ある野次馬の心のノート
その時、我が目を疑った。
憲兵や軍人達を掻い潜って、その子どもがベヒーモスの元に躍り出たその光景に……
やめろ坊や……! それは勇気とは言わない、無謀と言うんだっ……!
「――ゃ……!! やぁ~~!!!!」
そんなこちらの心も露知らず、その子は棒切れを振り上げ、その化け物に向かって駆け出した。
そして……
――よかろう、相手になってやる――
ベヒーモスがそう言葉を吐き……やおら片膝を立て、手の爪をシャンッと伸ばしたのを見たその時……辺りは悲鳴と絶望で支配された……
見守る誰もが思った事だろう……数秒後には凄惨な……信じられない様な光景が広がるだろうということを……
それから……悲鳴は次第に静寂へと姿を変え……
その隙間に響く音があった。
カッ コン カンッ
よっ、ほっ、はっ、と気の抜ける様な掛け声と共に、棒切れを受け止める、ベヒーモスの爪から響く拍子抜けな音が。
そして、その棒切れは空を切った。間違いなくそれは空を切っていた。それなのに。
「グ~ワァ~~やーらーれーたぁ~~」
実に大袈裟に、やられる素振りをしてみせた。
「ははぁ~~御見逸れしましたオダイカンサマァ~~、これからはちゃんと心を入れ換えてっ、至極全うに生きて行きまする~~!!」
辺りが…………沈黙……そして困惑に……支配された……
そしてベヒーモスもキョトンと首を捻った。
ややあって、
「ははぁ~~御見逸れしました勇者様ぁ~~、これからは……え~っと……えぇ~っと、何だっけ…………とにかくははぁ~~!!」
なんか言い直した。
その言葉の終わるか否か、正気を取り戻した衛兵が、引ったくる様に坊やを抱え、遠くに走り去った。
そして、
「お主、何をやっとる……」
あのベヒーモスと同道していた、軍人らしき者が声を放った。
「いやぁ、子どもの遊びには付き合ってあげないと……」
「その成りで茶目っ気出すでないわ!」
そう確かに、我々は信じられない様な光景を目にすることになった。
その巨大で恐ろしきベヒーモスが、人間にお小言もらうというその光景を……
……ところでオダイカンサマ……って……何なんだ……?