4;思わぬところに落とし穴
夏の風物詩といえば、お化け屋敷でしょう。 質素な黒い小屋の壁には、おどろおどろしいお化けが所狭しと描かれていました。雪女に一つ目小僧にろくろ首、狼男にフランケンシュタインにドラキュラと、東西のお化けが大集合です。スピーカーからも怪しげな音楽や叫び声が流れ、雰囲気は満点です。
(ハーミア、意外と大胆だな……)
王子は、お化け屋敷に入った経験がありません。けれど高校のころ男子達が、中は真っ暗だから怖がる女の子と隙あらばイチャイチャできると言ってました。似たものにホラー映画があります。ただその男子達は彼女がおらず想像で語っていたので、本当のところは誰も知りませんでした。
(可愛い奴め)
王子はムフフとほくそ笑みながら入場券を買うと、いきなりハーミアと手をつなぎ入って行きました。手をつながれ「きゃっ」とびっくりしたハーミアでしたが、手を離すことなく付いてきます。良いところを見せようと、王子はさらに気合が入りました。
ですが、王子の期待はホンの一瞬でついえました。
(や、ヤベえっ!!)
現実は厳しい。薄暗い中の牢屋には、拷問されている蝋人形がありました。苦しそうな表情は本物そっくりで、自分が拷問される気になってマジでビビります。ふと足元を見ると血しぶきが広がっていて、王子は一瞬で血の気が引きました。血が苦手な王子は、貧血になって倒れそうです。
「だ、大丈夫かい? は、ハーミア?」
「はい、王子」
虚勢をはりつつ震え声の王子に対して、ハーミアは至って普通のようでした。ふーんと言った感じです。一方の王子は、足がガタガタすくみながらも、勇気を出して前進しました。一歩一歩がゆっくりですが、男たるものリードしてあげなくてはいけません。
でも、運命は王子の味方をしませんでした。
「ひゃっ! 冷たい!」
いきなり冷たいコンニャクに顔をなでられ、腰を抜かしそうになります。こんな単純な仕掛けにも驚かされて情けない王子ですが、本人は本気でビビってます。
「大丈夫ですか、王子?」
すっかり立場が逆になった王子です。もう彼にハーミアをリードする余裕はありませんでした。「うん、大丈夫」と子供のようにハーミアの手をひしっと離さずガタガタ震えながら歩く姿は、どっちが保護者か分かりません。
それでも何とか耐えることが出来たのは、ハーミアの前では良い格好をしなければという見栄とプライドです。結婚のために、ここを乗り越える必要があります。ここから出れば、幸せな未来が待っている。王子が正気を保てるのは、その一念でした。
「シクシク、シクシク……」
ふと見ると、通路の片隅に背を向けて泣いている女の子がいます。ご両親とはぐれたのでしょうか。こんな所で迷子になったら可哀想です。正義感の強い王子は、「大丈夫?」と声をかけました。
す る と、
「ぎゃぁああああああああああああ!!!!!!!!!!!!」
ふり返った女の子の顔は、のっぺらぼうで何も無かったのです!
「助けてぇえええええ!!!!」
ここに至って恐怖がMAXになった王子は叫び声をあげ、ハーミアの事なんかすっかり忘れて逃げ去りました!! その勢いは、お化け屋敷の壁がドカンドカンと壊れてしまったほどです。無我夢中で恐怖から逃げ去りたかった王子はそのまま走って走ってまた走って、気付いたらお城の前にいました。
はあ、はあ、はあ……
息を切らしてもうクタクタです。あんな怖い思いは初めてで、複雑性PTSDになりそうです。
❖ ❖ ❖
城に入ってきた王子を見て、国王夫妻はけげんに思いました。ひどく顔が青ざめてブルブルふるえています。とっても怖い思いをしたようで。見たことがない王子の姿に、二人はとても心配になりました。
「どうした? ジャック? 何かあったのか?」
「……まじヤベえ」
やっと恐怖から解放された王子は、今までのいきさつをぽつりぽつりと話し始めます。国王夫妻はだまって聞いていました。
「そうだったのか」
「じゃあ、ハーちゃん置いて来ちゃったの?」
「ファ! そうだった!」
お妃様の指摘に、王子は思わず大声を出していまいました。
怖かった王子は、ハーミアの存在をすっかり忘れていたのです。
「最低だ、俺って……」