時空魔道士の胸の中
グレーのローブは時空魔導士のシンボル
迫り来るベヒーモスの気配に、コフランは死を意識した。
バシッと音一つ。ビクリと身構えた‥‥
‥‥が‥命を絶つ一撃が‥来ない‥‥
ダッと音がし、反射的に首を振ると‥ベヒーモスは、たしかシヨルラと言ったか‥弓使いの元へ跳んで行っていた‥‥‥ そしてカランと矢は落ちた。
コフランは、大きめの商家の7番目に生まれた。
特に期待もされず、重荷も無いが未来も見えない日々が流れる中‥‥不意に、時空魔導の才能が開花した。
異空間収納やテレポートといった魔法は、物を商う商会にとって垂涎の力。
両親は喜び、周囲には将来まで期待され、そして長男に命を狙われた。
毒を盛られ、苦しみの中意識を手放し‥‥ 再び目覚められたことは、本当に運が良かった。
生き延びた自分の目撃証言により、犯行に関わった使用人達が炙り出された。
そして犯行指示が明るみになった長男は幽閉され‥‥‥今度は長女と次男に、貴族夫人との不貞疑惑を立てられた‥‥
相手の顔に記憶は無かったが、何かの祝宴で顔を合わせていたらしい‥‥ 一度も会ったことが無いと言った、それがまずかった。
法廷での疑いは晴れたが‥偽証をした、疑惑の男と見られる様になり、商人として大事な財産、信用を大きく損なった。
風評のため商会の仕事から外され、その後家から離れるよう圧力を掛けられ‥貴族に睨まれている以上、国内でろくな仕事も見つからず‥‥
異国に渡り冒険者ギルドの門を叩いた。
時空魔導士は冒険者ギルドの中で特殊な立ち位置にいる。
主たる時空魔法は、荷物の収納やダンジョンからの脱出など、余り戦闘に向く魔法ではなく、当の魔導士も仕事の需要を考え、時空魔法に修練の重きを置く者が多い。
なので戦えないお荷物として差別する者もおり‥‥嘲笑程度では収まらず、一切の雑用を押し付けられ馬車馬の様に働かされたり、取り分を不当に減らされたり‥‥ダンジョンからの脱出先が人目のない場所では、テレポート後すぐに殺害される事例も珍しくなかった。
当然、他の冒険者との間には溝が生まれており、時空魔導士達はギルド内に独自の組合を立ち上げ、自分達の権利を守っている。
‥‥まあ‥お宝を収納したまま、一人でテレポートしてトンズラする不届き者も、溝の一因なのだが‥‥
とは言え、パーティーに必要な時空魔導士は大抵一人。常に少数派に立たされる。
なので、今回の様な面識の少ない者と組まざるを得ない場合、かなり用心深く相手を見る。
懸念を感じたら、組合を通してキャンセルする為に‥‥
上手くすれば違約金の額も減らせるので。
そんな環境で揉まれて来ただけあって、コフランは、他者の心に鼻が利いた。
自分を身を挺して矢から守ったベヒーモス‥‥
落とし穴から、弓使いを助け上げるベヒーモス‥‥
突拍子の無いことを言っているが‥‥その度に、相手の反応に困っているベヒーモス‥‥
彼のカンが嗅ぎ分けた。
このベヒーモスは、人を騙せる程の毒っ気がない。
コフランには、行動理念が一つあった。
受けた恩は早めに返す。
いつまでも、恩を返せるとは限らないのだから‥‥
だからコフランは矢を拾い上げ、ベヒーモスへ向けて歩みを進めた。