそう言うなら」
家に帰ってきた。
iPadを手に取り、ユーチューブを開く。
ここの家は引っ越したばっかなので、家具があまり置かれていない。
買いに行ってんのか。
「……」
昨日のことを思い出す。
「あのさ。ゲームはいつも1時間ってつってんだろ」
母さんのそん時の顔を思い出した。
口調が違う。
そう言えば、母さんがどういう性格なのかまだ知らなかった。
小さい頃から、なんとなく怖そうな人だなとは思っていたけど。
「ゲームじゃなかったらいいんじゃね?」
そうやって、俺は動画を見始めた。
キャラクターラップ。
そういうのをユーチューブで調べたらたくさん出てきた。
日本語のものでは、MAD系しか検索結果に出ていない。
だから、英語のものを聞いている。
すごいかっこいいな。アニメに興味を持ったと思う。
特に、忍者のアニメ。
あの怪物と忍者のアニメはおもしろそうだ。
「ただいま」
母さんが帰ってきた。
マークさんにすごい露骨に抱きついて、猫撫で声で喋っている。
「あ、レイ。iPadのゲームやったの?」
「いや?」
「そう」
ゲームはやっていない。
「めお、めお」
日本語での、“にゃん”という猫の声を母さんは父さんに向けて放つ。
「忍者10人彼らは組織を作り…」
さっき見たラップを口ずさんでいた。
俺そろそろ部屋に帰った方がよさそう。
心の中では、何かモヤモヤしたものが残った。
金切り声。段ボールが当たった時のような、低くい音。
耳の中では、さっきの母さんの猫撫で声が蘇ってくる。
「機嫌取ってんのか、甘えてんのか……」
宿題をやるために、俺は机に向かった。




