お付き警察官 ①
愛車であるデリカD5の扉を開けると閉じ込められていた熱気が外へと出てきた。
確認していた証拠品を片付けている岡田巡査を待つ間に、車のエアコンと緊急走行の準備をしておくことにした。着脱式の青赤の警光灯を運転席上のルーフに装着すると、助手席に回ってバイザーにも同色のライトを設置する。内務省調査局の車両が緊急走行する場合には設置が義務付けられている。
最後にポケットからヘッドセットを取り出して携帯電話に接続して一通りの準備が終わった。
「これでよし」
「よしじゃないです・・・」
振り向くと残念そうな顔をした岡田巡査が制服姿のままで腕に「国調付」と書かれた腕章をして立っていた。
「腕章渡されたんだ」
「署長に呼ばれて付けるようにと」
「監視者就任おめでとう」
大海が両手をパチパチと叩いた。
「監視者ですか?」
「署長に逐一報告しろって言われたでしょ?」
「特には何も言われませんでした」
「そうなの?」
「ええ、特には・・・な、なので、本件捜査中は私が逐次付き添いますのでお願い致します」
ごまかし気味に敬礼を向けられたので咄嗟に返礼を返す。
彼女の後ろ、通用口付近で鈴木署長がこちらを伺っている姿が目に入った。話した感じと資料では事なかれ主義の使いやすい署長といった印象だ。
対してこの目の前の監視役の方がめんどうだと大海は考えていた。
待っている間に星崎に岡田巡査を1通り調べてもらったっところ、今時珍しい正義感の持ち主であることも分かった。警察官養成学校での成績は中の上あたりで素行などにも問題なし、最初に赴任した署でセクハラを行った上司を内務省監察部(国家・地方を問わず公務員の不祥事を一元的に摘発する部署)に告発しさらに証言をしている。前任の署には置いておけないことから監察部が手を回して他県の阿南署に移動となっていた。
「まぁ、よろしくね。というわけで乗ってくれるかな?」
「こっちで行かないんですか?私がいますので運転しますが・・・」
隣に留まっているセダンタイプのパトカーを指差す。
「これでいこう。準備は済ませているからね」
ルーフ上の警光灯を指さして乗るように促す。
「いや・・でも・・・」
「嫌なの?」
「いえ、その・・・」
「嫌ならしょうがない、別の人に付きをしてもらおう」
まぁだ覗いている署長に目を向けてを上げようとするとその手を押さえられた。
「わ、わかりました。わかりましたから、乗ります」
「ご理解を頂けてなにより」
にっこりと微笑んで大海は助手席のドアを開けた。毛糸で編まれた円形の赤い座布団が運転席とセットで敷かれていた。
「えっと、大海さんの車ですか?」
「そうだよ、僕は休暇で来ていたのだけど、こうなった」
両手を広げて残念な仕草を大海はする。
「でもナンバーは飯田でしたよね」
「よく見てるね、途中、駐車場に停まっていた車から失敬したの」
「え!?」
「嘘だよ、行き先の件にナンバーを合わせるのは決まりだからね」
国調課員は休暇中でも行き先を省に報告しなければならない決まりだ。それによって行き先のナンバーが貸し出される。無論、行き先の土地に車両を溶け込ませるための手であるが、さらに言えば彼のように休暇を取り消される課員が多いからでもある。
「スパイみたいですね」
クスッと彼女が笑った。
「よく言われるよ」
「自分の本当のナンバーは覚えてますか?」
「いや、忘れたよ。コロコロ変わりすぎてるからね」
「なんとなく、残念ですね・・・」
山間部のため車がないと生活できないので、しょうがなく高い買い物をしたが、その際に車と同じくらいこだわったのがナンバープレートだった。
「そう残念がられると、岡田さんはナンバー指定したタイプだね」
「ええ、誕生日の1220にしました」
本当に嬉しそうな和かな笑顔をしている。自分も初めての車はそうだったなぁとしみじみと大海は思い返した。
「それじゃ、とっても大切にしてるね」
「ええ、自分で清掃したりオイル交換したりしてます。ちなみに大海さんは何台目なんですか?」
「あぁ、この車で10台目、18歳で免許とって12年で10台」
「えっと、事故ですか?」
岡田がピタリと止まった。
「いや、1台目は5年ほど乗って現場で放火されて廃車、その後も事件に巻き込まれたりで放火・水没・銃撃等で廃車になってる」
話を聞いて岡田はげんなりとした気分になった。こんな平和な世の中でなぜにそういうことになるのだと思う。
「この車は?」
「昨年買ったの、1年は持たせたいね」
「昨年って事は・・・国調ってそんなに給与いいんですか?」
岡田にそう思われるのも無理はないだろうと大海は思った。これだけの自動車歴を聞かされればそこに行き着く。
「国調と僕のボーナス1回分で買った車。国調の事件被害補償で購入かな」
「なるほど・・・」
「まぁ、死ぬ事も多いからね、さっきみたいに丸焼けになったりする」
「不謹慎です、仮にも国調の仲間じゃないですか!」
「彼は6課、僕は7課だから部署も違うし仲間でもなんでもない、できればこの件も6課で処理してほしいくらいだよ」
「ひどいですね」
怪訝な表情を岡田が見せた。
「まぁ、国調にも色々あるって事、さ、乗って」
「はい、失礼します」
乗り込んだ岡田は車内を見渡すとこれまた色々と機材が載っていた。カーナビの前には外付けでタブレット端末が取り付けられており、フロントガラスには3台の型の違ったドライブレコーダー、センターコンソールは蓋が開いており小さな無線機と受信機、パトライト制御と外部スピーカー用のマイクが取り付けられている。とても、自家用車には見えない装備だ。
「本当に自家用車何ですか?」
運転席に載ってきた大海に思わず聞いてしまう。
「うん、国調の標準装備だよ。さて、これの使い方はわかるよね」
そう言って外部スピーカーのマイクを岡田に渡した。
「えっと、緊走(緊急走行)でいいですか?」
「うん、その辺りの内規は変わらないからよろしく」
「了解です」
シートベルトを締めたのをお互いに確認して彼は警光灯のスイッチを入れた。
赤青の光が暗くなり始めたあたりを照らすと岡田は派手な色と思った。
「見慣れなくて落ち着かない・・・」
思わず声が漏れた。
「ああ、色ですよね。まぁ、慣れてください。通信、走行先 新野郵便局、18時10分走行開始」
[了解しました]
機械音声が車内スピーカーから返事をした。
「え!音声認識!?」
「サイレン開始、岡田さん、敷地外にでるよ」
警察サイレンを高音にした聞き慣れない気持ちの悪い音が室内にも聞こえてくる。警察署前を散歩していた老人が驚いてこちらを見ていた。
「緊急車両、道路侵入します、右へ曲がります、注意してください」
「でます」
デリカD5がゆっくりと本道にでると警察署すぐ横に通っている244号線で阿南大橋を通って山を登っていく。
「このまま真っ直ぐ進んでもられれば151号の交差点に当たります」
「了解」
阿南町は山沿いに段々と街が広がっており、その一番上に主要国道の151号線が通っているちょっと不便な街である。でも、そのかわりにこの道沿いに全ての主要施設が揃っているので迷うことはない。
「みんな不思議そうですね」
「だろうねぇ、めったにこっちじゃ見ない光だしこの音だし、ドラマでしか見ないだろうなぁ」
「ドラマだと嫌な役回りばっかですよね」
ドラマでは主人公の警察官を虚偽の告発で過酷に問い詰める役目だったり、警察の悪徳警官を何もなかったかのように始末したりと操作妨害などあれやこれやで邪魔をする姿で映される。
「ああ、でも、ほとんど間違ってないしなぁ」
「邪魔したりをですか?」
「まぁね」
「あ、そういえば、事件について分かったことはある?」
「来る前に一通り聞いておきました。あ、次の交差点を右です。緊急車両、赤信号の交差点に侵入します、注意してください、右に曲がります。緊急車両通ります。ご協力ありがとうございます」
停車してくれた車両に礼を告げて測度を下げて交差点に侵入したデリカは再びアクセルを踏み込まれて測度を上げていく。
「現場は新野郵便局、第1発見者は駐在で、被害者は2名。両人とも職員です。1名は局長で頭部を撃ち抜かれて即死、もう1名はパート職員でこちらも頭部を撃ち抜かれています。外の駐車場で郵便を出しに来た近所の老人が首を切られて即死してました。全員、駐在によって人判(人物判定)できています。防犯カメラには男が現れて何かを問いかけたあとに射殺して室内を物色、そして老人の車の音に反応し殺して立ち去っています。室内の残念ながら音声は壊れていたようで聞き取れてません」
「なるほど」
「あと、パート職員の手荷物からなんですけど・・・・」
岡田が話すのを止めた、何かに躊躇っているようだ。
「いいよ、気にしないでなんでも言って」
「えっと・・・手紙が一通見つかりました。宛先は内務省 調査局 国内調査部 第7課 大海様 と書かれているそうです」
「僕宛?」
「第7課に大海さんが2人いなければですが」
「大海は僕だけですよ、ちなみにどんな人が出しに来たかわかりますか?」
「防犯カメラには殺される数時間前にパート職員が 誰も来ていない窓口で受け取るような仕草 をしたのちに封筒を手に持っている姿が確認されてるとのことですが・・・」
「誰も来ていない窓口ね」
S字カーブの続く道を進んでいくと何台かは路肩で停止してくれていたが、一台のスポーツカーが前方を塞いできた。
「緊急車両通過します、道を開けてください、緊急車両通過します!路肩に停車してください!」
大海が追い越すために右側にハンドルを切ろうとすると相手も合わせて寄せてくる、完全な進路妨害である。
「どきなさいよ!」
「たまにいるんだよ、国調をドラマだけと思ってる方々も・・・」
「もう一度呼びかけます。緊急車両通ります!どいてください!」
そう呼びかけると車は突然に急ブレーキをかけてきた。
「無理だねぇ・・・、通信、第7課へ接続」
大海も急ブレーキで減速をかける。
[第7課に接続します、・・・・・・]
車内スピーカーから機械音声が反応した。
「星崎です、大海さんどうしたの?」
「走行妨害されてるとこ、悪いんだけど、ナンバー当たってくれる。信濃300 に 2332 」
「了解、タブレットは表示可能?」
「走行中なのでそっちで操作願います。助手席は警察官だから大丈夫」
「了解」
少しすると画面が起動して内務省のエンブレムが表示されてパスコート入力画面で遠隔入力されたのちにアプリが起動してナンバー照会のページが表示された。天城浩二、42歳、男性、会社員 勤務先 大辺自動車工場
「表示されたかしら?」
「ああ、ありがとう、ついでに本人携帯に電話して妨害やめるように言ってくれる?それでダメなら勤め先と両親に電話して走行妨害やめるように言ってもらえるよう手配頼める?」
「そこまでする?」
「邪魔なの、事故もしたくない」
「了解、必ず呼びかけはしてね」
「はいはい、ありがとう」
ブツッと音がなって通信が切れた。となりの岡田がギョッとした表情で固まっていた。
「これが国調流なの、外部スピーカー接続」
[接続完了、どうぞ]
岡田のマイクから緑色の点滅が消える。
「こちらは内務省調査局です、ただ今、緊急走行中です。前方車両 の 信濃 300 に2332 を運転中の運転手さん、天城浩二さんでしょうか?至急、車を寄せて停車してください。直ちに進路妨害を止め停車しなさい。緊急車両妨害でこれは犯罪です」
突然、相手の車の速度が上がり車間が広がっていく。
「停車しなさい、すでに各所に連絡が入っています。停車して携帯電話を確認しなさい」
しばらく距離を開いていったスポーツカーは左ウインカーを出して駐車帯に入っていくのが見えた。
「ご協力感謝します。後日、ご連絡差し上げます」
そう言い残して停車車両の横を通り過ぎていく。
大海はヘッドセットのボタンを押して外部スピーカーとの接続をカットした。岡田の無線機に緑色の点滅が戻った。
「つ、捕まえなくていいんですか?」
通り過ぎる車を見ながら岡田が言う。
「今はその場合じゃないでしょ、それにナンバーから割り出してるから通知出せば済む話」
「そうしてうちの署に出頭ですか?」
「いやいや、うちへ出頭」
「え!」
「東京 内務省本庁舎 調査部 国内調査局 第7課 受付へ出頭 ハガキ到着後 2日以内、出頭なしの場合は検挙」
笑みを浮かべて鼻歌を歌うように大海が言う。
「ええ!」
「ドラマでもそうだったでしょ?」
「厳しいのはドラマだけの話だとおもってました・・・・」
呆然としている岡田をチラッと見てクスッと大海が笑う。
「事実は小説よりって感じかな、で、話を戻すけど封筒の差出人は写っていなかったんだね」
「あ・・・っと、防犯カメラ映像を県警本部で遠隔確認したところ、そのような人物は写っていないそうです」
「仕事早いねぇ、警戒は」
「アミウチ・・・非常警戒してますが、県境跨いでるのと拠点から離れすぎていて」
「時間も経ってるしねぇ」
あてにはならないなと思いながら大海は上り坂で下がった速度を上げるためにアクセルを踏み込んだ。
遅いばかりですみません。