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06.後輩、呼び出し

昼休み、一郎との昼食を早めに済ませ、教室を出た。


ざわざわと喧騒に満ちた廊下を抜けて、後輩から呼び出された屋上へ続くドアの前の踊り場に向かう。


うちの学校の屋上は常時施錠されていて、自然にその前の踊り場も誰も来ない空間になっている。


嫌な予感しかしねえ……。


結局聞いてもなんの用事か答えなかったし。


とりあえずイタズラを警戒しつつ、最後の段を上がり踊り場につくと、喧騒が遠くなり少しだけ気温が下がったような気がした。


普通冷たい空気は下にいくものだと思うけど、ここが窓がなくて薄暗い日陰だからか、それとも人がいないからか。


胸くらいの高さまである手すりの壁から体を出して下を覗くと、遠くに聞こえる人の気配が別の世界の存在のように感じる。


「せーんぱいっ」


不意に声をかけられて振り向くと、後輩がジャンプしてくる。


「おっと」


それを正面から受け止めた俺に、後輩が不満そうな顔を見せた。


「どうして振り向くんですか」


「そりゃ振り向くだろ」


今日は正面から受け止めたので首は絞まらなかったが、その代わりに首のうしろに腕を回されて抱き締められたような格好になっている。


そして視線の下の端に、押しつけられて潰れた胸が見えてヤバイ。


「というかどうやって上ってきたんだよ」


踊り場から下の階段は見通せるし流石に人が上ってきたら気付くはず。


「先輩の後ろにくっついて上ってきたんですよ?」


え、なにそれこわい。


まったく気付かなかったけど忍者かなにかか?


「それより、ちゃんと来てくれたんですね」


「一応約束したしな。それで、用ってなんだ?」


「これ、食べてもらえますか?」


一歩下がった後輩が差し出した小さな包みに視線を向ける。


「昼飯ならもう食ってきたぞ」


「お弁当じゃないですよ。というかお弁当なんて作ってきませんよ」


「まあそれもそうか」


手作り弁当なんて恋人同士みたいだもんな。


それによくよく観察すると弁当にしては包みが小さいし、中身も軽そうだ。


納得して包みを受け取って開けると、中からひとつマフィンが出てくる。


「お店で出す試作品です」


「ほー」


綺麗な小麦色をしたそれは食べる前から美味しいのがわかる焼き加減をしていて、一口噛ると口の中いっぱいに甘さが広がる。


これ一個で300キロカロリーくらいありそうだ。


「あたしが作ったんですよ?」


と、得意気に言う後輩に、マフィンの残りをまじまじと見つめる。


「毒とか入ってないだろうな」


「あー、ひどーい。そんなことしませんよ」


抗議する後輩を()()()()となだめて肩を叩く。


「冗談だって。わざわざ作ってきてくれたんだろ? ありがとな」


「別にー、お試しで作っただけですから」


得意気に笑った後輩を見ながら、残りを味わって食べる。


今度なにかお礼しないとな。


「それで、どうですか? 感想は」


「甘くて美味いぞ。おかわりあるか?」


「今日はそれだけです。おかわりがほしかったらお店まで来てくださいね」


「行ったらサービスしてくれるのか?」


「いいですよー、先輩は特別にスマイル二倍にしてあげます」


「嬉しくねー」


「なんですか、文句でもあるんですか? 喧嘩なら買いますよ?」


シャドーボクシング始めた後輩の拳を手のひらで受け止める。


というか腕を振る度に連動して胸が揺れてるのが目に毒なんだが。


「後輩は家で料理とかするのか?」


「たまにしますよ、毎日じゃないですけど。でもどうしたんですか、急に」


エプロン着けたら似合いそうだななんて思ったけど、その発想の切っ掛けがアレなので言葉を濁す。


「後輩はいいお嫁さんになりそうだなと思って」


「それって口説いてるんですか?」


「いや、別に」


「…………」


「その軽蔑した眼差しはやめろ?」


ただの常套句だろ。


まあ言った気持ちは本心からだけどさ。


そもそも、明るくて可愛い後輩に俺なんかが釣り合うわけないだろうに。


なんて俺の考えを知る由もなく、後輩がはぁ、とため息を漏らす。


「まあ、褒めてくれたので許してあげます」


「それよりなんか欲しいものとかあるか?」


「なんでですか?」


「今日のお礼」


「なんでもいいんですか?」


「マフィン一個分と同等な物ならな」


「んー」


後輩が首をかしげて眉を寄せる。


「思い付かないのでまた今度でもいいですか?」


「俺が忘れる前に決めろよ」


「はーい」


後輩が調子よく答えたタイミングで、授業前の予鈴が響く。


「それじゃあそろそろ教室に戻りますね」


「おう、マフィンありがとな」


「どういたしまして」


軽やかなステップで階段を下りる後輩が、踊り場で折り返してこちらを向く。


そして見下ろしていた俺と目が合って、無言で笑った後輩の表情は、なぜかとても嬉しそうだった。




学校を終えて帰り道。


今日は一人で帰っているとスマホが震えていてポケットから取り出す。


母『今日はご飯作るの面倒なので、外で食べてきてください』


母『追伸、レシートは忘れないように』


ええ……。


親のいい加減さに困惑しつつ、来た道を引き返したあと角を曲がって飲食店が並んでいる通りに入る。


そういえば()()は大丈夫だろうかと思ったところで、どっちにしろ母さんも夕食はいるんだから出前か外食でいいもの食うだろうという事実に気付く。


それなら俺も回らない寿司でも食ってやろうかと思ったが、財布の中身が万札単位の会計に耐えられるほど膨れていなかった。


そもそもあんまり高いと金出してくれなそうだし。


でも好きなもの食えるって言うのはラッキーだなと思い直して、通りの飯屋を眺めて歩く。


歩きながら悩んだ結果、学校で一郎とラーメンの話になったのを思い出したのが決め手になって目的地が決まる。


そしてそのラーメン屋が見えると、そこから少し離れた電柱の影に小柄で不審な美少女が隠れていた。




というか、クラスメイトだった。


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