9話 チキン伝説
エルブイの一番古い動画を見てみる。
“登録者数300人記念 エルブイのおもしろ場面”という動画。
サムネにはホラーゲームに出てくるような怖い化け物が載っていたので、大体内容が想像できた。
「怖い。いやマジで嫌なんだけど。誰か助けて」
「ふぇ!? 何今の音。怖くね?」
「ぎゃああ! 何かが俺に噛み付いてる!?」
「ヘビか。そっか」
「…………は? ヘビ!?(弾を地面に撃ちまくる)」
…………無視、ノーコメントにしよ。
古いの動画もあったから、次は人気の動画行こっかな。
動画を人気順にしてスライドにすると、ある動画が目に留まった。
“ ーチキン伝説ー 〜サバイバルするチキンのラップ〜“と書かれていた。
「ラップ?聞いたことないんだけど」
黒人の人達があれこれ歌っている姿…いや偏見かな。とにかく、それしか想像できない。
再生のボタンを押してみた。
「生まれは鶏僕は飛べない
他の鶏と違って、僕は羽の代わりに手を
世界を旅し雲の上に飛んでいく夢
全ての障害を退け世界は僕の手の中
僕は鶏なので全部が上手くいかない
家作りは下手だし迷子の癖もあるし
それでも八方には僕の友達がいるんだ
いつも僕を見てくれてこの道歩む
スケレトンとゾンビー全部乗り越えなきゃ
瀕死なりながら洞窟を探索しつくし
叫んだり途中で諦めそうになる
でも僕はめげずにそれらを踏み越える
手を空に羽を伸ばし力をもらい遠くへ飛んでゆく
月を見上げ征服しようと
ロケットを作りかぐや姫に会う
時々お前は鶏だから飛べないよと独り言
でもみんなは僕を応援してくれるから
だから僕は歩みを止めないんだ」
「すげぇ……」
”止めないんだの部分で“エコーがかかった。
なんとも言葉に出来ないような、凄さがこの曲にある。
ドラムの音がピアノと上手く組み合わさって、凄いとしか言えない。
後に分かったことなんだけど、このドラムの音の伴奏を”ビート“というらしい。
凄かった。とにかく凄い。
歌詞もちゃんとエルブイらしかったし、エルブイの声もピアノと合っていてめっちゃいい。
「…………」
全てを聞き終わって言葉を失った。
小さい頃から、こういう音楽を聴く機会なんてなかった。
じいちゃんはテレビがあるのにいつもラジオを見ていたし、ばあちゃんも特に音楽とか聞いていなかった。
ユーチューブ動画で使われていた効果音とか、最初に流れるだけの音楽しか知らない俺にとって、この曲は衝撃的すぎた。
リピートが止まらない。
エルブイは後日の動画でこう話している。
「ラップと聞くとその、ラップバトルとか大人のラップの方を思い浮かぶじゃないですか。俺はアニメとか漫画が好きなんですよ。それでユーチューブで、キャラクターのことについてラップするっていう”キャラクターラップ“の存在を知ってめっちゃ衝撃を受けて」
「まぁ、キャラクターラップを作ってるのはほとんど外国人の方なんですけどね。日本にはキャラクターの戦闘シーンとかに曲を挿入する”MAD“ってあるじゃないですか。日本ではラップがあんまり馴染み深くないので、MADのほうが流行っているらしいんですけど。このキャラクターラップの素晴らしさを皆さんに伝えるために俺のチキンサバイバルをラップにして先日投稿したって話」
エルブイがすごい物知りで驚いた。
そうなんだ。MADも聞いたことない。
世界、日本にはいろんな音楽があるんだな。
そう改めて認識した、瞬間だった。
エルブイのチャンネル出会えてよかったと思う。
そうでなければ俺はたくさんのものに出会えなかったから。
ついこの間までモードの存在や、HEXXITモードのこと、建物などの間を飛ぶパルクールなどのことを知らなかった。
だから、ネット、ユーチューブサーフィンはやめられない。
サバイバルするチキンのラップをあと数回、再生してみよう。
そして、他のキャラクターラップや、曲を聞いていこうと思う。
そう決めて、俺は再生ボタンを押そうと手を伸ばした。
違った雰囲気の話の言い訳→音楽を聞くのが好きだから。この出会いがあとの展開に欠かせないから。単に書きたかったから。以上。
曲はオリジナルです。全てフィクション。




