告風女 ①
こんばんは、なかなか更新できずすみません。
この告風女は新神様の侍女になったのではなかっただろうかと考えながら大海は彼女をじっと見た。
「…大海…」
虚な目が大海を捕らえた。
「ええ、国調の大海です」
刹那、ギロリと睨みつけて告風女は手から布切れを出した。それは銀糸の入った本紫色の布切れだった。ちなみに本紫色は幽冥界では高貴な色で神々の色でもある。
「この布がわかるか?」
告風女の顔がさらに歪に歪む。
「はい。」
「この意味がわかるか?」
視線がさらに鋭くなる、狐目のように細くなった目が整った顔立ちをさらにさらに歪めた。
「不届きものの行為、平にお詫び申し上げます」
「新神を、お上様、を返せ」
ワンピースの白色が赤くなってゆく。赤は色を増して鮮血色になる。
「必ずとお約束いたします」
怯むことなく大海は告風女に返答した。幽冥界のものと約束を交わすこと、それはすなわち呪いとなる。
「誠か、違えたなら、許さぬ」
「ええ、違えませんとも」
その言葉に安心したのだろうか、歪んだ顔が徐々に徐々に戻って、狐目もゆっくりと開かれてゆく。ワンピースの色も戻ったが、その姿は先ほどよりさらに痩せていた。お仕えする神様が近くにいないのだから加護の力も弱まっていくのは仕方ないことである。だが、彼女は消えかかりそうになりながらもその目に宿した光はしっかりとしていた。
しかし、このまま弱っていき自我が失われれば怨気となり周囲に邪気をばらまくことになるだろう。
「お体は持ちますか?」
大海はあえて伺っておくことにした。
「お上様より離れてしまったので、あまり長くは持たぬと思う」
「そういえばお宿山はお決まりですか?」
「お上様は神渡りであったので決まってはおらぬ、定める前に…」
「そうですね…」
お宿山とは神様が過ごされる山のことだ。山を1人の神様が治めている場合にはその山の山力というものは全てその1人の神様が吸収することができる。しかし、複数の神様が1つの山にお住まいの場合にはテリトリーが決められて、その分に応じて山力が分配されるのだ。だが、今回の新神はお山を定める前に移動を試みたために山力が得られていない。しかも、その主とも逸れてしまったために神力を得ることもままなっていない。
つまるところ力を分けてもらえずに衰弱死をしかねない状況であるのだ。
「お力を落とされてもお体に障りますね」
「お上様の側におれないのだからしかたない」
少し肩を落としてため息をつく。
「変なことを伺いますが、山写しの気を取り込むことができればお体が楽になりますか?」
「山写しをか・・・」
考え込む彼女に大海は先ほどの山写しの気を取り込むことを提案してみることにした。あれだって立派な山力なのだから、取り込むことができれば少なからず彼女の助けになるだろう。
「お主、その場所を知っておるか?」
「先ほど通りがけに見かけて参りましたから・・・」
「そうか・・・」
迷っている表情を告風女はした。
「お上様のお山でないのだが・・・」
「仕方ないでしょう、貴女が消えてしまう方がお上様がお困りになるのではないですか?」
「そのお通りじゃな」
そう言って彼女はベンチから立ち上がった。
「案内いたせ」
「わかりました。では、私の車へどうぞ」
「あのような箱にか?」
車の方を一瞥する、悪い車ではないのだが・・・。
「ええ」
「わらわは告風女ぞ」
風に乗れるのを忘れたのかと言わんばかりの声だ。
「ええ、存じております、しかし、お力を使わぬためには乗っていくのが一番良いのではないのですか?」
「それは、そうじゃな・・・」
納得したのか車へと漂い始めた彼女に、大海はホッとしながら後ろをついてゆく。風に乗られてしまえば車の速度で彼女についていくには遅すぎるのだ。
それに途中で化けられても面倒でもある。
「お主、人のふりをして楽しいか?」
「えっ?」
唐突な指摘だった。
「先ほどから感じられてきたのだが、人を真似ているのは楽しいか?」
「人を真似てとは、いささか手厳しいですね」
「お主から人が持つべきものでない何かがある。それは人が持てる妖力、法力、を超えておるのは明白であろう」
告風女は歩みを止めて大海へと向き直るとしっかりとした口調で彼に告げた。
「人には騙されたが、お主のような者にも騙されとうはない」
真剣な眼差しを向けて彼に懇願するように。
「そうですね…。まだ、お力も残っていそうだし、少しお話をさせてください」
「構わぬ」
告風女は先ほどのベンチへと座ると隣を手でポンポンと叩いた。
「座るがよい」
「ありがとうございます」
ベンチに腰掛けると大海の手を告風女はしっかりと握った。
「そこまで不安ですか?」
「うむ、嘘はつかれとうない」
手を握ったのは体内の気の流れを感じ取るためだ。その気の揺らぎによって嘘をついているかを図るつもりなのだ。
「水底の民を知っていますか?」
「すまぬ、私はよく知らぬ」
「確かに幽冥界の者でも知っているものは少ないですからね。幽冥界と現世を繋ぐ境界線で生活をしてきた民のことです」
「水鏡線のことか?」
「ああ、それをご存じであれば説明しやすいですね」
幽冥界と呼ばれる世界と現世には境界がある。それを水鏡線という。水鏡線はどこにでもあり、それは常に鏡のように見る者の世界を映し出している。
現世の者が見たならば現世を 幽冥界の者が見たならば幽冥界を、と映し出している。
コップに水を入れて上から見ると自分の顔が映るだろう。それが水鏡線である。普段はなにごともないのだが、ごくたまに幽冥界を映し出してしまうことがある。そして、それに惹かれて水鏡線を超えてしまったが最後、二度と現世には戻ることができないとされた。
だが、それができる民がいた。それを水底の民という。その水鏡線の線中に住み、水鏡線に間違えて入ってしまった者やモノを元居た場所へ送り返す役目を担っていた。
しかし、その民はいつの間にか姿を消してしまった。文献はなく、両界とも関りを持たなかった彼らは今どうしているかわからない。
「私はその水底の民と人の間にできたモノの子孫なのです」
「それは初めて聞くの」
「そうでしょうね、何代も前の話ですが、私は時々起こる先祖返りなのです」
告風女の手を離すと彼はポケットからスマホを取り出した。画面が点灯するがすぐにスイッチで消すと彼の顔が映っていた。
「見ていてくださいね」
画面を指でなぞると画面が水面のように波立つ。まるでそこに水面があるかのように優しく揺らぎ、彼の指先が画面の奥へと潜り込んでいく。
「なんと…」
「これが証です」
告風女にも異常なことははっきりと分かった。その板切れ(スマホ)には先ほどまで大海の顔しか映っていなかった。普通であれば現世を映し出しているので触っても何事も起こらない。しかし、その状態で彼は水鏡線に触れたのだ。
人 でも あやかし の類でもない、『モノ』。それを感じ取ったとき告風女はブルッと震えた。
「恐ろしい・・・だが、美しいの」
「え?」
美しいと言われて大海は驚きの声を上げた。これを見せたことのある者やモノは一概に気持ち悪がり嫌がることが多いのだ。
「いや、確かにそのような力を持つものはおらぬ、しかし私は美しいと思う」
「美しいですか」
「うむ、どう伝えたらよいのかわからぬが、美しい」
告風女は画面を不思議そうに見たのちに大海をじっと見つめて、再度しっかりとした口調でいった。
「私は美しいと思う、大海殿」
その真剣な眼差しと言葉に淀みはなく、凛と透き通った言葉であった。
「ありがとうございます、そう言っていただけると嬉しいですね」
照れ笑いを浮かべて笑った大海を見て告風女も思わず照れてしまう。こんなことを言うのは初めての経験であったし、なにより、感じるままに美しいと思った事など、告風女には今までなかったのだった。
二人とも何となく照れてしまって視線を外し俯く。
「そこのお兄さん、ちょっといいですか?」
突然、別の声が混じってきたので思わず驚いて大海は声の方に顔を向けた。少し離れたところに中年の警察官が立っていた。
「そこ交番の者です、先ほどから1人で喋られてどうされました?」
「え、あ・・・」
「大丈夫ですか?」
不審者を見る目でこちらを見ている、よく見れば右腕に警棒をもっていた。
「いえ、なんでもないですか」
「すこし、交番に来ていただけますかね?」
少しずつこちらに近寄ってくる警察官にまた面倒ごとが増えたなと思っていると、隣から声が聞こえた。
「私と話をしていただけですよ?」
「だれと・・・って、え!あれ!」
告風女がワンピース姿の女性となって姿を現していた。もちろん、現世の者に見える姿である。
「私のことが見えなかったの?」
「あれ、さっきまでそちらのお兄さん一人で話して・・・あれ・・・」
確かに人が見れば、先ほどまでの行動は独り言をぶつぶつ言っている危険人物に見えてしまっただろう。
「ねぇ、大海、この人は何を言っているの?」
不機嫌そうな声を隠そうともせずに彼女は絡んだ。
「いや、なんだろう。君が見えなかったみたいだよ」
「なにそれ、意味わかんない」
「いや、申し訳ない。遠くから見えていた時は彼しか見えなかったんだよ」
警察官が警棒を元に戻して、足早にこちらへ来る。
「白いワンピースなのよ、大海の制服より目立つのに」
「制服・・・あ、国調の方でしたか?」
顔にしくじったという表情がありありと出ていた。
「いやいや、暗い中で話していた私達にも問題があるよ。こちらこそ、ご迷惑をおかけしてすみません」
「いえ、こちらこそ、早とちりをしたようでお二人にはご迷惑をおかけして申し訳ない。」
「気にしないでください。一応、身分証です」
銀色のパスケースの内務手帳を見せると、それをしっかりと確認したのちに、こちらへと返してきた。
「確認させていただきました、本当にすみませんね」
「いえ、そういえば長野県の郵便局の件は聞いていますか?」
念のため郵便局の話を振ってみる。
「ええ、聞いています。もう少し下のあたりで検問を行っていますが、特になにもないそうですよ」
「そうですか・・・」
「大海、そろそろ戻ろう。寒くなってきた」
告風女が両肩を抱いて震えた。
「あ、私はこれで失礼しますので、すみません」
警察官が頭を軽く下げて交番へ戻っていった。
「すみません。人のふりなど」
「気にしないで。面倒ごとになるのは嫌だったもの」
「口調が」
「どう、人みたいに喋れているかしら?」
「上手いですよ」
「ならよかったわ、さて、そろそろ、山写しへ連れて行ってくれるかしら」
「わかりました。向かいましょう」
二人は立ち上がると足早に車へと向かった。
いかがでしたでしょうか、次回も楽しみにしていただけたら幸いです。




