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04.後輩、買い物に向かう道

「せーんぱいっ」


学校から少し歩いた帰り道。


後ろからもう何度目かの声を聞いて、右に避ける。


「わっ」


驚きの声をあげて抱きつくのが空振りし、バランスを崩す陽奈の手を握ってそのまま引っ張った。


ととっ、とステップを踏みながらしっかりと二本の足で立つ後輩が、抗議の視線をこちらに向ける。


「避けるなんて酷いじゃないですか」


「そもそも急に抱きついてくる方が悪い」


まあ抱きつかれるのが嫌いなわけではないんだけどそれはそれ、これはこれ。


「こんなにかわいい後輩に抱きつかれて何が不満なんですか?」


「周りから死ねって感じの視線で見られると俺の寿命が縮むんだよ」


「それは翔先輩の自意識過剰だと思いますけど」


そうは言っても、こうして話しているだけでも放課後の通学路では、周りの少なくない学生の視線が結構集まるので気のせいではないと思う。


主に陽奈の容姿が原因だと思うけど。


とりあえず、握ったままの手は離すか。


「それにしても、よく避けられましたね翔先輩」


「あれに見えてたからな」


指を指したのは頭上にある交差点用のミラー。


曲面加工されたそれには、後ろから近付いてくる不審者の姿がしっかりと映っていた。


「誰が不審者ですかっ」


という陽奈のツッコミは華麗にスルー。


打てば響くようなツッコミが飛んでくるのはいいものだなー。


「それで今日はなにか用か?」


「翔先輩の姿が見えたので、後ろからダイブしただけですよ」


「つまりいつも通りか」


「そうとも言いますね」


別段用事がないのは確認できたので、帰り道への歩みを再開すると陽奈もそれに歩調を合わせる。


「翔先輩はこの後の用事とかありますか?」


「今日はちょっと買い物」


「なに買うんですか? エッチな本ですか?」


「ちげえよ」


というか今時エロ本を店に買いに行く高校生とかいねえだろ。


わざわざ店に行くくらいならネットで買うわ。


「えー、いいじゃないですか。エッチな本をベッドの下に隠しましょうよ。そしたらあたしが遊びに行った時に見つけてお宝ゲットだぜ!ってやりますから」


「その機会は一生ないな」


陽奈がうちに来る機会があるかはともかく、少なくとも頻繁に空が出入りする現状で自室にエロ本を置く気には全くならない。


「翔先輩ケチですねー」


不満そうな陽奈を見て、ケチとかそういう話じゃないだろと思ったけどあえてツッコミはしない。


だってめんどくさいし。


「それで、なにを買いに行くんですか?」


「それは秘密。一緒に来るか?」


「翔先輩が来てほしいなら、一緒に行ってあげてもいいですよ?」


「じゃあ、お疲れ」


「ちょちょちょ、ちょっと!」


「んー?」


「急に置いてくなんて酷いじゃないですか!」


だってめんどくさいし。


というのは冗談で、雑に扱うと反応が面白いっていうのが主な理由。


いつもはからかわれることが多いし、たまにはこういうのもいいよね。


まあどっちにしろ本人に言ったら怒られそうだけど。




そのままくだらないことを話ながら目的地へ向かっていると、陽奈が首を傾げた。


「翔先輩、今日はなんか元気がないですか?」


「そんなことないぞ?」


不思議に思いながら答えると、陽奈が俺の顔をじーっと見つめる。


ちょっと恥ずかしい。


「前向かないと危ないぞ」


歩きながらこちらを見る姿を注意しても、こっちを見るのをやめない後輩が納得したように頷いた。


「たしかに、元気がないわけじゃないみたいですね。どちらかというと真面目?な感じですか?」


そう指摘されれば心当たりはある。


「ちょっといろいろあってな」


「なるほど」


「なにがあったのか聞かないのか?」


こういう時、陽奈は頭を突っ込んでくる気がする。


「聞いてほしいんですか?」


「いや」


正直あまり話したくないと思うのは、人に言う自信がないのが半分、相手が後輩なのが半分。


「なら聞かなくていいです」


と言われてホッとした俺はちょっとズルいかな。


「もし元気がなかったら、胸を揉ませてあげようかと思ったんですけど」


マジかよ。


「もちろん嘘です」


ですよねー。


「陽奈はなにか欲しいものとかあるか?」


俺の買い物に付き合うならそのあと陽奈の買い物に付き合うのもやぶさかではない。


「そうですねー、下着とか買いたいですかねー」


「下着売り場はもう勘弁だぞ」


「もう……?」


「……、なんでもない」


ほのかと下着売り場で買い物したのは貴重な経験だったけれど、それを他の人に喧伝して変態の汚名を自分から被りにいく気はない。


ほのかだって他の人には言わないだろうしな。


……、言わないよね?


たぶん言わないと思う。


あとで確認しておこう。


もしクラスの男子に伝わったら本当にうらやま死刑にされるかもしれない。


「ちなみに下着を買うのに付き合ってくれるなら、あたしはいつでもオッケーですからね」


「だから行かねえって」


「ならプレゼントしてくれてもいいですよ?」


「それもしねえ!」


いや、陽奈の着ける下着を選ぶ行為はとても官能的な話だとは思うけど。


「まあ今日は翔先輩の買い物に付き合うだけで我慢しておきます」


「そうか」


事情を深く聞かないのもそうだけど、陽奈の距離感の取り方は上手くて、つい甘えてしまう。


それは友達の多い人間関係で育まれたスキルなのか、それとも別の要因があるのかはわからないが、凄く心地良い。


だから、陽奈に聞いてみたいと思ってしまったのかもしれない。


「陽奈はもし、俺が本気で目指したいものがあるって言ったらどう思う?」


聞く俺に、陽奈は一歩前に出て綺麗に微笑む。


「先輩が本気になれるものを見つけたなら、良いことだと思いますよ」


その言葉はとても優しくて、暖かくて、勇気付けられる。


「もしその本気になれることを話せるようになったら、あたしにも教えてくださいね」


「わかった、その時はちゃんと話すよ」


こちらの顔を覗き込んだ陽奈の髪が、夕陽に照らされて金色に輝いていた。


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