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8話 想い人

 引っ越し前の最終登校日、お別れ会みたいなのをやった。

 6時間目の授業の最後の15分。

 クラスの人とお別れをする。

 「一年間本当にありがとうございました!引っ越し先でも頑張ります。あと、電話番号を交換したいっていう人は俺に教えてください。電話番号を交換しよ」

 

 担任がクラスのみんなに、俺が引っ越すと言う前に、そのことを仲の良い二人の友達にだけ伝えた。

 一人目は力也(りきや)

 二人目は、今年で同じクラスになって、毎回席替えの時に席が近くなる正晴(まさはる)

 他の人には、伝えなかった。伝えることができなかった。

 なぜなのかは、分からない。


 「またな」

 「うん。力也。俺、なんかおんなじ誕生日の人って初めて出会ったよ笑」

 「俺も。めっちゃ珍しいじゃん」

 「そうだね。ベトナムでも頑張るね」

 「頑張って。電話よこせよ」

 「あぁ」

 

 ベトナム?まぁいいや。


 「俺さ、四年生で初めてできた友達、レイシなんだ」

 「それって自慢できんの?w。せめて小学校で初めてって言って。」

 「もっと早く出会えばな」

 「そうだね」

 「またね。頑張って」

 「うん」



 引っ越しを伝えられて、最初は実感がなかった。

 でも案外そういうものなのかもしれない。

 昼休みのドッジボールは思いっきり楽しんだし、給食もたくさんおかわりした。


 「またね!みんな」

 そう言って、俺は教室の中を見渡す。

 いろんな顔が、そこにはあった。

 俺があんまり喋らなかった女子達の顔は普通だった。

 まぁそうだよな。好きでもない、ただ偶然一緒のクラスになったクラスメートが引っ越すとかで、そんなに悲しまないと思う。

 情が薄い、だとは思わない。

 もし、俺がそっち側ならまぁ、別になんとも思わないだと思うしな。

 逆に、俺がいつも話かけていた男子やらの表情に様々なものが見れた。

 笑おうとして、顔が引きつっている人。

 残念そうな顔している人。

 仲良くなかったやつの顔は、普通か。

 「今までありがとう!」

 そう言って俺は教室を出た。

 後ろには、振り向かない。

 気まずかったからなのかな。それとも、1秒でも長くここにいると、また引っ越したくないと思ってしまうからなのか。

 さよなら、俺の学校、俺の地元、俺の家。

 足早に、学校を後にする。


 マークさんの雰囲気だけど、一番ぴったりな表現なら“太っているアメリカ人の番組司会者”。

 いや、実際太っているし、びったりな表現はこれしかない感じ?

 健康的な痩せ方というべきか、体が太っているけど腹がたるんでない。

 茶色の髭も少し生えていた。

 優しそうな顔立ちの人だった。

 マークさんはアメリカ人だけど、日本語が喋れた。

 結構珍しいって、日本語が喋れるアメリカ人。

 へぇ。これからこの人と仲良くしなきゃいけないのか。

 医療機器を作る会社に働いているらしい。

 旅行関係の会社に働いてるらしい母さんとはどうやって知りあってんのか。

 どうせ母さんのことだからね、(わらい)


 車の中で揺れながら考える。

 結局最後まで(しおり)の顔が見れなかった。

 二年生で初めて一緒のクラスになった。

 雪みたいな人だなと最初思った。

 肌が白くて静かな人で、恥ずかしがり屋。

 でも笑う時の顔はとてもなんとも言えないような明るい感じがして…。

 初恋の人かな?多分。


 今でもその笑った顔が忘れられない。

 一緒のクラスだったのは、二年生きりだった。

 学年に5つのクラスがあった普通に広い学校だったし、あんまり会う機会もなかったからもしれない。

 自然と気持ちが冷めてしまった。

 だけど、その顔が忘れられなかったのだ。

 思い出すと、胸が苦しくなる。

 

 まぁいい。どうせ引っ越しで全てが消える。

 またやり直せばいいだけ。

 

 彼女の仕草を真似してみた。

 腕を“V字“にする。そして肘を机、または空中につけて。

 手の方の力は少し抜く感じ。

 彼女はよくその仕草をした。

 おもしろい時、悲しい時、つまんない時。

 その時のつまんなそうな顔が忘れられなかった。

 

 家は3LDKと、少し豪華だった。

 母さんは当たり前のように中に入っていく。

 「レイなんで玄関に突っ立ってる? 早く中に入って」

 そう言われて、俺は家の中に入る。

 「呼び方はなんでもいいぞ。マークでも父さんでも。今日からよろしく」

 頭を撫でられた。

 俺は子供じゃないのに……。あれ? 10歳って子供だっけ?


 夜、今日から自分のものと言われる部屋の中で考える。

 そういや俺母さんに撫でられたことないんだっけ。

 少なくとも……一歳の頃から覚えている記憶では、俺は頭を撫でられたことがなかったと思う。

 周りには、いつもじいちゃんとばあちゃんがいて、母さんは時々しかいなかった。

 考えるだけで仕方ないよと、独り言をする。

 

 「上手く行ってくれよ」


 栞とは、これから会うこともないか。

 どうせ俺のことは忘れてしまう。

 みんなはやがて大人になっていくんだ。

 そう考えると、なぜか虚しくなってしまった。

 

 夜は長い。

 俺はまたエルブイの動画を見るために、iPadをカバンから取り出したのだった。

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