5;王子の気持ち
今さらながら、ジャック王子は自分の失態に情けなくなります。迷子になって可哀想な女の子を助けようと思っただけなのに……あんなトラップがあるとは、恐るべし。でも終わったことは戻りません。この世界にタイムリープはないのです。
「今からお化け屋敷に戻っても、仕方ねえよな……」
「そうだろうな……念のため、使いの者を出すか」
「ごめん、オヤジ。お願いするわ」
もう完璧な負け戦です。スパダリの自分なら何でもできると思っていた王子ですが、こんな醜態を晒せばダメな事ぐらい分かっています。
しばらくして王様から、「ハーミアは居なかったらしい。帰ったのだろうな」との連絡がありました。もう絶望しかありません。
「カレー食べる?」
「うん……」
あわよくば夜まで一緒にいてムフフを夢想していた王子にとって、親子水入らずで茶の間でとる夕食は悲しいものでした。変わらないおふくろの味が余計に胃袋にひびき、気づくと王子の目から涙があふれています。
「泣くんじゃないよ」
「……だって……」
グーパーイーツの注文の取り合いで喧嘩した時でも泣かなかった王子ですが、今は悔しさでいっぱいです。自分に腹が立って仕方ありませんでした。
その後も三人に会話はなく、王子は部屋に戻ってフテ寝です。ほのかな希望を持ってスマホを見たものの、連絡はありませんでした。ちなみにハーミアへの連絡は使いの者づてなので、王子は彼女の連絡先を知りません。デートの終わりにLIME交換しようと思っていましたが、もはやかなわぬ夢です。
(終わったな……)
それから数日間は、何ごともなく過ぎました。王子はニートさながら、ほぼ一日を部屋で寝てました。ここコーダル王国では仕事する必要もないし、王子の身分は意外と暇です。ただこんな無駄な時間がある分、王子は考えすぎて頭がグルグルしてきます。
ある日、お昼を食べに茶の間へ行くと、王様とお妃様がいました。
「あの後、ハーちゃんから連絡きた?」
お妃様が、王子にたずねます。ド直球のその言葉は、王子の心を深くえぐり取りました。
(あったら言うに決まってるだろ、分かんねえのかよ!)
と、王子は心の中で悪態をつきます。
「いや、ねえよ」
代わりに王子は平静を装って答えました。
「変ねえ。ちゃんとお母さんにジャックの電話番号教えたんだけど……」
本来なら王子の方から連絡すべきでしょうが、ヘタレな我が子を見てお妃様は変に気を回したようです。王子は余計なお世話と思ったけれど、だまっていました。
「お こ と わ り、なんだろう」
「その言い方やめろ!」
王様の心ない言葉にキレる王子ですが、それが事実でしょう。
「そうだねえ……どうする? 別な子にする? 他の同級生は体裁が悪いだろうから、取引先の会社の娘さんはどう? ちょうど良い子いるわよ」
「うーん、そうだな……」
「ほら、こんなにあるから」
まだまだ釣書はあるようで、お妃様は奥のタンスから持ってきました。たくさんの写真を見て、王子は悩みます。ぱらぱら見てみると、ハーミアより綺麗な女性もいそうです。こうやって見たら、女なんてよりどりみどり。星の数ほどいるわけで、他の子で良いのかも知れません。ただ王子は、あまり気乗りがしませんでした。
昼食をとった後も、王子は部屋に戻って一人悩みました。
(どうすっかな……)
まあ普通なら、チェンジ一択でしょう。これでまだ付き合うなんて、よほどの物好きです。一度選択を誤ると、ゲームオーバーなのは現実もいっしょです。
でも王子は、ハーミアの顔が脳裏から離れません。優しくてしっかり者のハーミアは、王子の好みでした。せっかくデートする機会があったのです。これで終わるとウジウジしたまま歳をとっていきそうで、それは嫌でした。
後悔はしたくありません。
「ちょっと、ハーミアに会ってくる!」
そう言って、王子はハーミアが勤める三の丸に行こうとしました。そこは王子達が住む本丸から少し離れた場所で、行政府が置かれています。
今すぐにでも行こうとする王子を、お妃様は引き止めました。
「ちょっと、ジャック。今はまだお仕事中だよ。5時ごろに行けば良いんじゃないのかい?」
「ああ、そうだな」
自由人のジャックは、気付いてませんでした。仕事中に行ったら大迷惑で、デートどころではなかったでしょう。
「どうせだから、身なりもちゃんとしたら?」
「分かった」
今度は王室の理髪師を呼んで髪をととのえてもらい、御用達の洋服屋を呼んでぴったりの服を作ってもらいました。これなら、この前より好印象です。イケメン度が三割ましです。
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そして終業の鐘が鳴る頃、王子はハーミアが勤める建物の入り口で待ちました。マスクとサングラスをしているので誰かは気付かれてないようだけれど、不審人物に思われているのかチラチラ見る人もいました。
しばらくして、ハーミアも同僚達と一緒にやってきました。この前の私服も素敵でしたが、丸の内OL風の姿もきれいです。
「や、やあ、ハーミア」
勇気を出してかけた王子の声に、最初ハーミアは不思議そうに王子を見ました。でも王子がサングラスとマスクをとると分かったようで、焦った顔になります。
「あ、王子、この前は帰ってしまい、すいませんでした!」
その様子を見て、同僚達は少し離れました。王子もあやまります。
「いや、こっちこそごめん。今から時間もらえるかな? 食事予約してるんだ」
急なお願いだとはわかっていますが、このチャンスを逃すと会ってもらえないかも知れません。王子は必死にお願いしました。
「ええ、良いですよ」
ハーミアは嫌な顔せず即答しました。
どうやら、挽回のチャンスは与えられたようです。がんばれ王子!