第八話
普通の人とは仲良くなれた。
だけど、親戚関係の人たちとは仲良くなれなかった。
一族は一族のために生きろという言葉が僕は嫌いだ。
――――――
「何で龍輝君がいるっさぁっ!!!」
「ごがぺっ!!」
理不尽な一撃が僕のみぞおちを見事に捕らえ、そのまま部屋の壁と激突する。ずどんという重い衝撃音をたてながら、ついでに言うのなら部屋全体がマグニチュード一程度に揺れて、僕の身体はたたみに沈んだ。
ああ、なんて理不尽すぎる一撃なんだろうか……
―――――――
「いやぁ、ごめんっさ。寝起きはいつも勘違いしちゃって」
「……まぁ、いいんですけどね」
雪子さんの一件があって緋奈さんの住んでいた場所は燃え尽きた(本人はいまだに被害届を出している、加害者のくせに)のだが、それではさすがにかわいそうだったために僕の家に誘っておいた。もちろん、次の住居が見つかるまでの期間限定なのだが。
こんな綺麗な人と一緒に住めてうれしいなぁとか最初は思っていた、だが考えが甘かった。寝起きのたびに(朝絶対起こしてくれといわれているため)殴られる………その一撃は龍であるがゆえに重く、身体を何か熱気が伝わるのを感じる。気がついたら内臓がこんがりなっていたらものすごく嫌である。
緋奈さんは一人暮らしをしていたといっていたために家事ができると思っていたのだが考えが甘かったようで辛うじて喰える無味無臭の謎の料理、まるで小学生がかけたようなへたくそなアイロン、朝干したときは普通だが必ず夕方には地に着いて汚れている洗濯物、落ちているもの全てを飲み込むために掃除機はあるのだといっているような掃除の仕方。
二人で効率が上がると思っていたのだが結局のところ僕が世話をしているようなものだ。かわいいから全て許せるとかそういった考えを僕は持っていないことを先に伝えておこう。
「邪魔するぞ」
そして、前回の龍静めのときに雪子さんと知り合いになったためか、彼女はよほど暇なのだろう……大学生か高校生か知らないが平日しょっちゅう遊びに来るようになった、しかもまだこちらは朝食の時間帯なのだがお構いなしに上がってくる。育ちのいいくせして礼儀には無頓着なのだろうか?
「……あの、雪子さん?」
「何だ?ああ、朝食はもう食べてきたから気にしないでくれ」
おいしそうだがなと付け加えてくれたことには感謝しよう。一応ここの台所を受け持っているのは僕だから。
「いえ、その、友達とか……もしかしていないとか……?」
「……」
悪寒が背中を襲う。ものすごく、寒い……ほら、近くの食パンが凍ってる!
「……あ、あ〜僕たち友達ですよね?だから友達の家に来たんですよね?」
雪子さんと僕の間の力関係は間違いなく彼女のほうが上だろう。雪子さんの逆鱗に間違ってふれちゃった気がした僕はこびへつらうということしか解決策を知らない。
「そうだそうだ、私はお前たちと友達だから毎日遊びに来てるんだよ。お前らもうれしいだろ?」
その間緋奈さんはさっさと食事を終えている。問題ごとは起こしたり持ってくるくせしてこういうときは一切干渉しない処世術を身につけていたりする。結局のところ触らぬ神にたたりなしって話だ。
「ああ、そういえば龍輝は龍鎮めなんだろう?」
「ええ、まぁ」
「あの連中は基本的に一人暮らしとかしないんじゃないのか?」
今は一人暮らしじゃないが一応今は二人暮らしだ。
「ちょっといろいろとありまして……」
「ふぅんそうか、けどお前はなんだか変な龍鎮めだな」
僕の両手を氷付けにしたあの氷柱を取り出してなにやら手入れをしているようだ。それ、手入れ必要なんだろうか?この件に関しては無干渉な緋奈さんは布団をたたもうとしたが再び寝ようとしていた。
「ちょっと、食べた後に眠るのは行儀が悪いですよ…………で、どこが変なんですか?」
僕は変なのだろうか?どこら辺が?洋式のトイレに座るとき絶対後ろを振り返ることとかかな?あれって不安にならない?
「あ〜言葉には言いにくいな。威圧感?龍鎮めだったらすぐにわかるんだけどなぁ、変な感じがするんだよ、会った時から。ああ、もちろん私は龍じゃないからそんなの単なる気のせいかもしれない」
よく言うよ、普通の人間は氷柱を思うように取り出してさらにあの熱波を耐え切るなんて絶対にできやしない。
「会ったときってあの地下のときですか?」
「うぅん、違うな……なんだろうな?よくわからん」
それだけ言って伸びをする。隣の部屋からは寝息が聞こえてきて緋奈さんの隣にいつの間にか雪子さんは移動していた。
「私も寝るか、お休み」
「………」
この人たち、何がしたいんだろうな?忙しくないのだろうか?
僕は大学があるのでさっさと朝食を終わらせて準備を終える。
「じゃ、僕は行って来ますから静かにしておいてくださいね」
「ZZZ……
「乙乙乙……」
――――――――
家に帰る前に夕飯の食材を買わなくてはいけない。必要なものは……そうだな、今日はスパゲティをいためてそれににんにくとか混ぜるシンプルなやつにしよう。そう思って安売りをしているスーパーへと歩き出した。
「……あ」
「お」
スーパーのところまで言ったのだがそこに居たのは分家のあの子、若手実力ナンバーワン、ついでにいうなら自称、他称僕のライバル。そう、名前を言いそびれたが浜真帆。どうでもいいことだが浜名湖って昔言い間違えたことがあった。
もちろん身を翻して逃げようとしたが相手のほうが今回は動くのが速かった為(残像が見えた気がする)にあっさりと右手を掴まれてしまった。振りほどこうとしても万力のように締め付けられる。
「お前、どうしてケータイに出ないんだ?ケータイは何のためにある?電磁波でお前の脳みそを壊すためか?」
どうやらあの着信無視の事をまだ根に持っているらしい。一応メールで謝った……つもりだったが。あのときの着信結局その後も続いていたりしてストーカー並の百件を超えていたりする。
「はははは……いやだなぁ、もちろん電話するためでしょう?」
「じゃあ何故でない?」
出たら永遠文句を言うつもりだろうに……苦情言われるってわかってて出る人なんてクレーム受ける会社の姉ちゃんたちぐらいだ。
一応言い訳を言ってみよう。あくまで一応だから効果のところは期待しない。もしかしたらここで喧嘩になってやりあっちゃうかもしれないし、近隣のかたがたに多大な迷惑がかかってしまうかもしれないがそれはそれ、これはこれ……なんて通用しないんだろうな。
「ええと、ほら、うちって電波が悪いし」
「嘘つけ、前掛けたときは正常に話せたぞ」
「そうだっけ?あ、あぁっ、そうそう、ほら、なんだか電話に出たら恨めしい女の声がするし」
「私の声か?」
「……」
八方塞です、どうするべき?何か言い訳の材料を考えたのだが見つからなかった。助けてくれる人を探してみたがみんなニヤニヤしながらこっちを見ている……どうやら見ている連中は僕が彼女とのデートをすっぽかした上で浮気をしていると考えているらしい……おいおい、それならもう一人はどうした?出せるものなら三角関係のもう一角を出してみろや!
そんなことを半ば考えていると夕日を浴びながら一人が走ってきた。
「おーい、龍輝君!」
きた、三角の一角を占める人が空気を読まずに否、読めずにやってきた!
「龍輝、散歩がてら迎えにきてやったぞ!」
よ、四角!?近くのおばさんたちがめちゃくちゃ驚いてるぞ!?こんな展開想像してなかったみたい。どろどろだねぇ〜とかつぶやいた小学生、お前は昼間学校でメロドラマでも見てるのか!?
「…………たっちゃん、もしかしてお前……」
彼女の瞳がすっと細まる。そう、この真帆は人間に変身している龍のことが一発でわかるのだ。しかも、基本的に龍鎮めは龍と一緒にいてはいけない決まりだったりする。
「そうか、たっちゃん………そこまで一族のことが嫌いだったのか?」
僕の右手をつかんでいた感触がなくなり、気がつけば真帆は僕から離れていた。
「まぁ、嫌いといえば嫌いだね。どうせ今だって陰口ばっかりたたいてるような連中だもん」
「そうか、確かにそうだな……ところで、何故龍がたっちゃんを慕ってるんだ?」
実に不思議そうに首をかしげている。龍に嫌われやすい性質の人と逆を行く人というものがあり、僕は嫌われやすく龍沈めに行くと相手の逆鱗に触れたかのように切れまくる。だが、真帆が行くだけで場は和み、これまで数件だけ真帆が何をするでもなく近づくだけで静まってしまった現金な龍様もいたのだ。
「まぁ、成り行き上で……」
慕ってるんじゃなくてきっと今晩のおかずを聞きに来ただけに違いない。それならメールで送ればいいのに。
「成り行き上か……」
なにやら考え込むようなしぐさで真帆は僕に背を向けてエコバックを背負うようにして去っていった。
「龍輝君、今の人は誰っさ?」
「親戚」
「そうか、龍輝にも親戚が……じゃああいつも龍鎮めだな。だが、いやなやつだな、雰囲気が」
鋭い瞳を消えた真帆に送りながら雪子さんははき捨てるようにそういった。珍しいものだな、真帆が嫌われるなんて……。
「ま、そんなことより早く俺っちに料理を作ってくれっさ」
「そうだな、今日は私もこっちで食べる。ああ、アレルギーとかないから安心しろ。もちろんすでに家には連絡済だから」
「……」
緋奈さんは食費を僕にくれているため(どこから出ているのかは不明)に料理を作るのはわかるのだが雪子さんはおかしいと思う。だけど、そんなこと言ったら氷付けにされて夕飯の代わりにばりばり食べられるかもしれん。だから、僕は言わない。長いものには巻かれろだっけ?あの言葉僕大好き。




