6:ハーミアの気持ち 前編
今日は、ちゃんとお店の予約もしました。
コーダルで一番の料亭『船場キッチョム』です。
ここの名物は、ささやき女将。料理を持ってくるたび、「あんさん、この娘やめときなはれ。前に他の男と来ましたえ」とか、「いいお酒ありまっせ。これならイチコロですわ」とかの無駄なささやき、いえ有益な情報を提供してくれるのです。それが無ければおいしい料理を堪能できるので、今日は女将の出番を控えてもらいました。
「今日は、急なお願いにもかかわらず、ありがとう」
「いえ、私も話をしなきゃと思っていたところなので。わざわざ来てくださり、ありがとうございます」
ハーミアも気にしていたようです。忘れられたわけじゃないと知って、王子は少しホッとしました。飲み物を頼んでしばらくすると、料理がきました。
「わあ、美味しい」
「この前のハーミアの料理も美味しかったけどね」
「いえ、そんなことないですよ」
ハーミアも褒められて満更ではない様子で、食が進みます。やはりコーダル名物の懐石料理、きれいなお皿に盛り付けられた料理は鮮やかで、癒されます。お酒も入ってほろ酔いになってきた頃、世間話もそこそこに王子は本題に入りました。
「この前は だらしなくてゴメン」
王子は頭を下げて、必死にあやまります。一度情けないイメージがつくと、覆すのは難しいです。ネットで炎上するのと同じでしょう。とにかく今は頑張って、信頼を取り戻すことに必死です。
「え、いえ。王子、頭をあげてください。別にそれは気にして無いのですが……」
あれ? 思っていた反応と違います。パトリシア様なら、ここで国王を罵倒していたことでしょう。国王夫妻の家庭内喧嘩はすさまじく、王子はそれを覚悟していたのです。ハーミアの優しさに王子は安心しつつも、意外に思いました。じゃあ何で連絡がなかったのでしょうか?
「そうなんだ。あんな失敗をしたら、軽蔑されると思ってたんだけど……」
「まあ、人それぞれですから。逆に王子が苦手なものに連れて行ってしまい、すみません」
やはりハーミア、人ができています。王子はますます惚れてしまいました。
「いいよいいよ、オレも苦手だなんて思ってなかったし。ちなみに何でお化け屋敷に行こうと思ったの? ああいうの好きなの?」
「あ、実はキティさんがバイトで化け猫やるって聞いてまして」
「マジ! あそこにいたの!」
王子はびっくりです。知り合いにあんな体たらくを間近で見られていたとは。まさに壁に耳あり障子に目あり。油断も隙もありません。さらに株が下がった気分になり、またまた王子はしょんぼりしていまいました。
「はい、もう少し先にいたんですけど。王子の絶叫と脱出が見えたらしく、驚いていましたよ。あ、いえ、悪気はないんです。別に彼女も王子のこと悪く言ってませんから」
「そうなんだ」
ハーミアの気づかいが、胸にしみます。思えばエドでの冒険はすさんだ生活で、人の温かさにふれる機会はありませんでした。こんな恥さらしをすればSNSで一発拡散、同定されてジ・エンド。それに比べると、優しい世界です。
「あと実は私の一族にニホンオオカミの血が流れてるらしくて、狼男の絵を見て興味があったんです。実物はちょっと作り物すぎて、拍子抜けしちゃいましたけど」
「へえ」
それは意外な話でした。どことなくハーミアが高貴な雰囲気を纏っているのも、そのせいかも知れません。とにかくハーミアのフォローで、王子は少し心が休まりました。
「じゃあ、また次も会ってくれる?」
きっと「Yes!」の返事が来るだろうと期待して、王子は尋ねました。
ですが、ハーミアはうつむいてしまいました。あれ?
「そ、そうですね……」
この件になると、ハーミアは少し言いづらそうにします。やはり『お こ と わ り』なのでしょうか? いや、今も一緒に夕食とってるのだし、きっと少しぐらい脈はあるはずだと、王子は更にねばります。
「今度は映画とかさ、どう?」
「ま、まあ良いといえば……」
押しても押しても、ハーミアの返事は芳しくありません。ちょっと想定外な成り行きに、王子は段々不安になってきました。ダメなんですかね……
「何がダメなの? やっぱり連絡してくれなかった理由があるの?」
「そうですね……王子の問題じゃないんですけど……」
「じゃあ何なの?」
ここまで来て引き下がれない王子は、何としてでもハーミアともう一度デートの約束を取り付けたく思います。何度も王子にせまられ話しづらそうなハーミアでしたが、意を決したように喋り始めました。
「……私、仕事がしたいんです」
?
「し、仕事?」
ハーミアの言葉に、王子は衝撃を受けました。
ぶっちゃけ、王子は仕事が大嫌いです。朝の社畜回廊で『今日の仕事は楽しみですか』なんて広告を至るところに見せつけられたら、ぶち壊すでしょう。
冒険したのも簡単にお金が稼げると思ったからだし、グーパーイーツをやってたのも稼がないと食えなかったからで、コーダル王国に戻ってきた今は何もする気がありません。仕事をしないでグータラできたら、それに越したことはありません。
結婚すればハーミアが家で待っていて、家事の一切は彼女がして当然と思っていました。もちろん子供ができたら良き父親として、お風呂に入れたり週末にキャッチボールで遊んだりはするつもりです。
「い、良いんじゃない? パートなら時間も取れるよ。オレが公務から帰ってくる時間にいてくれたら、文句は無いし」
「いえ、そうじゃないんです。普通に仕事がしたいんです」
精一杯の折衷案のつもりで言った王子ですが、どうやら失言でした。結婚に対するイメージが、違うようです。ハーミアは続けて話をしたそうなので、王子は聞くことにしました。
読んでくださり、ありがとうございます。あと2話で完結予定ですが、推敲する点が多くて次は月曜(10/18)になると思います。感想やご意見ありましたら、よろしくお願いします〜