13.会長、雨の日(本編)
「雨凄いですね」
「そうね」
外では滝のような雨が降っている。
帰り際に会長に会って、雨が弱くなるまで生徒会室で時間を潰させてもらっていたのだが、その気配はまったくない。
天気予報だと六時からは雨が弱まるって言ってたんだけどな。
例の如く部屋には俺と会長しかおらず、どちらかが口を開かないとひたすらに雨の音だけが聞こえてくる。
最近は随分夕方も暑くなってきていたのに、今日は雨のせいか一日中肌寒かった。
ちなみに今日は会長も生徒会の仕事ではなく、勉強をしながら俺と同じく、雨が弱まるのを待っているとのこと。
会長は傘を持ってきていないらしく、俺は傘を持ってはいるけど滝のような雨に足元を濡らされたくないのでここで外を眺めている。
窓際に立って正門の方を眺めると、外に知った顔が見えた。
今日は用事があるからと言っていたのに、まだ学校に残っていたのか。
ふとその人影がこちらを見て、視線が合う。
だけど特に反応を見せずに再び正面を向いて歩いていくアイツに、目が合った気がしたのは気のせいだったかと思い直した。
まあ、あそこから俺の所まで、窓をまたいで結構な距離があるしな。
それに雨もかなり降ってるし。
なんて考えを打ち切って、部屋の中の会長へと視線を向ける。
ちょうど会長は勉強を一段落して、ぐっと腕を上げて伸びをしていた。
「会長は雨好きですか?」
「私は好きよ。雨の音を聞くと落ち着くのよね。川上くんは?」
「俺は基本的には嫌いですかね。濡れますし、停電とかもありますし」
「随分現実的ね」
「すいません。でも女子のシャツが濡れて下着が見えるのは嫌いじゃないですよ」
俺の冗談に会長が挑発的な表情を見せる。
「私の下着も見てみたい?」
「ええ。ついでに写真も撮らせてもらっていいですか?」
「その写真でなにをするのかしら」
「それはもちろん」
「もちろん?」
「印刷して売り捌いて一財産に」
「それじゃあ撮らせてあげられないわね」
「やっぱりダメですか」
答えた俺に、二人で一瞬真顔になって、そのあとくすりと笑い合う。
「それにしても、今日は大事な用紙を持ち帰らないといけないのだけど、困ったわね」
改めて窓の外へと視線を向ける会長に提案する。
「タクシーでも呼びますか?」
それは名案ね、と会長が笑い、お金がかかるのが難点だけれど、と付け加えた。
たしかに普通の学生にそれを選ぶのは金銭的に難しい。
まあ会長を普通の学生と言っていいかはわからないけど。
「そうだ会長」
「なにかしら?」
「LINE教えてくれませんか?」
「また突然ね」
「突然知りたくなったので」
「でもごめんなさい。あまり人に連絡先は教えないようにしているの」
まあ会長なら知りたがる異性の数も、そのあとの面倒も多いんだろう。
そう言われても、素直に引き下がる気はなかったけど。
「どうしても会長のLINEが知りたいんです」
真面目な顔を作ると、それを見て会長がひとつ提案する。
「それじゃあゲームをしましょう」
立ち上がった会長に手招きをされて俺も近くに寄る。
「両足を揃えてここに立って」
と言われて足を肩幅に開き、その正面に向かい合って会長が同じように立つ。
この時点でだいたい何をしたいのかは察したが、どうして会長がこのゲームを選んだのかはわからない。
ただの思いつきだろうか。
「両手を出して」
「はい」
「これでお互いの手を押して相手を転ばせた方が勝ちよ」
「手以外の場所を押しちゃいけないんですか?」
「ええ」
なるほど。
「ちなみに会長は体育の成績はどんなものですか?」
「悪くはないわよ、川上くんは?」
「俺は最下層より上かなって感じです」
というのは嘘じゃないけど、本当はもうちょっとマシなので事実を正確に伝えているとは言えない台詞。
まあ会長の自己申告も胡散臭いしどっちもどっちだけど。
「それにしても川上くん身長高いわね」
目の前に立った会長が、少しだけに視線を上に向けて俺の頭を見る。
「男女別の偏差値でいったら会長の方が高いと思いますけど」
平均身長+10センチ未満の俺より、+20センチ近い会長の方が偏差値は間違いなく高い。
「川上くんは背の高い女性は嫌いかしら」
「俺は背の高い女性も背の低い女性も好きですよ」
あと背が高くも低くもない女性も。
「私は背の高い男性が好きよ」
やっぱりその身長だと苦労もあるんだろうか。
底の高い靴を履いたら俺を含めてほとんどの男よりも目線が高くなりそうだし。
「それじゃあ、始めましょうか」
両手を胸の高さで構えた会長に倣って俺も手を構える。
しかしこれ、俺から触ってもいいものかな、と迷っているとトンと勢いよく差し出された両手に押されてバランスを崩す。
後ろに倒れそうになる体を腹筋で支え、戻る反動を使ってそのまま会長の手を押した。
しかしそれを上手く脱力して受け流されて、今度は前に倒れそうになった所を咄嗟に会長の手を握ってバランスを保つ。
「おっと」
「手を掴むのは反則よ?」
「そうなんですか?」
としらばっくれて体を起こす。
いきなり負けるところだった。
「会長の手、柔らかいですね」
握ったままの手を未だに離さずに触っていると、絡んだ指先に柔らかい感触が伝わってくる。
なんかもう、この感触だけでお金がとれそうだ。
「ありがとう」
「もうちょっと握っててもいいですか?」
「駄目よ、そういうのは勝負に勝ってからじゃないと」
ん?
んん?
勝ったら握ってもいいってことかな?
なんて混乱する俺の隙をついて会長が押し出してくる。
それに倒されないように押し返すと、今度は避けられて、また前にバランスを崩す。
前に倒れないように腹筋に力を入れると、会長の胸に鼻が触れる寸前で止まった。
「さっきから、前に倒れるように狙ってませんか?」
「そんなことないわよ?」
絶対嘘だ。
もしあの胸に突っ込んだら一瞬の天国のあとにどんな地獄が待っているかわからない。
なんて考えて、警戒を強めて消極的に動いていると塩試合がしばらく繰り広げられる。
そしてたまに会長が後ろにバランスを崩すと、仰け反った体勢により胸が強調されて気になってしょうがない。
そんな精神攻撃に耐えかねて、勝負をかけて会長が押してきた所を無理やり押し返す。
結果は予備動作で勢いをつけた会長よりも俺の筋肉と体幹に軍配が上がり、不意を打たれた会長が後ろに倒れた。
「きゃっ」
足を引いてバランスを取る余裕もなく会長が後ろに倒れ女の子のような声を上げる。
このままだと会長が背中を強く打つかもしれない、というところで手を握って床に倒れ込む前になんとか支える。
そのまま会長の体が組体操のように空中で静止して、お互いの視線が合う。
「反則で俺の負けですね」
倒れる前に手を掴んだ俺の負け。
まあ会長を押し倒して、綺麗な長い髪に埃がつくよりはいい結果だろう。
その言葉に会長が微かに表情を変えて口を開いた。
「起こしてもらえるかしら」
「はい」
繋いだままの手を引いて引っ張り起こすと、勢いのまま会長が両腕を俺の背中に回して密着する。
必然的に大きくて柔らかいものが俺の体に触れて、良い香りが鼻をくすぐる。
そして正面の鼻先が触れそうな距離に会長の顔があった。
その整った顔立ちが睫毛の本数を数えられるくらい近くにあって、美しさに圧倒される。
「会長?」
突然のことに、なるべく動揺を悟られないように遠慮がちに声をかけると、会長は優しく微笑んだ。
「起こしてくれたお礼よ」
おそらく感謝と、それ以外の感情が含まれたその笑顔をまっすぐに見つめる。
じゃあキスしてもいいですか?
なんて冗談が頭の中に浮かんで、そのまま消える。
結局そのあと体を離して席に戻る前に、会長はLINEを教えてくれた。
※おまけに続きます