29話 日向と眠りいざなう夏の雪(1)
「わー!海の中に神社と鳥居がある赤くて綺麗!」
炎蓮は 嚴島行きのフェリーの柵にしがみつき神社を眺める。
「あれは 嚴島神社よ、ちょうど満潮のようね」
嚴島とは「安芸の宮島」とも呼ばれ日本三景の1つに数えられている。イルが旅行雑誌で見つけて行きたいと言うので日向が炎蓮とイルを連れて来たのだ。
炎蓮は変装の為に帽子マスク眼鏡をかけ、イルは雪夜の服を着てその上に自身の羽織を着て帽子をかぶっている。日焼け対策らしい。日向も日傘を持って来ている。
「思ったよりちっちぇいな、パンフレットでは大きく見えたのにな」
「船から降りて近くで見ると大きくみえるわ」
日向は地元の名所をけなされたように感じムスッとして答える。
「そんなの当たり前だろ」
と答えるイルに日向は白い目を向け炎蓮に
「干潮になれば鳥居の真下に歩いていけるし後で行ってみましょ」
と提案する。
「行く行く!」
炎蓮は病院の外に出た事ない為か何もかも新鮮に見えるようでおどおどしたりはしゃいだりしている。
船着場に着き3人はフェリーから降り船着場所の建物を抜け広場に出ると観光客や鹿がいる。
「あっ子鹿がいる触ってきていい?」
炎蓮が親子の鹿を指差し日向に期待を込めて返事を待つ。
「子鹿に触って人間の匂いが付くと鹿のお母さんが子鹿の子育てをしなくなる事があったり、子鹿が逃げ回って迷子になる場合もあるから遠くから見守ろうね、鹿の子もお母さんがいないと生きていけないから」
「私のお母さんはどこにいるの?」
炎蓮は日向を見る。
日向は炎蓮の眠りの巫女である多重人格から境遇を聞いている。クローンであるこの子には母親はいるのだろうか?日向は答えに困る。
イルは空間から羊の皮と万年筆を取り出す。イルはサラサラと羊の皮に必要事項を記入して炎蓮に渡す。
「母親か、炎蓮これに自身の血で名前を書いてみろ、血は万年筆の先に少しつければ大丈夫だ、母親の居所を探してやろう」
「イルさん、そんな事できるの!お願いします」
炎蓮は鹿を避けながら羊の皮にサインしてイルに渡す。羊の皮には不思議な力で文字が浮かび上がってくる。
「そうだな、母父は生きてるな、姉妹と遠縁の親戚も居るぞ」
「私に両親と姉妹がいるんですか?私が育った病院でしょうか?私、会いたいです!親戚の方とも是非」
「そうか、手助けしよう、だが今日は観光を楽しもう探すのは明日からでいいか?」
「はい、イルさん明日からで大丈夫です」
「炎蓮、私も力になるわ」
「イルさん、日向お姉ちゃんありがとうございます」
炎蓮は2人に一礼する。
「お昼までまだ時間あるし嚴島を歩いてみましょう」
3人は海沿いの道から表参道商店街の清盛通りを通り道中に小腹を満たす為に揚げもみじやにぎり天や牡蠣などを食べ嚴島神社を目指す。
午前中は海に浮かぶ厳島神社を参拝したり大聖院の暗闇の地下を歩いたりした。
3人はあなご飯を昼食に選び店で食べる。
「悪魔が何で神様に参拝してんのよ」
日向が素面でイルに尋ねる。
「俺は悪魔だがこの島は興味深い、神様に挨拶したいと思ってな」
イルはイタズラっぽく笑う。
「嚴島は女性の神様を祀っていてカップルが来ると嫉妬して分かれさせるって七不思議があるのよ、まあ今は男性の神様も祀られてそれはなくなったらしいけど」
「だから神様と力比べをするんだ炎蓮に対する俺の愛を確かなものにするために」
「イルさん、私、愛とかまだわかりません」
炎蓮が申し訳なさそうにイルに謝る。
「そのうち分かるよ」
イルは炎蓮の頭を軽くポンポンとする。
昼食を終えた3人はロープウェイで山の中腹まで登り弥山と言う山の頂上を目指す、途中に霊火堂と言う建物があり1200年以上経った今でも消えずに燃え続ける火がある。
「この辺で休憩しましょう」
「ああ、飛べないって不便なもんだ」
3人は荷物からペットボトルを取り出し水分補給する。
「あっあれ何?行ってみたいです」
炎蓮は霊火堂に駆け寄る。
「元気なものね」
「俺たちも行ってみよう」
霊火堂の中には茶釜があり消えずの火により霊水と言うお湯が沸かされ万病や幸福招来や縁結びにご利益があるとされている。お湯が茶色のは鉄分が混じっている為である。
「霊水だって!私の病気に効果あるかな」
炎蓮は病院にいたのは病気だからだと思っていた。実際体は病弱だ。
「飲んでみましょうか」
日向が3人分の紙コップに霊水をくむ。
「うん!」
「縁結びにも効果あるのか面白い」
イルも日向からコップを受け取り霊水を飲む。、
3人は霊水を飲み山頂に向かい歩き出す。
途中日向の目の前に白い雪みたいなものが降って来た。空は青く晴れ渡りセミの声が響く夏空だ。
「雪…?」
とたん日向の目の前が吹雪く雪で真っ白になり山道を転がり落ちた衝撃と吹雪く寒さで意識が朦朧とする。
「イル!日向お姉ちゃんを助けて!」
誰かに抱えられ上空にいる日向は薄れゆく意識の中炎蓮の声を聞いた。
日向が目を覚ますと美しい女性が介抱してくれていた。昔の煌びやかな着物を来ている。囲炉裏のそばに布団をひいてくれている。外は雪が降っている。
「う、うん…」
「もし、目覚めましたか、貴女大丈夫ですか?」
「あれ?私…イルと炎蓮は?ここどこ?戻らなきゃ」
「ここは嚴島の神界の遊郭です、人間が迷い込むとは珍しいせっかくだしゆっくりして行きなさい」
「神界?私死んだの?遊郭?私売り飛ばされるの!?」
「遊郭と言ってもそれは昔の呼び方の名残、今は現世でいう高級キャバクラやクラブみたいなもの、ママを呼んでくるわ」
女性は扉を開けかけて日向の方に振り返り巻物を差し出す。
「そうそう、これに名前を書いてくださる?お客様が迷子にならないよう管理する名札のようなものだから」
「はい!」
日向は巻物を開き御ニ日向とサインする。と女性は「ありがとう」といい巻物を回収し部屋を出る。
「えっ、どうゆう事、元の世界に帰してくれるの?」
日向は遊女の後をこっそりついて行き扉を少し開き聞き耳を立てる。
「ママ今回の人間どこに売り飛ばそうか、器量もいいしいつものように海外の観光客の悪魔に高くうれるんじゃない?」
ママの姿は見えないが2人の影が見える。
「沙羅怪しまれないよう頼むよ、まずは親切なフリして店に立たせてみようぞ」
「はいママ」
沙羅と呼ばれた遊女は部屋を出ていく。
日向は沙羅が向かう反対の廊下に隠れ様子をみる。
「…逃げなくちゃ、でもどうやって」
「こっちよ、人間さん」
日向が振り向くと2本足で立つ服を来た白い狸が日向を見つめている。とても可愛い。
「わっ!私?助けてくれるの?」
「はい、この店は今のママ濡旅になってから人間や死国で暮らす魂の失踪が多発して嚴島の信仰が薄くなってきとるんじゃ、信仰が薄くなると嚴島の神界は不安定になり邪な者が集まる異界に変わってしまう、それを防ぐ為ワシはここに潜入調査に来ておる。後ここは死国、神界ではない」
「死国って死の国って事やっぱり私死んでるの?」
「いや体と幽体が離れてはいるがまだ生きている死ぬには時間がかかるんだ、だが死国にいる時間が長くなれば時期に死ぬ」
「日向さんどこ?」
廊下に沙羅の声が響く。
「日向さん?名前教えてたのか?」
白い狸が焦るように日向に確認する。
「うん、巻物にサインしたよ」
「それはまずい、巻物と名前を奪い返さないと人間さんは現世に帰れない、あれは魂を縛る契約書なんだ、あとは異界の化け物に売られるだけじゃ」
「え、じゃあ私は助からないの?」
「いや、巻物を持って助けてに来るから沙羅の事を大人しく信じたフリをしていて、じゃあまた後で」
白い狸はそう言うとボワんと煙と共に消える。そこに入れ替わりに沙羅が来る。
「日向さんこんな所にいたの?寒いから部屋に戻りましょう暖かい食事も用意するわ」
日向はこたつのある和室に通され食事をご馳走になる。
「あ、あの、食事までありがとうございます。それでいつ私を神界から現世に…」
「そうね、今帰っても日向さんは浦島太郎よ、神界と現世では時の流れが違うの季節もズレてたでしょ、そうだこの神界で暮らしてみない?素敵な殿方も紹介するわ!」
「えっ、いえ」
「誰か現世に良い方がいらっしゃいますの?」
「…いないです」
「日向さんもっと素敵なお召し物を用意するわ!きっと気にいるから着替えましょう」
沙羅は日向を衣装部屋に連れて行く。中には派手な着物がたくさんあり、沙羅が選び日向に着付けして化粧と髪もセットする。
「そうそうこの建物の外は絶対に1人で出ちゃダメよ、人間を食う鬼や悪魔もいるから」
「はあ、でもここは神界なのに鬼や悪魔がいるんですか?」
「そうね、今はグローバルな時代なの店のお客様にも鬼や悪魔もいるけどみんな気の良い方ばかりよ、怖がらないでくださいな」
「あら見違えるわ日向さん素敵よ」
沙羅はニコニコしている。
「店には素敵な殿方が沢山いるから紹介してあげる!さあ行きましょう」
日向は煌びやかな着物に着替え沙羅に店に連れて行かれる。




