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和みの住処  作者: 朱鷺房
2/8

別れ

阿南局で妻の迎えを待っていた夫の洋二にとって、20時を過ぎているのに迎えがこないのは大変なことだった。長いこと配達で赤いバイクに乗っていたのだが冬場、トラックに後ろから衝突されてからは右足の片方が動かしにくくなり、バイクどころか免許まで諦める羽目になった。

「奥さんこないね・・・喧嘩でもした?」

喫煙室でタバコを吸いながら待っていると、同僚の竹澤がニヤニヤしながら聞いてきた。

「いや、してないよ」

「それならなおさら心配だな」

「どう言う理屈だよ・・・」

「喧嘩して迎えにこねぇってほうが安心てこと」

「あ・・・。すまん」

「いいよ、それよりも新野局まで行ってみるか?」

「いいんか?」

「まぁ、帰り道っちゃ帰り道だし。乗ってけや」

「ありがとう、最後の便がでたらそうさせてくれ」

言われるままに頼み、2人は再びタバコに火をつけた。心配とはいえ、もう少しだけ待つことにした。飯田の本局へ向かう便がもうしばらくすると出るので、もしかしたらそれに間に合わせようとして滑り込んでくるかもしれない。

「あ、娘さんは元気か?」

「まぁ、結婚もせんと仕事してるよ」

「いや、そりゃ都会じゃ普通だよ」

田舎によくありがちな結婚観で語るのもどうかと竹澤は思う。彼は東京の商社で長い事勤めあげ、退職金でこの辺りの家を買い、妻と2人で悠々自適な暮らしを営んでいる。この仕事も小遣い稼ぎのようなものだった。

「戻ってきて結婚してくれたら嬉しいのだけど・・・、孫も見たい」

「そりゃ、そうだわな。孫は可愛いぞ」

スマホのホーム画面に可愛い赤ん坊の写真が設定されており、それを事あるごとに見せては可愛さを力説してくる。もし、自分に孫が生まれればこんなじいさまになるのだろうか。

「しっかし、娘さん百貨店勤務でいいポストなんだろ」

「らいしけどね、この前、電話で部下がミスをして取らなくていい責任まで全てを取る羽目になったと言って泣いていたと、八重子が言っていたよ」

「父親には話さんかね」

「話せば結婚の話をしてしまうからね・・・」

「ああ、そりゃダメだぁ」

「どうにも口に出てしまうんだよなぁ」

「俺も娘が1人だったらそうなってたかなぁ」

「かもしれないぞ、俺よりも嫌味ジジイになってたさ」

「あははは。違いない。」

「でも、八重子も正直なところ戻ってきてほしいと思ってるんだよ、1人娘は手元に置いておきたいというのか、やっぱり心配なんだろうな」

口では気をつけて頑張りなさいと言っていても、親心としては近くにいてほしいと思う。

「うちのもたまに言うなぁ、まぁ、向こうさんからすりゃ、嫌だって言うだろうけどな」

「そりゃ違いない」

親心子知らず、子心親知らずだ。

窓のから赤い大型トラックがでて行くのが見える。どうやら最終便が出ていくようだ。

こうなってくると事故にあったのではないかとさらに不安になってきた。

「最終便が出ていったな・・・そろそろ、見にってみるか?」

「ああ、申し訳ないけど頼むわ」

喫煙室を出て、洋二に歩く速度を合わせながら2人は廊下を歩いていく。ふっと視線を先に向けると突き当たりにある薄暗くなった廊下にポツンと八重子が顔を伏せて立っていた。

「あれ、奥さんじゃねぇか?」

「あれれ、そうだ・・・。おい、八重子、どうした?」

いつもであれば喫煙室で扉をコンコンと叩いて迎えにきてくれるのに。

「じつは、喧嘩でもしたんでねぇの」

ニヤッと竹澤が笑う。

「いやぁ、そんなことした覚えはないんだけどね」

「意外とわからんところで女は怒るからわからんぞ」

「そうだなぁ」

そう言われて朝からここに送ってもらうまでを思い出すが、やはり喧嘩の原因になりそうなことなど思い出せなかった。

「八重子、どうした」

俯いたままの八重子を再び見ると暗がりの闇にぼんやりと浮かんでいた彼女の姿が、徐々に闇に溶け始めた。

「え・・・・」

「あれ・・・」

足元から消えていく八重子に2人は歩みが止まる。

「おとうさん」

洋二と竹澤のすぐ隣で声が聞こえてきた。

「私、死んじゃった」

「お前、何言って・・・」

歩くのをやめていた足が勝手に動いていく。

「ごめんね、おとうさん。夏姫のことよろしくね」

「なにいってる、そこにいるじゃないか」

足が進む、いつもの痛みすら感じない。

すでに八重子の姿は胸まで闇に溶け込んでいた。

「本当なの、おとうさん、ごめんね」

「待て!」

「ごめんね、おとうさん。」

あと少しの距離まで近づいて洋二は手を伸ばす。

最後に洋二の方をみた八重子は、青白い顔色ながら彼が今まで見た中で3回目の幸せ溢れる美しい笑みを見せた。一度は結婚式の時、一度は娘の夏姫が生まれた時、そして今・・・。

「ほんとに・・・ありがとう」

その言葉を最後に彼女は闇に溶けて消えてしまった。

洋二の伸ばした手は届かなかった。

「おい、電話しろ!」

竹澤が怒鳴った。

その瞬間に薄暗かった廊下に電気が灯り、集配の扉から夜勤者が怒鳴り声に驚いて2人を覗き見ている。そんなことも気にず竹澤はさらに声を荒げた。

「すぐに電話だ!」

ポケットから携帯電話を取り出そうとするが地面に落としてしまった。手がブルブルと震えている。

「悪い、かけるぞ」

駆け寄って茫然自失の洋二に断りを入れてから携帯から八重子の番号を探す。以前、急病の時に八重子さんと書かれた番号へ電話したことを覚えていた。

「でろ・・・」

コール音がずっとなり続ける。

「運転中なのか・・・」

コールはなり続ける。ひどく長い時間だに思える・・・。

「まだか!」

コール音が途切れて繋がった。ざわざわと後ろの音も聞こえてくる

「もしもし、八重子さんか!」

思わず声が荒くなってしまった。

「失礼ですが、ご主人さんですか?」

出たのは声のトーンを落とした男だった。

「いや、俺は旦那の友人だ。八重子さんに代わってくれ」

「それはできかねます。私は長野県警察飯田署の牧田と言います。いま、ご主人さんはどちらにおられますか?」

「警察?」

「はい、申し訳ないんですが、今、ご主人はどちらにおられますか?」

「私と一緒に阿南郵便局にいるが・・」

「すみません、至急、阿南警察署までご足労いただけますか?多田と言う者がおりますので呼び出してください」

「阿南警察署の多田さんだな」

「はい、お電話では話せませんので詳しいことは多田に聞いてください」

そういって電話は一方的に切れてしまった。

ぼんやりしている洋二を軽トラに乗せて竹澤はすぐ近くにある阿南警察署へ向かった。


なかなか、すすみません。すみません。

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