13.会長、雨の日(おまけ)
川上くんが先に帰ってから、一人になった生徒会室で窓の外を眺める。
雨は先程までの滝のような量から少し弱まっていて、それでも傘を差さずに帰るのは躊躇う勢いだった。
この後もずっと雨かしら、とスマートフォンを見ると、ロック画面に通知の文字が表示されている。
『傘を忘れたのでよかったら使ってください』
送り先はさっき連絡先を交換した川上くん。
机の下を覗き込むと、確かに川上くんが少し前まで座っていた席の場所に、置いたままの傘があった。
……、この雨でどうやって忘れたまま帰れるのかしら。
少なくとも、校舎から外に出る時には気付くでしょうに。
なんて思ったまま、彼の傘を持ち上げる。
その傘は男性用の大きな物で、詰めれば二人くらい入れそうな幅があった。
これじゃゲームをしましょうなんて言った私が馬鹿みたいじゃない。
これが彼の気遣いだということはわかっている。
でもその優しさが今は少しだけ、頭にきた。
「ふあっ」
一時間目の授業が始まる前の教室で一人あくびを漏らす。
一郎は朝練が長引いているのかまだ現れず、ざわざわとした周囲の雑談で昨日のテレビの話や宿題の話が聞こえてくる。
そんな何重にも交じる音を聞き流しながらTwitterで犬の動画を見ていると、教室のドアが開き、開けた人物の姿を視界の端に捉えて、顔を背けた。
クラスメイトの何人かがその人影に気付き、声を潜めて近くの友人に伝える。
そのざわめきから感じる気配で、彼女が俺の席の前まで来たのを理解して、諦めて視線を戻す。
「おはよう、川上くん」
「おはようございます、会長」
座ったままの俺を見下ろす会長には、その身長以上に妙な威圧感があった。
「今日は良い天気ね」
「そ、そうですね」
笑顔が怖い。
ついでに左手に逆手で握っている傘も怖い。
「昨日は傘を貸してくれてありがとう、とても助かったわ」
「それならよかったです」
会長が、周囲のクラスメイトにもはっきり聞こえる声で伝える。
その時点で俺の笑顔は不自然に歪んで、自分が空気になってこのまま消えてしまえないだろうかと思いながら、差し出された傘を受けとった。
すると不意に会長が顔を寄せて耳元で呟く。
「でも次は、一緒に帰りましょう?」
その声は秘め事を囁くような声色で、でもしっかりとした声量と発音は教室の端まで響いただろう。
そのとき俺は、ああ、もうこの人は怒らせないようにしよう、と心に固く誓った。