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02.布団の中

部屋で漫画を読んでいると、同じく漫画を読んでいた空がちゃぶ台にそれをおいて体をほぐす。


「んーっ」


と背伸びをした空のヘソがちらりと見えた。


「なに?」


「なんでもないぞ」


俺の視線に気付いた空の疑問は誤魔化して漫画のページをめくる。


いや、前のページまだ読んでなかったわ。


こっそりと一ページ戻したのは幸い空にはバレずに済み、再びページに視線を落として考える。


外はすっかり暗くなり、もう少ししたら夜中と言っても差し支えなさそうな時間。


丁度空が点けたテレビはゴールデンタイムの番組が終わって内容の対象年齢が一段階上がっている。


あと一時間とちょっとしたくらいでラジオを点けたら『ジェットストリーム』ってタイトルコールが聞こえてくるだろう。


ちなみに一度自宅に戻った空が、風呂に入ってもう一度戻ってきたあとで、今が夏休みでなければとっくに自分の部屋に戻っている時間だ。


シャツ一枚にショートパンツの伸びをしたらヘソが見えるくらいラフな格好で、多分そのまま眠れる服装。


そんな状況でも普段通りに勉強してテレビ見て漫画読んでるのが現状で。


もっと恋人らしい雰囲気を出した方がいいんだろうかと思うけど、具体的にどうするかと言われるとまったく思い浮かばない。


いや、俺だってデートしたりとかそれくらいのことは思い付くけど、少なくとも自宅でやるものじゃないだろうし。


誰かに聞いてみようかと思ったけど、まともに答えられそうな人間が知り合いにいない。


とりあえず一郎に聞いたら『そんなもんセックスだろ』って返ってくるのはわかる。


役に立たねえやつだな!と想像の一郎に勝手にキレるのは流石に理不尽だったかな。


もっとカップルならイチャイチャしてそうなものだけど、あんまり俺と空がベタベタしてる姿は想像できないというか恥ずかしいから想像したくないというか。


「なあ、空」


「んー?」


「お前なにかしたいこととかあるか?」


「なによ急に」


バラエティー番組を見ていた空が怪訝そうな顔でこちらを見る。


「恋人同士ならもっとそれらしいことをするべきかなと思って」


「えっちなこととか?」


「別にそういう意味で言った訳じゃねえよ!」


まあしたくない訳じゃないけど今はそういうことじゃなくて。


「なら普段通りでいいでしょ。少なくともイチャイチャしてるの想像したら背中が痒くなるし」


「まあそれには同意見だが」


少なくとも、バカップルみたいなことはしたいと思わないし多分できない。




それから一時間ほどして、一階で歯を磨いてから部屋に戻ると眠気があくびを誘発する。


普段ならもう少し夜更かししてても平気な時刻なんだけど、今日は朝から勉強してて脳が疲れたんだろう。


一時間前と変わらず座布団に腰を下ろして今は漫画を読んでいる空を横目にベッドへ上がり体を倒す。


「空、スマホとってくれ」


「ん」


テーブルに置きっぱなしだったスマホを空から受けとる。


見ると数件の通知が来ていて、それに返事をすると本格的に眠くなってきた。


「んー」


スマホを枕元に置いて布団を肩まで被ると、空が漫画をちゃぶ台に置いてこちらを向く。


「翔、ちょっとそっち寄って」


「んー?」


言われた通りに壁側に寄ると、開いたスペースに空がもぞもぞと潜り込む。


「あったかーい」


と漏らした空に思わずつっこむ。


「あったかいなんて季節じゃないだろ」


部屋はクーラーが点いてはいるけど、それだって真夏の気温を和らげる程度で布団に入ってあたたかいなんて感想を持つほどではないと思う。


「細かいことはいいのよ」


まあ俺も別に拘る気はないけれど。


それより眠気がそろそろ限界一歩手前だ。


「俺はもう寝るぞ」


「かわいい彼女を放って先に寝ちゃうんだ」


「かわいい彼女とは毎日会えるんだから夜更かししなくてもいいだろ」


もう空のボケにつっこむ気力もない。


それでも空はベッドから出る気配はなく、なぜか少しだけおかしそうに呟く。


「ねえ、翔」


「んー?」


「このまま朝になったら怒られると思う?」


年頃の男女が同じベッドに寝ていたら、そういう関係なら節度を守れと苦言を呈され、そういう関係じゃないなら自覚をしろと注意されると思う。


だけど俺と空ならなにも言われない、かもしれない。


まあ部屋に泊まるのなんて数年振りだから流石にスルーはされないかもしれないけど。


「どうだろうな」


「それじゃあ、試してみよっか」


「怒られても責任はとらないぞ」


なんて言っても、やっぱり怒られるのは俺なんだろうけど、まあいいか。


「それじゃあ電気消してくれ」


「うん」


部屋の電気を消して真っ暗になると、視覚が失われた分嗅覚と聴覚が少しだけ敏感になる。


お互い仰向けで寝る体勢になったベッドの中で、普段は感じることのない人の気配をつい意識してしまう。


「空の匂いがする」


「どんな匂い?」


「柑橘類の香りかな」


嗅ぎ慣れた、空の匂いだ。


「翔も、いつものシャンプーの香りがする」


言われて、こちらに身を寄せた空の腕が微かに触れる。


その柔らかい感触と、熱を帯びた肌にちょっとだけ意識してしまう。


「翔、赤くなってる」


「暗くて見えないだろ」


横を見てみても俺に空の表情がわからないんだから、空からも見えていないはず。


「見えなくてもわかるもの」


エスパーか、と言ってやりたいところだけれど、俺も空がどんな顔をしてるかわかるから困った。


「翔」


名前を呼ばれて顔を向けると、空がこちらに顔を近づけて、鼻先が触れる。


「これなら見えるでしょ?」


そのままおでこもくっ付けて、まばたきをすればお互いのまつげが触れるような距離。


流石にこれなら相手の顔は見えるけれど、近すぎて表情はほとんどつかめないから結局意味がない。


この流れなら、キスしても許されるだろうか、なんて悩んでいるうちに、空が穏やかに呟く。


「今度こそ、おやすみ」


「おやすみ」


ああ、残念。


おでこが離れてから一拍おいて、再び顔を近づけた空が今度は唇がぴったりと重ねる。


その柔らかくて熱い感触はおそらく数秒もせずに離れていったけれど、とても忘れられないくらい強い印象を刻まれる。


そして今度こそ寝る体勢に入った空に、何かを言おうとして、結局言葉が思い浮かばずにそのまま息を吐く。


ともかくこれ以上イベントは無さそうだからもう寝よう。


そう考えて心を落ち着けると、だんだん意識が暗闇に落ちていくような感覚に包まれて……。


いや、寝れねえわ。


肩が触れる距離に恋人が寝ているなんてシチュエーション的に、そのまま安眠とかどう考えても無理だった。


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