弓使いの胸の内
あっ‥‥死んだ‥‥‥
落とし穴を踏み抜いたその瞬間‥‥そう、脳裏によぎった‥‥‥
いくら暗いとはいえ、いつもなら掛からない様な罠を踏んでしまったということは、きっと余程動転していたんだろう‥‥
逃げる事が出来なくなった自分は、きっとすぐ、あのベヒーモスに殺される‥‥‥
‥‥下の層まで滑り落ちる落とし穴なら助かるという一縷の望みはあったが、底に貼り付く光る苔が視界の端に入り、その望みは敢え無く潰えた‥‥
弓使い・シヨルラは他国の生まれだった。
そして奴隷だった。
生まれた国では、猟師の父親と二人暮らしだった。
母親は物心ついたくらいの頃に、病弱な弟の治療の為、遠くの首都へ二人で移った。
偶に手紙は届いていたが、正直顔は思い出せない。
そんな中、父親が猟師の組合の会合で地方都市まで行って留守にしているときに、隣国の侵攻が始まり、運悪くその軍隊に出会してしまった。
そのまま拉致され、奴隷商人にその身は渡り、流れ流れて、ずいぶんと離れたこの国で売られた。
ただ若干幸運だったのは、奴隷商人の扱いが、あまり非人道的では無かった事と、売られたこの国の奴隷形態がかなり特殊だったこと。
この国は黎明の頃の戦争の際、首都陥落の危機を奴隷達の自発的行動によって退けられた歴史があり、奴隷の社会的立場が他国より高い。
組合まである。
最低就労期間を過ぎたら、身代の1/4を返せば自身のオーナーの元から離れ、国内でなら自由に出来るという取り決めを利用し、奴隷組合から借入をして払い、屋敷掃除の仕事から離れた。
より稼ぎの良い冒険者となり、早く国外へ出られる4/5の返済を目指して。
生まれの国の情報が届くには、ここは些か遠すぎた。
他国の者に対する差別に耐え、形振り構わずクエストを取り、ようやく返済の目処が付いてきた。
が‥まさか‥‥手空きで受けた、低難易度のクエストで命を落とすことになるなんて‥‥
反射で伸びた右手は、落とし穴の縁には届きそうに無い‥‥が、しかし、不意に何かに掴まれた。
ガクッと、落下が止まり、
「すいませ~ん大丈夫ですか!?」
声する方を見上げれば、右腕を握るベヒーモスの姿。
繋ぎ止める巨大な手‥‥腕を伝い落ちてくる生暖かい感触‥‥
だから口を衝いて出たのだと思う。
この人を庇う言葉も。