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05.海を見ながら

あの日、あの時と同じように、堤防に腰掛けて海を眺める。


隣の翔も足を投げ出して、あたしと同じように夕日の沈む海に目を細めた。


波の音だけが繰り返し響き、それに合わせて金色の輝きを揺らめかせる水面が少しだけ眩しい。


背後の道路には歩行者も通りすぎる車もなく、二人きりの時間が流れている。


「今日で夏休みもおしまいね」


「そうだなー」


八月三十一日。


あの夕陽が海に沈んで、反対側の空から昇ってきたらもう新学期。


「なにかやり残したことはない?」


「特にないな。空は?」


「あたしもないかな」


まあ勉強も遊びも時間の許す限り満喫したから、あとやりたかったことと言えば二人で旅行をすることくらいだけど、それはどっちにしろこの年齢じゃ出来ないし。


「でもまあ、少しだけ寂しいかも」


その言葉はきっと、なにか心残りがある訳じゃなく、高校二年生の夏休みという唯一無二の時間が終わってしまうから。


来年は受験生だし、大学生の夏はきっとまた別のもの。


だからこの、目まぐるしく過ぎていった今年の夏は今日で終わり。


「この一ヶ月で色々あったわね」


恋人になって、一歩距離が近づいて、キスをしてそれ以上のことも。


寂しさを感じるのは一生に一度の夏が終わってしまうことよりも、恋人同士になって初めての夏が終わってしまうことの方が大きいのかもしれない。


「その前の一ヶ月もな」


あたしが告白してから翔に告白されるまでの時間は、もうずいぶんと前のことのように思える。


「二年前から遠回りになったわね」


「だけどまあ、高く伸びた鼻が折れるにはちょうどいいタイミングだったんじゃないか」


「それにしては治るまでにかなり時間がかかったじゃない」


なんてあの期間を冗談にできるのも、今の関係があるから。


もし、翔と恋人になれてなかったらどうなっていたんだろう。


考えてみて、きっととても酷いことになるのだろうなと思う。


だけど今は17年生きてきて一番幸せなんだからあり得なかった未来を想像してもしょうがない。


「もうすぐ陽が落ちるな」


「そうね」


日が落ちたら家に帰って明日の準備をして、翔に会う時間はあるだろうけど、それでも夏休み中みたいに遅くまで一緒にいることはできないかな。


「ねえ」


「ん?」


「下降りよっか」


あの時みたいに砂浜を走るのも、楽しいかも。


そんな風に思ったのはやっぱり夏休みが終わるのが名残惜しかったからだろうか。


「んー、やめとく」


「どうして?」


「もう海ではしゃぐような歳でもないだろ」


「大人ぶっちゃって」


「でも子供でもないだろ?」


たしかに17歳の今は子供でも大人でもない微妙な時間で。


特に異性と一緒にいるときはどう振る舞えばいいのか少し戸惑ってしまう時もあった。


「それに、こっちの方がいい」


堤防に置いた手に翔の指先が触れて、お互いに求めるように指を絡め合う。


翔の指は大きくて、あの頃と比べても強く異性を感じるけれど、それが嫌じゃない。


この恋人同士の距離感が、まだ上手く測れない所はあるけれど、それは少しずつ慣れていけばいい。


お互いに肩を寄せて、傾けた頭がコツンと触れる。


「これからもよろしくね」


あたしの呟いた言葉に、翔も海を見たまま答える。


「これからか。あと何年くらいだろうな」


「100年くらい?」


「それは流石に長すぎだろ」


「じゃあ70年くらい」


「まあそんなもんか」


「そう考えると、まだ半分の半分も終わってないのね」


「先なげえなぁ」


「嫌?」


「……まあ、空と一緒なら退屈しなくていいかな」


「素直じゃないんだから」


どれだけ先が長くても、一度壊れてしまった関係の後にまたここに戻ってこれたんだから、あたしたちはこれからもきっと大丈夫。


目の前には西の水平線に微かに輪郭を残した太陽が、最後の輝きで空を染めている。


あと一分もしたらきっと、波間に光は消えて海面が暗く染まるだろう。


その様子にやっぱり少しだけ心残りを感じながら、絡めた指に少しだけ力を込めると、翔が意図を察してこちらを向く。


鼻がぶつからないように少しだけ首を傾けて、太陽が沈むのと同時に、唇が重なった。


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