何かへの一歩
ミスニアの片手には小さな袋が握られていた。おそらくこれがお礼なのだろうか。それでも、わざとその袋のことは何も聞かずにいつも通り挨拶をする。
『あの、これ。どうぞ。』
『ありがとう!』
笑顔でそう答えて、袋の中を見てみるとなにやらバッジのようなものが入っていた。……ん? これ、どこかで見たことある。いや! どこかじゃない! 訓練兵の時何回も見た、貴族のバッジだ。確かこれは貴族と関係を持てる、簡単に言えば、あなたは貴族の信頼を手に入れましたよバッジ!! え!? ミスニアって……。
『わたし、ソソナ村にいる唯一の貴族、ラウド=マーバルの娘のラウド=ミスニアです。この前は助けていただいてありがとうございました。そのバッジは、いざという時、貴族に助けを求めれるバッジです。何かあれば、王宮の兵士に申してください。わたしを呼ぶことができますので。』
綺麗できている服も珍しいなとは思っていたが、貴族の娘だったとは…! 冒険者って言ってたのは何か訳があるのだろう。こんなにいいことが連発していいのだろうか!? 期待の新人としてもてはやされ、さらには貴族を嫁にしてしまうかもしれないなんて!! こんなことがあっていいのだろうか!!?
『ミスニア様、ほ、ほほ本当にバッジありががとうござざいます!』
貴族と話すとなった瞬間、ジフはいきなり頭狂ったかのような返事をし出した。貴族と話す緊張感に慣れていないのだろう。
『いえいえ! では、またどこかで。』
彼女はとても綺麗な歩き方で、帰っていった。その後ろ姿に見惚れていると…
『こんのやろぉぉぉぉぉ!!』
急に背中を叩かれる。ノツァが嫉妬のあまりイカれた。たしかに嫉妬するのもわかる。それにこんなことになるなんて自分でも思っていなかった。幸運すぎる。いや、期待の新人と呼ばれ、今まで努力をし続けた自分だからこそ、神様が自分に運を恵んでくれたんだ! そう思って、めちゃくちゃいい気分になっていた。今度、彼女に手紙でも出そう。
いろんな人から羨ましがれる日々。あの日から、数日経ってたが、ジフはまだいい気分だった。だが、忘れてはいけない存在が彼の近くにはいた。それも二人。
とある人、いつものように酒場で夕食を食べていた時。酒場にとある男が入ってきた。母親とノツァは、その人を見るや否や咳き込むように、驚いていた。
『あらー!! まさか本当に来てくれるなんて!!』
『やべぇーーー!! 本当にイケメンじゃねぇか!!』
ジヴニーク撃退を一人で行った勇者、ハルトが酒場に訪れたのだった。酒場は一気に盛り上がった。女性の客は彼に顔と名前を覚えてもらおうとあの手この手で彼に自己紹介などをしていた。
その中で、一人の男性がハルトに向かってしゃべった。
『勇者さんよ! 力比べしねぇか!?』
『力比べですか。いいですよ。』
声をかけた男性は180を優に超える男でムキムキなのが見てわかるが、ハルトはすんなりと受け入れる。そして、腕相撲が始まった。
結果はもちろんハルトが一瞬で圧勝した。そのうちに、国の兵士たちまで、ハルトに勝って、力を自慢したいと、力比べをしようとハルトに言い出した。半分は酔った勢いで言っているのだろうが、もう半分は純粋に力を試したいというものだろう。
言わずもがな、ノツァも含めて、全員が完敗。すると、一人の中年の酔った兵士が、声を上げた。
『期待の新人!! 勇者様の力、知っといたほうがいいんじゃないか!?』
すると、腕相撲大会の中でも一番と言っていいほど盛り上がった。ジフはもちろん、勇者の方へ歩いていった。
(本当に、まさに勇者! って感じの顔だな。幼く見えるけど、歴戦の戦士って雰囲気もする。それに身長もやはり、自分からしたら小さい。これがジヴニークみたいな大男と同じくらいのパワーを持ってるなんて、想像つかないな…)
腕相撲の体制に、お互いが入る。
『ジフー!! やっちまえ!! お前なら勝てる!! 訓練の日々を思い出せぇぇ!!』
ここぞとノツァがうるさくなる。黙っていてほしい。
勇者様は割と細い腕だが、組んでみてわかる。凄まじい力の持ち主だ。これは勝つのは厳しいな。いや、勝てたら逆に自分がビックリする。これでも本気じゃないのかな。本当に、凄いとしか言いようがないな。
なんだ? 今、負けたくないって思った? なんでだ? 何が気にくわないんだ? なんで?
なんで、俺、こんなにイライラしているんだ?
『開始!!』
腕相撲が始まった。他の兵士よりは1秒ほど長く耐えれたが、結果は完敗。やはり、勇者様は化け物だ……。
『他の人達よりも、強かったですよ。』
『おいおいおい! 勇者様にも認められてんじゃねーかよ! 期待の新人!!!』
ジフはよくわからない感覚に陥っていた。なぜか、素直に笑えず、作り笑いをしている。
ここ最近、いろんなことがあって疲れているのだろうか。
そう思って、酒場が閉店した後、すぐに寝た。
どうしたっていうのだろう。