2;王とお妃の狙い
死遊病——それは、年寄りがかかりやすい不治の病です。別名『ゾンビ病』とも言われています。
だんだんと記憶がうすれ、言葉も不自由になり怒りっぽくなります。時間が経つにつれ相手が誰かすら、分からなくなるのです。
しかも夜中になると突然起き出して徘徊することもあり、とても危険です。警察に保護されるのも日常茶飯事で、署によっては専門対策課もありました。
さらに恐ろしいことに、治療法はありません。
今まで温厚だったおじいさんやお婆さんが死遊病にかかると、人が変わったようになってトラブルの種になるのです。誰がかかるか分からないので、みな恐れおののいていました。だから王様の言葉に、王子は大変ショックを受けました。
「今からじいさんの所に行く。お前も一緒に来い」
「あ、ああ」
三人で離れの二の丸に行くと、先代王が布団に寝ていました。以前より痩せこけて目もうつろで、調子が悪いのは一目瞭然です。
「オレだよ、じいちゃん」
王子は恐る恐る、先代王に話しかけました。ですが先代王の眼つきはボーっとして、こちらを見てるのかどうかすら分かりません。何度か呼びかけて、やっと反応しました。
「うーん、もぐもぐ。アキオかな?」
「お父さん、それは僕の弟ですよ」
王様がフォローに入ります。でも先代王にとってはどうでも良さそうでした。
「うーん、むにゃむにゃ……ユイに会いたいのう」
「お義父様、それは愛人の名前ですよ」
お妃様は先代王が伸ばしてきた手を、慣れたように払い退けます。もう完全にボケています。
王子はおじいちゃん子でした。既に隠居していた先代王に遊んでもらった日々はとても楽しく、きれいな思い出です。威厳に溢れた当時のコーダル五世の姿が記憶に残っている王子にとって、やつれた姿を見るのは悲しくて涙が出そうでした。
「もう、長くはねえのか?」
「医者の見立てでは、あと半年らしい」
王は静かに告げました。この病にかかると、概ねそれくらいが寿命です。薬が無いから、せいぜい介護して大人しくしてもらうしかありません。
三人は無言で先代王の離れを後にして再びお城の本丸に戻り、茶の間でチャブ台を囲んでお茶を飲み始めました。この茶の間は、三人が私的に使える部屋です。親子水入らずの場ですが、今は重い空気がたちこめていました。
ここに至って王子も、事の成り行きを理解します。老老介護の大変さは、エドの街でも漏れ聞く話題でした。グーパーイーツ仲間でも、その問題で実家に戻った奴がいます。
「それで、オレにどうしろと? 帰ってこいってか?」
この状況では仕方ないと、王子は諦めました。エドの街は楽しいけれど、王子にとってコーダル王国も大切です。
「そうなの。おじいさんもあの調子だし、私も介護が大変でね。お前もそろそろ歳だから、戻ってきて結婚はどう? まだおじいさんが生きてるうちに、ひ孫も見せたいわ」
「はぁ? 結婚?」
お母さんの飛躍した言葉に、王子はビックリしました。王子の稼ぎでは結婚どころか女の子と付き合うなんて、とてもとても無理無理です。せいぜい、少しあぶく銭を稼いだ時にシブい谷やウグイスの谷に住むサキュバス達と遊ぶぐらいでした。ザギンのサキュバスは最高らしいですが高級で、そっちは手が届きません。
ただそれは、エドでの話。王国に戻れば国王夫妻と同居なので、生活の心配は減ります。でもその代わり、国王夫妻にこき使われるでしょう。自由が好きな王子はそれも嫌で、返答しかねました。
「相手はいないの?」
「いや〜 いねえな」
急に話をふられた王子は、困ってしまいます。そもそも、女性にアプローチする術すら知りません。学生時代は常に警護がいたせいで、おちおち女子と話をする機会すらありませんでした。
するとお妃様は喜んで、急に目がキラキラしました。まるでこうなる事を、待ち構えていたようです。
「そうだと思って、良い人探してもらったのよ! ほら、幼なじみのハーちゃん! 今はお城で事務職やってるの。どう?」
「え、あいつ? ハーミアだっけ?」
「そうそう、ハーミアちゃん」
既に段取りがついていて、しかも知った名前が出てきて、王子は二度ビックリです。
彼女、ハーミアとはかわいい優等生の犬系獣人です。幼稚園から小中高まで一緒だったので、良く知っています。でも小さい頃、王子は彼女に鼻くそ付けて泣かせたから、きっと印象が悪いでしょう。身分はともかく能力的に釣り合わないので、王子には自信がありません。
「無理じゃねえの?」
「それが、先方も乗り気なのよ。この前わざわざご両親が挨拶に来たし」
自分が知らぬ間にそんな話が進んでいたとは、驚きでした。ですが王子にとって悪い話ではありません。彼女は性格も良くて皆から慕われていたし、学生の頃に悪い噂もありませんでした。
もちろん、彼氏の影なんてありません。何人も告ったものの、全て玉砕したらしいのです。実は王子も好きだった時がありましたが、プライドが邪魔してついに言い出せずに終わったのでした。
「うーん……」
口では嫌がっているものの、彼女と付き合えるなら望外の喜びです。何と言っても自分は王子なのですから、ハーミアもその気なのでしょう。サッカーチームを作れるぐらいの子供を作って、大家族で笑って過ごせる楽しい日々が頭をよぎりました。
「とにかく、会うだけでも会ってみてよ。これ、釣書」
「ほれほれ。えぇ! マジィ?」
差し出された写真を見て、王子はまたビックリしました。昔より更に輪をかけた超絶美人です。加工ソフトを使っているのかと思うくらいです。面食いの王子は、一発OK。これならスパダリの自分にも相応しいし、惨めなエド暮らしとは永遠にオサラバです。
「しょうがねえな、分かったよ。会ってやるよ」
言葉とは裏腹に、王子はもう勝った気でいます。
さあ、王子は結婚できるでしょうか?